6. 静止流星、
第38話 開き眩し扉
見慣れないものには人を惹きつける異様な力がある。
クリスマスシーズン特有の電飾、身近な人の意外なギャップ、異国の地の風景、画期的な新製品、事故現場、殺人の瞬間。良くも悪くも、心の動く瞬間の多くが見慣れないものと紐づいているように思う。
俺は椎奈さんの私服姿に見惚れてしまっていた。
「すげえ……新鮮」
「なにそれ、海鮮物を食べたときの感想みたい」
椎奈さんは言葉にならない笑い声を漏らした。今日も変わらずマスクとアイマスクを身に付けている。駅前ということもあって、周囲の視線は避けられない。圧迫感の塊だ。椎奈さんの見ている世界はこんなにも過酷なものなのか。
少なくとも今日一日だけは椎奈さん側に立とう。逃げたくない。
「制服姿しか見たことなかったから。私服ってだけで結構印象変わるよな」
「うん」
椎奈さんは俯いた。右腕のほうに顔を向け、左肩へ、足元へ、としきりに首を動かしてそわそわしている。落ち着かない様子だ。
赤紅色のスカートはすねの辺りまで垂れ下がっている。ウール素材だろうか、どうしても触りたくなってしまうような上質さがあった。白色のニットとベージュのコートが大人し目な印象に拍車をかけている。綺麗に手入れされた革靴も、しっかり合わせられているソックスも、ふわりと形の作られた黒髪も、学校で見る元気溌剌な椎奈さんとはまるで雰囲気が違う。
「似合ってるよ」
俺は言うや否や、慌てて視線を逸らした。背中を指で撫でられたかのような感覚になる。
えへへ、と笑い声をあげるのを聞いて、視線を戻した。椎奈さんは「ありがとう」と呟く。もう一度、視線を逸らした。恥ずかしさを紛らわしたかったのかもしれない。
駅前の時計台から軽快な音楽が鳴り響いた。十二時だ。
「今からだとちょっと早いから、飯食べてから行こうか」
「うん、お腹空いた!」
時計台を背にして、改札へと向かった。
水族館の最寄駅がある沿線はかなり栄えている。俺たちは途中駅の臨海都市で下車し、飲食店を目指して歩いた。
まるで雨後の筍のようにカップルを見かける。カップルであるという確証はない。けれど、男女が二人並んで仲良く歩いている光景は、周囲を誤解させるのに十分な力を持っているだろう。俺は周りの人と視線を合わせないようにした。
「ほんとにハンバーガーでいいの?」
「うん、ずっと行きたかったんだけど、遠いから行けてなくて。楽しみ!」
そう言って椎奈さんは笑い声を漏らした。
風が吹いて髪が荒れる。髪型が不自然に変化していないかどうか、気になってしまった。念入りに鏡と睨み合って整えたのだ。崩れて欲しくない、と心の中で毛先一本一本にエールを送った。
店内は大勢の若者で賑わっていた。木目調で装飾された店内とポップな丸文字で書かれたメニューが、若い客層を狙ったお店であることを強調している。
入店するとすぐに、俺と椎奈さんを中心にして半円弧状にざわめきが伝搬していった。周囲にいた女子の集団やカップルたちがコソコソと耳打ちしている。
俺は顔を上げて、心持ち背筋に力をこめた。
「これだ、って決めてたメニューとかあるの?」
「んーとね、ベーコンが鬼のように詰め込まれたバーガーが食べたかったんだけど……」
「鬼がベーコンのように詰め込まれたバーガー?」
「逆に気になっちゃうよ、そのバーガー」
椎奈さんはへへっと笑いながら俺の肩をはたいた。
店内は人で溢れかえっている。椎奈さんとの隙間がいつの間にか無くなっていた。俺の左腕と椎奈さんの右腕の間には互いの服だけがある。真横からふわりと甘い匂いがした。
入店してくる人の数と同じぐらい、退店する人も多い。お店の回転率はかなり高いようだ。
順番がまわってくるとはじめに、店員さんの食い入るような視線を受けた。ゼロ円のスマイルと同じように、異物を見る視線という無料オプションがあるのかもしれない。こちらから注文した覚えは全くないけれど。
十分ほどで注文を済ませ、商品を受け取る。二人分のバーガーと飲み物が一つのトレイに乗っている。人混みの中を歩かなければならず、俺は手元を注視して歩いた。
一定のリズムで背中を突っつかれている。まるでメトロノームのようだ。脳内でチクタク音が流れる。後ろを振り向けないけれど、椎奈さんに違いない。
息を漏らして静かに笑っている。どのようにあしらえばいいのか分からず、俺は口ごもった。
「椎奈さん、いたずらするの好きなの?」
「好きだよ! 据衣丈くんの困ってそうな顔、面白い」
着席しながら二人して笑い声を上げた。
「ドSだな、まじで」
「Sではあるよね。椎奈だから」
「お、おう」
その
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