第16話 襲撃
マイルズの判断は早かった。
タブレットモニタを腰のベルトに挟み込む。ハッサ教授を肩に担いだ。戸棚の仕込み板を外し、リボルバーを取り出す。安全装置を外して撃鉄をあげた。
「どうした、ルーシー。ゴキブリでも出たのか?」
声はのんきに。ぶらぶらと歩いているかのように足音を立ててキッチンに向かう。
その表情は険しく、耳をそばだてて、神経を研ぎ澄ませている。
足音を殺した気配が、キッチンに通じる角の向こうで呼吸を合わせていた。
マイルズは床を蹴った。
キッチンの角で、ルーシーではない男が驚愕に身をのけぞらせる。ヘルメットにタクティカルベスト、止血機能さえ持つタイトな黒いコンバットスーツ。特殊部隊の完全装備。
ハッサを担いだままの状態で、マイルズの拳銃は男の首を正確に撃った。指先ほどの小さな銃弾は防弾繊維の隙間を縫って気道を貫き、脊髄を砕く。
倒れていく黒ずくめの男に飛びついて、体ごと引きずるようにアサルトライフルを取り上げる。ストラップに引きずられた男の死体が、肩に担ぐハッサにかぶさった。即席の盾だ。
キッチンにはほかに男が三人いた。勝手口の前に一人、コンロの前に二人。
ルーシーは組み伏せられ、包丁を握る手を靴で踏みつぶされている。鍋は床に落ち、雑炊をぶちまけていた。
「――ォオオ!」
野獣のような雄たけびが、マイルズの喉からほとばしる。
反応して武器に力をこめる男たちよりなお早く、マイルズの奪った銃が咆哮した。
ルーシーを抑え込む男の肩と胸を撃つ。
腰だめにアサルトライフルを構えるコンロ前の男の手指を砕く。
最も遠い、勝手口に立つ男の反撃が間に合った。閃光と銃弾の衝撃がマイルズを刺す。
だが。
弾丸はマイルズが引き寄せる最初の死体が引き受けた。最上級の防弾繊維が凶弾を受け止める。
マイルズが薙ぎ払った銃撃が、反撃を成し遂げた男の手と足と腰と胸と顎を撃ち抜いていく。ヘルメットのなかで跳ね返る銃弾に脳をかき混ぜられ、男は銃を撃ち続けたまま大の字にもんどりうって死んだ。
マイルズは死体ごとアサルトライフルを投げ捨てる。肩に担ぐハッサを棚の陰に寝かせた。
キッチンに転がる男たちの腕を極めようとして、舌打ち。
「こうも全身が守られていると、都合よく無力化とはいかないな」
スーツに保護されていて腕をひねることができない。
拳銃をねじり込むように頭と心臓を撃つ。マイルズがもう一人に向かおうと振り返ると
相手は姿勢を崩したままハンドガンを抜いていた。銃ごと手を蹴り飛ばし、同じように頭を撃ち抜いたうえで胸元を撃つ。
「ルーシー、大丈夫か!」
声をかけながらも、マイルズの目と耳は未だに残敵を探っている。足元の死体からアサルトライフルを奪うと、振り返って廊下の出口に走った。
投擲弾を構える黒ずくめの二人組に銃撃を浴びせる。
出鼻を挫かれてひっくり返った二人は、それぞれスーツの隙間から首と頭蓋を撃ち抜かれて即死した。
迫る敵がいないことを確認すると、ようやくマイルズはルーシーに歩み寄る。
「ルーシー」
「ま……まい、るず」
ルーシーは蝋人形のように血の気を失い、歯の根があっていない。踏まれた手をかばって肩を震わせている。
肩を撫でて宥めながら、マイルズの五感は慎重に残敵を探り続ける。攻めてくるものはおろか、逃げていく気配もない。どうやら全滅させたようだ。
周囲にあまりにもひと気がないから、潤沢な装備に任せて力押しで片づけられると踏んだのだろう。
間違いではない。退役軍人といえど、休暇中にアサルトライフルで襲われたらひとたまりもない。
ただし、その退役軍人が竜翼受勲者の元
ようやく警戒を解いたマイルズは床に転がしてしまったハッサを見る。未だ気を失ったままの彼女は、寝間着が返り血に汚れていた。
