第17話 戦闘<上>
納屋を粉砕して旧式魔導外殻が飛び出した。
ぶち破られた破片が飛び散る中を、ミニバンは猛スピードで駆け抜ける。丘を回り込んで山道へと抜けていった。
マイルズは機体を高く踏み切らせ、畑を飛び越えて土手を一気に飛び降りる。空き地に着地すると腕の機構を回転、先端に宝石の頭飾りがついた魔導杖のモジュールをせり上げた。
「邪魔はさせないからな!」
魔力炉が吼える。
稲光がほとばしり、地面を這って森に突き刺さる。閃光。森を突き破って三機の黒い巨影が飛び出した。
魔導外殻だ。マイルズの知る
「特別仕様ってやつか……上等だ」
マイルズは強く笑って操縦桿を手繰る。術式を
三機はそれぞれ別方向に跳ねてかわした。と同時に一斉に武器を構える。
「ふん」
マイルズは落ち着いて操舵する。
野暮ったい旧式の巨体は、軽やかに踏み込むと腕を振り上げる。M9改のカービンライフルを打ち払った。肩でぶち当たる。肩を支点に背負い上げて、放り捨てるように背後へ投げた。
「まだまだ」
二機目、重い機関銃を捨てる機体へと距離を詰める。
杖を通して障壁を生み、M9改の引き抜いたナイフを止めた。分解術式の仕込まれたナイフに斬られれば、抗魔術性能の低い旧式機は
障壁を振り払われる一瞬前に間合いへと踏み込んだ。M9改の脇の下に手を差し入れて足払い。引き倒して顔面を踏み抜く。
「連携が甘いな」
そこで三機目がようやくアサルトライフルを構える。
マイルズは即座に障壁を展開して受け流した。機体を返して踊るように踏み込み。肉薄してM9改の銃をはたき落とす。魔術の槍を打ち込んで胸部装甲を穿った。
ちらとマイルズはステータスモニタに目をくれる。燃料切れから解放されたオーダーツーといえど、立て続けに魔導外殻規模の魔術に注いでいれば魔力供給は危うくなる。マイルズの目がスクリーンに引き戻された。
「なんだ、まだ来るか?」
最初に投げた一機だ。立ち上がった敵機はナイフを抜き、大きく飛び掛かってくる。
マイルズの口から声が漏れた。
M9改はナイフを振り上げながら印を結ぶ。魔術の刃を虚空に走らせていく。カマイタチ。
「ほう? 悪くない。が……」
マイルズの機体はゆらりと踏み込む。
まるで魔法のように、幻惑的な歩みで十六の飛来刃をすり抜けた。
噴射炎の残光を引いて落ちてくるM9改の顎を蹴り上げる。相反する衝撃に、空気さえ破裂するような壮絶な衝撃と火花が散る。マイルズは吹っ飛んだ機体を転がらせて受け身とし、立ち上がった。M9改は四肢を震わせて大の字に転がっていた。
「機体任せで魔術を撃つなら、読まれることくらい想定しろ」
立ち上がりざま、腕の機構を回転させる。
杖の代わりに槍が生えた。穂先が機構の奥に引き込まれていく。
倒れるM9改の魔力炉を狙い、パイルバンカーを打ち込んだ。
破損した魔力炉から蒸気のように純粋な魔力が吹き荒れて、土煙が虹色に色づく。
息をつく暇もない。
マイルズはブースターを噴射させて横に転がる。噴射炎をナイフが舐めた。
「ち……仕事熱心なことだ」
泥を散らして立ち上がる。魔術杖を展開しながら振り返った。
顔面を踏み砕かれ、カメラとコードをぶら下げた機体が火花を散らしながら構えている。あちらもまた、マニピュレータを格納して魔術杖がせりあがる。
首無しは爆音をあげて駆動を高めた。
濃密な魔力が編み上げられていく。
「な?」
マイルズは息を呑んだ。
出力が高い。
従来の魔力炉でこの魔力量はありえなかった。到底単独で制御しうる規模ではない。
「まさか」
ごうごうと周囲の魔力が飲み干されていく。
陽の光さえ魔力の余波に成り代わられる。
巨大な白銀の光槍が虚空に生成されていく。
「ヘキサドライブ……!?」
槍が落ちる。
魔力の爆風が地を砕いた。
畑が崩れ、家が泥をかぶり、森が埋もれ、山の空が土に煙る。
§
明朝に走る白いセダンを、バンパーの歪んだミニバンが反対車線に乗り出して追い越した。
直線に出るや、ばおんと速度計の針が右側に振れる。
「右折する交差点ってどこでしたっけ」
ルーシー・ベルトラン。公道の運転は初めてだ。
リクライニングさせた助手席に寝かされたハッサが、心なしか青ざめている。
きつめのカーブに差し掛かると、ルーシーはアクセルから足を離してブレーキを踏む。速度が緩んだらアクセルを踏む。エンジントルク乱高下。
