第18話 痛く赤い液
五時前の駅構内は大学生風の若者や制服姿の中高生でごった返していた。制服姿の男女が手を繋いでいる。リア充にばかり視線を向けてしまうのは置かれている状況のせいだろう。
横を歩く鳴無さんは意外と小柄だ。遠くから見るよりも小さめに感じる。ひょっとすると、簡単に折れてしまいそうな手足と一回り小さい顔によって、背の高いイメージが植え付けられていたのかもしれない。
横をちらっとみやった。艶やかな黒髪がゆらゆらと揺れている。
「普段、遊びに行くこととかあるの?」
「ん? んー、頻繁にはないかな。たまに花穂とお買い物に行ったりするぐらいかも。一緒に行動する友達なんて花穂ぐらいだから」
鳴無さんは常に淡々と語る。大声をあげて笑うことも、語調を強めて怒ることもない。
「椎奈さんって見た目はともかく置いといて、すげえ明るいし元気だよな。鳴無さんとは真逆なタイプに思えるけど」
「私、暗くて不健康かな?」
鳴無さんは首を捻り、俺の顔を見上げた。右手の人差し指と中指で前髪を分ける。額から手が離れていくと、澄んだ瞳が現れた。綺麗な平行四辺形だ。その上目遣いは何かを訴えようとする犬のようである。
「いやいやいや、おしとやかで落ち着いてるって言いたくて。椎奈さんと真逆ってことはめちゃくちゃ褒めてるから、たぶん」
「そ、そうなんだ……」
鳴無さんは顔の方向を正面へ戻して呟いた。僅かに俯いている。前髪をしきりに気にしているようだ。妙な女の子っぽさを感じて思わず鳴無さんから視線を逸らした。
「据衣丈くんがひどいこと言ってたって花穂に伝えておこっと」
「ええ!?」
予想だにしない裏切りを受けて、声を荒げた。
鳴無さんは僅かな間を空けて「冗談だよ」と囁く。横顔を見遣ると、頬が微かに緩んだように感じた。
目的地には十数人の行列が出来上がっていた。まだ五時過ぎであることを考えると、ゴールデンタイムにはお店がパンクするのではないかと微かに心配した。
男性の一人客が半数を占めている。他は若い男女の二人組か主婦と思しき女性の一人客だ。
列の隙間から、見覚えのある制服がちらっと見えた。
紛れもなくうちの高校の制服だ。傾きつつある陽の光を浴びて、後ろ髪が輝いている。後頭部を見ていると、既視感に襲われた。
津田に違いない。
横にはカジュアルスーツを身に纏った女性が立っている。津田よりも少しだけ背丈が低い。とは言っても、女性にしては高身長のように思える。単にヒールの高い靴を履いているだけかもしれないけれど。微かにウェーブのかかった髪はそよ風でなびいている。柔らかくうねる黒髪を見ていると、いい匂いがここまで漂ってきそうだ。
昨日、スイーツビュッフェの優待券を受け取ったときに津田が言っていたことを不意に思い出す。
まさか、年上の女性と出歩いているとは思わなかった。放課後を犠牲にした、と言っていたけれど、見る人によっては犠牲でもなんでもないだろう。
声を掛けていいものなのだろうか。一度踏みとどまって考えてしまうと、そこから抜け出すことは難しい。俺は結局、見なかったことにして鳴無さんのほうをちらっとみやった。
「ちょっと時間かかりそうだな」
「それだけ人気なんだね……度辛」
鳴無さんは眼を少しだけ見開いて、行列の先をしきりに確認している。前の男性客の背中が邪魔のようだ。左右に大きく揺れ、時にはつま先立ちをしていた。それでも納得できなかったのか、ついには拳一個分ほどぴょんぴょんと飛び跳ねた。パン食い競争をしているかのようだ。
「度辛は別に逃げないから」
俺が
津田と謎の女性が入店し、少しの間をおいて俺と鳴無さんも
店内は驚きの赤さだ。丸椅子も木製の机も壁のタイルもフローリングの床も、すべてが濃い紅色で塗装されている。唯一、照明だけが白色に輝いていた。赤と白が共存していて、まさに紅白だ。おめでたい。
俺と鳴無さんはカウンターの二席に腰かけた。
「どこもかしこも赤いね。これは期待できるかも」
「多分、度辛の担担麺を見たらびっくりするよ。絵の具の赤と黒を混ぜたような感じ」
言いながら俺はメニューシートを鳴無さんに渡した。
「……絵の具は辛くないよ、据衣丈くん?」
「お、おう。あくまで例えね」
絵の具を口にしたことがあるのかな、鳴無さん。俺は心の中で叫んだ。
鳴無さんはメニューを見ながら何やらぼそぼそと呟いている。特に気にすることなく、俺は津田の座っている席を見遣った。
爽やかな笑顔がオレンジ色の照明に照らされている。女性との会話が弾んでいるらしい。おそらく津田は俺たちの存在に気づいていない。こちらから顔面を視界にとらえることができるということは、向こう側からも俺の顔面を見ることができるだろう。気づかれたときに対応すれば良い。
俺と鳴無さんは注文を終える。十分も経たないうちに料理が運ばれてきた。
強烈なスパイスの香りが
よく目を凝らしてみても、液面が見えない。赤茶色の粉が器に蓋をするようにまぶされている。ティラミスの上部の粉のようで、美しいと錯覚してしまう程だ。
「す、すごい。これが度辛……」
鳴無さんは目を見開いて呟いた。俺のほうには見向きもせず、器と睨み合っている。しばらくして箸を手に取った。
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