第18話 戦闘<下>

「マイルズ……!」


 ルーシーがつぶやく。

 スキーマスクがミニバンのドアに手を掛けた。


 金属の潰れる轟音。


「ルーシーに近づくな!」


 M9改が真横から浴びせ蹴りを食らって、高台から転がり落ちていく。

 流星のように飛び込んできたのは、装甲も各所が割れ落ちた、機能停止寸前の旧式魔導外殻。

 マイルズだ。

 ルーシーが顔を跳ね上げる。車窓の外で、半壊した機体は関節部から火花を噴き上げて振り返る。


「マイルズっ!」

「ルーシー無事か!? このっ!」


 スキーマスクの連射する歩兵銃を無視して一歩大きく迫ったマイルズは、ミニバンのドアに近づいていた男を狙って二人まとめて薙ぎ払う。平手打ちを食らった人間は玩具のように空を飛び、ガードレールでくの字に折れた。

 右腕部機構を展開させて杖。がくがくと不安定なものの、放たれた魔術は風圧の竜巻となって一人を壁に叩きつける。

 一人が逃げ出す。もう一人が小走りに下がりながら小銃を撃ち、その逃走を支援した。

 装甲で火花を散らす銃弾は貫通しないが、満身創痍のマイルズ機は衝撃で肩が揺れる。剥離した装甲の破片が落ちた。


「逃がすか……っ!」


 小口径銃の衝撃にマニピュレータを脱落させながらも、牽制する男を掴みあげた。

 ステップを踏むように構えて放り投げ――逃げる男の背中に直撃。二人まとめて転がって倒れる。

 一足で近づき、杖で感電させて意識を奪った。


「マイルズ! ダメです!」

「追いつけてよかった……ルーシー?」


 ミニバンの窓に両手をついて、必死に叫んでいる。彼女の視線を追ってマイルズは振り返った。

 剣が迫る。


「がっ!」


 回避動作が間に合わなかった。

 ばっさりと頭部をえぐられ、右のカメラアイが宙を舞う。飛び退るように間合いを取ろうとして、ひたりとすり足で迫られた。

 M9改ではない。もっと洗練されたなにか。紅く透き通るような紅石色ピジョンブラッドが光を引いて、魔力でできた長剣を片手に握る。

 剣が振り下ろされる。マイルズは打ち払う。

 完璧なタイミング、完璧な動作。かわしているはずだった。

 しかし、魔術によって形作られた刃はマイルズの魔導外殻を彫刻のように削っていく。

 二度、三度。装甲が落ちる。左腕が斬り飛ばされた。脱落した左腕にミニバン近くのガードレールが押し潰される。


「きゃああ!」

「ルーシー!? ぐっ! ……こいつ、」


 紅い魔導外殻は無機質にマイルズの所作を見据えている。壊れかけた旧式の機体には、その双眸から逃れるほどの動きができない。


(こいつ、ただものじゃない――!)


 マイルズは右腕の杖を突きつける。敵機も応じて左腕に杖を出した。

 発した魔術が絡み合い、現出しないまま崩壊する。


「な――」


 マイルズは絶句した。

 まるで、完璧に同調した音波の相殺現象だった。

 マイルズの組み上げる魔術のすべてをあやまたず読み解き、寸毫のズレもない正確無比な魔力操作を行わなければ起こり得ない。

 敵機は右腕をも杖にする。

 両腕から発せられる、濃密な魔力。緻密な魔術。

 魔導外殻規模の魔術を同時展開するという埒外を、法外な出力で成し遂げている。

 疑いようもない。


「ヘキサドライブか……!?」


 圧倒的な技量差。絶望的な性能差。

 マイルズは理解した。

 勝ち目がない。


「逃げろルーシー!」


 マイルズは叫んだ。叫ばざるを得なかった。

 蹴り飛ばすように旧式機体を飛び込ませる。組み付いた衝撃で大きく傾いだ敵機の腕から、巨大な魔術はほつれて消えた。

 だが気休めだ。敵は、パイロット自身の実力で魔術を操っている。


「早く! 長くは持たない!」

「そんな……そんなこと!」

「頼む、きみだけでも、無事に――



 ルーシーの澄んだ碧眼に映り込む。


 マイルズの駆る魔導外殻の四肢がねじ切られ、ばらばらに分解されていく。

 指のひとつひとつまで細かくほどけて、ばねやワイヤー、ねじの一本に至るまで分かれていく。

 破片が宙を舞う。コックピットを擁する胸部が、力を失ったように垂直に落ちる。

 紅い魔導外殻は、崩れ落ちるマイルズの機体を、まるで当然のように見下していた。


 息を吸うよりも早い。


 部品ひとつ、ねじ止めのひとつさえも抵抗する意思を失ったかのように、マイルズの機体は地面に跳ねてばらばらに弾け飛んでいく。

 コックピットブロックだけが、塊のまま地面に落ちた。

 まるで地面に貼り付けられたかのように傾いて止まる。

 ようやく。

 ルーシーの喉が彼女の意思に追いついた。


「マイルズ――!」


 絶叫が空に響く。

 コックピットは凍り付いたかのように答えがない。


 紅い魔導外殻は振り返る。

 機械の双眸がルーシーを、そしてミニバンの助手席に寝かされたままのハッサをも捉えた。ルーシーは息を呑む。

 轟音。

 高台の下から噴射炎を引いて魔導外殻が跳んできた。先ほどマイルズに落とされたM9改だ。噴射炎を引いて着地したM9改は右腕を転回させて杖を伸ばす。

 魔術でできた刃を形成した。振りかぶり、紅い魔導外殻に背後から駆け寄って、

 邪魔そうに振るわれた腕で砂糖細工のように砕け散った。


「え……」


 ルーシーは声をこぼす。

 倒れたM9改は"流出"していく。先ほどのマイルズの機体と同じように。


「襲撃犯の仲間じゃ……ない……?」


 邪魔者を蹴散らした紅い魔導外殻は、ミニバンの隣で足を止めた。

 ひざまずく。

 ミニバンの車窓からルーシーを覗き込み、


『ルーシー』


 声が響いた瞬間。

 碧眼がいっぱいに見開かれた。


「その声、まさか――……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る