どん、と重たい爆発音が遠く響いた。バックミラーに遠く、山間の森から土煙が立ち上っている。
「マイルズ……無事に来てください」
勝ちは疑わない。不慮の事故がつきものなテストパイロットとして第一線を走るためには、相応の実力が必要だ。
ハッサを無事に送り届けるという任務を遂行するために、ルーシーはアクセルを踏み込む。不安定に寝かされるハッサの体にGが圧し掛かった。
奇跡的に事故を起こさず、ルーシーの操るミニバンは駐車場の前で停車した。ハザードランプが点滅し始める。
「失敗しました。閉まってますね……」
開店前の駐車場は、しっかりとシャッターに閉ざされていた。
はてどうしたものか、と思案気なルーシーがバックミラーに目を向けたとき。
「いけない!」
アクセルをべた踏みする。
ミニバンは後輪を削って飛び出した。
飛び出したミニバンを追ってスモークガラスの黒スポーツワゴンが突進していく。
道路では逃げ切れない。ミニバンに追いつくような形で追突し、二車両は団子状に連なって道を走った。
「く……! 私は素人ですよ、もう!」
ルーシーはバックミラーいっぱいに映るワゴンのフロントガラスをにらみつける。憎々しく吐き捨てた。
「映画のカーチェイス、もう少し真面目に見ておけばよかった!」
ミニバンとスポーツワゴンは連なったまま、田んぼに囲まれて伸びる県道を駆けていく。
ふとスポーツワゴンの助手席側から男が身を乗り出した。スキーマスクをかぶった不審者だ。銀行強盗か、さもなければ人さらい。そんな男がショートバレルのマシンガンを構える。
「っ! 危ない!」
ハンドルを切ったルーシーの体が傾く。
ミニバンを追い越した銃弾はガードレールを撃ち抜いた。跳ねていく破片にルーシーの呼吸が止まる。
急な方向転換で不安定になったミニバンに、すかさずスポーツワゴンが食らいついた。ミニバンの尻に鼻先をこすりつけるように押され、スピンさせられる。
「くっ。こんの!」
ルーシーは襲い掛かる浮遊感に必死に歯を食いしばってギアをバックに入れた。ハンドルを巡らせ、車の回転を最小限に、バック走行に方向転換して車両姿勢を維持する。
「それ、で!」
ハンドルを切りブレーキとアクセルを踏み分ける。ホイールの軋む不快な音を聞きながらギアをドライブに戻し、ドリフトで車体を前進に戻した。停止したスポーツワゴンを置き去りにする。
包囲するつもりでうっかり車を降りたマシンガン男の見開いた眼が、スキーマスク越しにバックミラーから見えた。
男は泡を食って銃を連射するも、擦過音さえしない。ルーシーのミニバンはトンネル前で左折して土手を登り、高台の道路に出る。
「ふ、ふぅ……! やった、すごい、私って才能あるんじゃないでしょうか……!」
ルーシーは白い喉を喘がせて、ようやく息を吸い忘れていることに気づいた。
呼吸を整えながら隣のハッサを窺った。
彼女は相変わらず眠り込んでいる。
少し、眠りが深すぎる。
「ハッサ教授?」
ハッサの寝顔に手を伸ばす前に。
バックミラーに再びスポーツワゴンが飛び込んできた。
助手席のドアが風圧で揺れている。下りた男を置いて追ってきたのだ。
「く、しつこい! ――なっ」
前方のガードレールがたわむ。
高台の下から跳躍した魔導外殻が道路に乗り込んできた。ルーシーの知らない機体。M9改だ。
ガードレールの破片に乗り上げたミニバンは安定を失いスリップした。中央分離帯に鼻先をこすりつけていく。
「きゃああぐっ! …………っ」
ルーシーはシートベルトに締められ、座面に叩きつけられた。ハッサはめいっぱいリクライニングさせていたお陰で、ダッシュボードに顔面を叩きつけずに済んでいる。
「あぁ……う、最悪です……」
周囲を見回そうとして、ルーシーは顔を歪ませる。
目の焦点が合わせられない。脳震盪を起こしていた。像を結ばないぼやけた視界で、魔導外殻が歩み寄ってくる。
スポーツワゴンから降りたスキーマスクたちが銃を構えて包囲陣を形成した。
「く……」
ルーシーの手は空をつかむようにぼんやりしている。シートベルトを外すことすらままならない。
ハッサを担いで逃げるなど、不可能だった。
「マイルズ……」
かすれる声で、ルーシーはつぶやく。
マシンガンを構えたスキーマスクがミニバンのドアに手を掛けた。
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