第33話 散る
それは、ただの本能。
マイルズは森を一直線に翔ける機動から、急転。全力の逆噴射をかけた。
瞬間、
爆発に揺さぶられる。
衝撃と熱、荒れ狂うステイタスモニタの赤いダメージ表示と過熱アラートの中、マイルズは慄然とする。
地雷だ。
カルロスのチェーンマインがいつの間にか仕込まれていた。
炎熱にチリチリと軋む装甲に気を使いながら、炎を引いて距離を取る。幹はかわしたが枝を次々とへし折った。生木がブースターの推力に巻かれて散っていく。
M10改は驚いたように顎を上げた。
『ありゃ? 大佐の性格ならこれで喰えると思ったんですが……ま、近づかせなければ上々っすかね』
言葉一つで殺されかけた。
マイルズがどう移動し、なにを考えて動くのか、完璧に掌握されている。
カルロスは紅い魔導外殻にチェーンマインの一打を叩きつける。通常の魔導外殻であれば、あるいはイデアほどの魔術師が衝撃を逃がしていなければ、とっくに粉々になっているだろう。
魔術の名手と魔導外殻の専門家。その二人が、カルロスただ一人によって翻弄されていた。
マイルズは苦いものを飲み込んで笑う。
「まったく……本当に。男にだらしなくさえなければ、優秀なのにな」
カルロスは肩をすくめるように機体を揺らした。
その間隙を縫って、紅い魔導外殻は右腕を掲げる。振り下ろされたチェーンマインを泥のような魔力で受け止め消滅させた。
空の彼方で爆発が起こる。
転送させたのだ。
同時にイデア機の背部ブースターが半ば埋まったまま火を噴いた。地面を吹き飛ばすように滑り、自身もまたゲートに頭から飛び込む。
マイルズの背後が渦を巻き、突き飛ばされた次の瞬間にはカルロスたちを遠く見据えて山麓に落ちる。そびえる森が視線を隠した。
「うおっ?」
「くぅ……やっと離れられた」
イデアがマイルズを連れて転移したのだ。
隣で膝を突く紅い機体を見る。すでに満身創痍だった。
「おい、大丈夫なのか?」
『へいき』
意地を張っているような声。
マイルズは苦笑をにじませながら機体を立ち上がらせる。森は深いが、木の先端と機体の頭は同じ高さだ。枝の隙間から推力を生む噴炎の輝きが見えた。
「イデア、連携する。できるか」
『すれば勝てるの』
「勝てる」
マイルズは即答した。
遠く研究所付近から一直線に飛んでくる二機のヘキサドライブを見据えて、もう一度。
「必ず勝てる」
『――わかった。どうすればいい?』
「難しいことじゃない。合図に合わせてカルロスを全力の魔術で攻撃してほしい。動けなくなるくらいの飽和攻撃が必要だ」
M10を従えるカルロスは、チェーンマインの予備を接続しながら距離を置いて着地する。
『鬼ごっこは終わりですか?』
「吠えてろ」
マイルズは前のめりに操縦桿を握り、
ペダルを蹴りつけサイドステップ。
腕から生み出した魔力障壁を置き去りに、一気にブーストを燃やして真横に飛ぶ。魔力障壁に生まれた火花から逃げるように木の幹にかわした。
M10。カルロスの脇に控えるように森に立ち、銃で掃射している。
「あいつを仕留めてからでないと、罠にもかけられないな」
絡みつく鞭のような銃弾の列を、マイルズはくるりと舞う機動で振り払う。一気に上昇してツインドライブを唸らせた。
腕の先に幻剣を生成、撃ち放つ。
M10は最小限の移動で回避し、掃射を続ける。その背の虚空に六門の揺らぎ。ヘキサドライブが実現する魔術の砲撃だ。
投げ槍を
「くっ!」
『まかせて』
紅い機体が遮った。
槍の一本に機械の指が触れた途端、まるでガラスの砕けるように六連一体の魔術が弾け飛ぶ。
驚いて動きの鈍るマイルズを肩越しに振り返り、イデアは笑うように囁いた。
『連携するんでしょ?』
『マズい――あの二人を引き離せ!!』
切迫したカルロスの叫び。
二機がかりの機銃掃射を、イデアは片手間の障壁で受け止める。
もう片手に魔術の揺らぎを次々と生み出していく。環状に浮き出た三十六門。それが猛烈に回転し、清冽に魔術の砲撃を放つ。
M10改は構えかけたチェーンマインを放り出してブーストを燃やした。
『うげッ! 回避、回避っすよ! 化物かありゃあ!』
M10とM10改が左右に散った後を押し潰すように。
森に落ちたイデアの魔術は、次々と大地を粉砕しクレーターを連ねていく。
マイルズは目を見開いた。
チャンスだ。操縦桿を握り締める。魔力を注ぐ。魔力還流に意識を向ける。
「イデアほどの化物じみた技術がなくても!」
ツインドライブが唸りを高めていく。濃密な魔力を魔術に導き、力を編み上げていく。
一般機には真似出来ない。ヘキサドライブでも難しい。
だが、ツインドライブならばできる。
なぜなら――魔力炉がふたつあるからだ。
「技術力で補えばできるもんだ!」
――並列魔術。
放たれた鎖は左右に散ったM10改とM10のそれぞれに伸び、魔力障壁を相殺させて蛇のように縛りつけた。