マイルズはうんざりとため息を漏らす。
彼女たちは、こういう世界とは縁がない人間のはずだったのに。
マイルズは立ち上がる。
歩こうとした足を、止めた。
「ま……って、ください」
ルーシーがマイルズの裾をつかんでいる。マイルズは屈み、震える彼女の手を優しく取った。
「歩けるか?」
ルーシーは声を出せず、うなずいた。
彼女を引いて、ハッサを担いだマイルズは家を歩く。非常持ち出し袋を取り出し、缶詰、レトルトパウチ、水のボトルなど保存の利くものを片端からエコバッグに放り込んだ。
特殊部隊員の死体から武器を奪うことは諦める。ルーシーをまたキッチンに踏み入らせるわけにはいかない。
「大丈夫か、ルーシー」
「はい……」
マイルズに導かれて歩きながら、ルーシーは応じた。顔色は悪いままだが、意識はだいぶはっきりしてきている。
納屋におりてマイルズは「ああ」と額を覆った。
「俺の車はダメになったんだった……」
ハッサの乗ってきた、事故車両のミニバンしかない。
「大丈夫ですか」
「ああ……まあ、動くことは確認してある。なんとかなるだろう」
「いえ。マイルズ自身です。すごい顔になってますよ。あの車、よっぽど気に入っていたんですね」
ルーシーはおかしそうにマイルズを見上げていた。
マイルズは知らず強張っていた頬を撫でて、安堵に頬を緩ませる。
選択の余地はない。バンパーの歪んだミニバンに荷を積んでいく。解析にかけていたハッサの情報チップも回収した。
と、マイルズはルーシーがじっと納屋の壁を見つめていることに気づいた。
壁というより、壁際の棚だ。続けてきた研究資料が積み上げられている。
「ルーシー」
「……すみません、マイルズ。この期に及んで情けないのですが、私……」
マイルズは首を左右に振った。みなまで言わせる必要はない。
「持っていこう」
「……ありがとうございます」
サーバとファイルをいくつも積み込んでいく。ミニバンが少し傾いたところで最後のハードディスクを積み終えた。
「これですべてですね。急ぎまふっ」
ルーシーの口を、マイルズの大きな手でふさぐ。彼女の小さい顔ではすっぽりと半分ほど覆い隠されてしまった。
「もご」
「静かに」
マイルズは納屋の外に視線を投じて、耳を澄ましている。
音がした。
歩いている。重い何かが、木の根を踏んで。
「ちっ。魔導外殻だ」
ルーシーが息を呑んだ。
マイルズの手を外して、ルーシーはまっすぐマイルズの目を見上げる。
「マイルズ。私が車を運転します」
「なに言ってるんだ。まだ免許持ってないだろう」
「研究所の敷地を移動するのに車を使ったことがありますよ。運転は分かります。ハッサ教授も私が運びましょう。だから」
ルーシーは納屋の隅に視線を向けた。
小さくうずくまる旧式の魔導外殻。オーダーツー搭載試験機。
ルーシーはマイルズを見上げ、マイルズもまた彼女を見つめた。
「必ず追いついてくださいね」
問うべきことはたくさんあるはずなのに。
彼女はひとつとして口にせず、ただマイルズの助けになることを買って出てくれる。
「……わかった」
マイルズは重くうなずいた。
固く心に誓いを立てる。なにがあっても彼女を守る。たとえこの命に代えてでも。
「あの複合商業施設で会おう。ラーメン屋の前でな」
明朝の時間なら、誰を巻き込む心配もない。ルーシーは緊張に唇を引き締めてうなずいた。
「はい。三号線を通って一気に向かいます」
「頼む」
準備を終わらせ、二人はそれぞれの運転席に着座する。シートベルトを締め、愛機の状態を確かめ、魔力炉を始動させる。
「マイルズ、行けます」
『こっちもだ』
それぞれの戦いに臨む。
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