『ぃやば……っ!?』
「イデア頼む!」
『わかった!』
瞬転。
文字通り瞬きのあいだに魔術を練り上げたイデア機から、剣山のような槍の群れが地面を伝って伸びていく。
逃げる途中の姿で宙に縫い留められるカルロス機を捉え、無数の槍が噛みついた。
『捉えた! けど……貫けないかも……!』
カルロス機は魔術の餌食になっていない。
全力で魔力障壁を生み出し、繭に守られるようにして全周囲からの串刺しを押しとどめている。
歯を食いしばる軋んだ声でカルロスは唸る。
『この程度でやられやしませんよ……!』
「そのまま捕まえていてくれ!」
マイルズはカルロス機を向く。
M10に背を向けて。
魔術の鎖に巻きつかれたまま、M10はヘキサドライブを咆哮させた。マイルズ機に牙を剥くように、鎖を張り詰めさせて左腕を伸ばす。その手に魔術の波紋を生み出しながら。
『この――騎士団を
「悪いな。騎士団は、俺にとって魅力的じゃなかったんだ」
腕を伸ばすM10が凍り付く。
鎧騎士のようなマットブラックの胸部装甲に、ぽっかりと細く穴が空いている。
マイルズは小脇に突き出した腕を引き、魔術の残滓を振り払う。背を向けたまま精確にM10を撃ち抜いていた。
返す腕をカルロスのM10改に掲げて魔術の剣を生み出す。まるで手紙でも滑り込ませるように、刃先を魔力障壁に滑らせた。
ぎしぎしと軋みながら串刺しの圧力に耐えていた障壁は、するりと剣の刃先を潜らせる。
「チェーンマインの爆発と同じだ。魔力障壁は毛色の異なる衝撃に対して反応しきれない」
M10改の腕がわずかに動く。同時に、マイルズの剣も止まった。
カルロスは障壁の繭のなかで新たな壁を生み、マイルズの剣を食い止めている。
『加勢のつもりですか? どうせならもっと本気で――』
「いいや」
ぎりぎりと空間さえ軋むような均衡が、
突然、崩れ始めた。
「俺達の勝ちだ」
M10改の動きが不安定になる。障壁が揺らぎ、数本の槍がM10改の肘と
障壁が欠けている。
『あ、えぇ? なんすか、これ……?』
「ヘキサドライブの弱点だ。お前は、知らされていなかっただろうが」
だが、マイルズは知っていた。
開発者本人からの情報提供で。
――ヘキサドライブは、大規模な魔術を並列展開して出力に余裕を失うと、動作不良を起こす。
いや。あまりの皮肉にマイルズは笑った。
「追い詰められて淑女の仮面が剥がれると――魔性が現れるのさ」
魂喰らい。
M10改の膝が震える。操縦さえ覚束ないようだった。魔力炉の暴走にカルロスは猛烈に消耗している。
『……マズったなぁ……。勝てる方についたと思ったのに、これじゃ……とんだ貧乏くじだ』
声が震えている。
イデアが見かねて魔術を解いた。皮肉にも支えを失った形で、M10改は糸の切れた人形のように地面に倒れる。
起き上がることさえできない。
『ねぇマイルズさん……。今から裏切るって言ったら……受け入れてくれますか……?』
答えをわかっているようなふざけた問い。
マイルズは真剣な声で応じた。
「裏切ってくれるのか?」
『は?』
呆気にとられたカルロスの声が上ずる。
イデアも正気を疑うようにマイルズ機をうかがった。
マイルズは真剣に、黙りこくってカルロスを見つめている。カルロスの答えを待っている。
カルロスは、笑った。
『あぁ。あー……無理、っすねぇ……』
寂しそうに、悔しそうに。それでもどこか誇らしそうに。
カルロスは笑みを含んだ声でつぶやく。
『俺が許せません。他ならない大佐を切り捨ててまで、義理立てすると決めたハルベーザを今さら裏切れるわけがありませんや。俺は……馬鹿ですね」
変なところで義理堅い。男に目がなく、そのくせ致命的に見る目がない。
一度ならず二度までもマイルズのもとを去るほどに。
カルロスは笑った。
その声は本当におかしそうで、声の端に涙さえ浮くほどだ。
涙声に揺れてカルロスは笑う。
『あぁ、くそ。本当に、本当に馬鹿なことをした。俺、なんで保身に目がくらんだんだろ。大佐と戦うのはあんなに楽しかったのに――また一緒に戦えて、本当に、本当に嬉しかったのに。俺は、なんて馬鹿なんだろう……!』
カルロスは泣くように言いながら、
M10改が跳ね起きてマイルズのツインドライブに躍りかかる。ナイフを抜き、空中で魔法を展開して、
マイルズの魔術に貫かれた。
背部ラックに満載した爆雷が誤作動。誘爆が誘爆を招き、一斉に増殖する爆炎は巨大な火球となって空を呑む。森が薙ぎ払われ、爆風が枝葉を吹き飛ばしていく。
障壁を展開するマイルズを押し戻し、イデア機に尻もちをつかせるほどの爆発だ。
そして、
乾いた爆心地に、上半身を失った足が取り残された。
足だけのM10改は力尽きて倒れ伏す。
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