弱者の末路
「……そう。私だけが何も出来ないまま、事態は収束したのね。でも、終わりよければ全て良し、求めていた結果に近いなら文句も無いわ。みんな、ご苦労様」
話を聞き終えたソフィア姫は複雑そうな顔でそう告げると、何か惜しむようにゴーレムを見上げた。
「意外ですね。ソフィア姫なら、愚痴の一つくらい零すかと思っていました」
「失礼ね。自分の不甲斐なさを感じても、人に八つ当たりする気なんて無いわ。……だからそんな顔をしてないで、胸を張りなさい、エレナ。貴方は仕事を全うしただけよ」
怯えた子猫をあやすように、ソフィア姫は優しい笑顔でエレナさんを見る。
一方、殴って気絶させた主人から許しを得たエレナさんは、感激したのか身体を震わせて頭を下げた。
「……姫様。寛大なご配慮、ありがとうございます」
「そう思うなら、この件はお仕舞い。そんな事より、あのゴーレムの様子が気になるわ」
【我の見立てだと、あれ以上暴れることは無いぞ】
「なら、いつ遺跡に戻るのかしら。まるで病人が起き上がろうとしているみたいに、弱々しい動作を繰り返してるじゃない」
……言われて確認すれば、なるほど。確かに変だ。
ゴーレムは電池の切れかかった玩具みたいに、小刻みに動こうとしては停止するという行為を繰り返していた。
【むぅ、動力源が破壊され、まともに機能が働かんのかも知れん】
「つまり、故障ですか？」
「――ご名答。もはやあれは朽ちるだけの人形です。残念ながら、遺跡調査は打ち切りという結末を迎えました」
ガサガサ、と。
草木を掻き分けて、セレネ将軍が俺達に近付きながらそう語る。
先に降りた筈の人が何処に居るのだろうと思っていたが、まさか遺跡の周囲から離れた場所から出てくるとは驚きだ。
「セレネ将軍、貴方は一体どこに行っていたのだ？」
「周囲に控えさせていた部下と連絡を取っていました。その者達にアッカド基地への作戦を中止せよ、と伝えておく為に」
「ふーん、コッチに内緒で伏兵を仕込んでいた訳ね。随分と手際が良いじゃない」
「あらゆる対策を怠らないのは当然です。まぁ既に目的は果たしました。自分たちは速やかにティマイオスを去ることにします」
ザワ、と動揺した空気が濁る。
遺跡調査の協力を求めていた人間が、打ち切りと称しながら目的は果たしたと口にする矛盾に、誰もが発言者を注目せずにはいられなかった。
……そんな視線の集中砲火を浴びながら、セレネ将軍は右手を差し出す。
目をこらすと、彼女の手の平には浅黒い物体が転がっている。
「これは神話の時代に滅んだ、魔物を生み出す邪神の人差し指です。これこそが南方、ひいてはティマイオス王国で魔物が増殖した原因の一つ。守護神が去って、弱まった結界から漏れた憎悪の瘴気。そして、ゴーレムの動力源だったものです」
【そんなものを、一体何処から。……いや、愚問だな。ゴーレムが機能停止したのは、貴様が結晶体を破壊したからだ。ならば自ずと答えは出る】
「えぇ、あのクリスタルは宝を覆い隠す箱だったようです。破壊したと同時に、自分の視界に飛び出てきました。いわば戦利品ですね」
【その言い方だと、明け渡す気は無いようだな】
「欲しいなら奪い取る気で挑んで貰います。無論、全力で相手をしますが」
セレネ将軍は余裕の笑みと同時に、殺気も振りまく。
直後、風を切りながら抜剣する音が響いた。
「ならば私が挑みましょう」
「……あぁ残念。戦意の湧かない相手が釣れました」
レイピアをかざすエレナさんに対し、セレネ将軍は剣を構えもせず鼻で嗤う。
その眼中に無いと言った態度に、エレナさんは顔を赤らめて口を開く。
「気に食わない方と胸に秘めていましたが、今ほど憎いと思ったことはありません。訳知り顔で動力源だの古代の邪神だの、そんな話があるなら私達に説明すべきでしょう」
「……呆れた主張です。味方でもない者に、わざわざ自分たちが持っている全ての情報を与える訳が無い。逆の立場なら、貴方達もそうした筈だ」
「まぁ、そうね。敵ながら、その言い分は正しいと認めるわ」
「ひ、姫様？ さすがにこういう時は、その公平な判断は控えて頂きたいのですが」
思わず俺も頷きたくなる意見であった。
数日間の付き合いだが、ソフィア姫は立場を問わず正当な扱いを好むようだ。そのおかげで俺も良い状態で活動できているのだが、セレネ将軍にまで適用されてはエレナさんも愚痴を言わずにはいられないのだろう。
「安心して。知る事を諦めた訳じゃないから。どうやら元々の目的がソレだったようだけど、そんな代物を欲して、何の意味があるの？」
「答える義務はありません。……いえ。こうやって、わざわざ教えに来る必要だって自分には無い。それなのに、どうして顔を出したと思いますか？」
「挑発、と言いたいけれど違うようね。貴方の目には敬意が宿ってる。……ふぅん、何も言わず立ち去らなかったのは、親切心と言うつもり？」
「はい、これはゴーレム退治の貢献を果たした者達への感謝です。多少の情報くらいは明かさなければと思う程度には、貴方の懸命な姿は胸に響いた」
そう言いながらセレネ将軍は俺を見る。
……良く分からないが、つまり俺は役立っていたという事だろうか。
あえて尋ねるか悩んでいる間に、セレネ将軍は手の平を閉じて踵を返した。
「しかし、その義理も今こうして果たしました。あとは帰り支度を始めるだけです。とはいえ事後処理に数日は必要でしょう。それまで家紋を預けたままにしておくので、大事にしてくださいね」
そう告げると遺跡から離れ、あっさりと森の中に戻り始める。
ずっと剣を突き出されているというのに、無防備な背中を晒して。
「待ちなさい、私との勝負を放棄するのですか」
「止めた方が良い。どうせ戦うなら、貴方達の基地に行くまで温存すべきです」
「……どういう意味ですか」
「連絡を取った際、部下が報告してきました。アッカド基地で魔物が暴れていると」
「は？」
――魔物がアッカド基地を襲っている。
嘘なのか真実なのか見分けが出来ず、次の言葉を待つように固唾を飲む。
だが俺とは違い、我慢できず口火を切った人が居た。
「ばかな、先日クローが命を削って数多く消滅させたばかりだ。当面の間は魔物など発生できるはずがないッ」
焦る様子を隠さないままイーシュさんが声を荒げて抗議する。
しかしセレネ将軍は涼しい顔で受け流すのみ。
「それは通常時の法則だ。しかし、今さっき例外が産まれたでしょう？」
【――遺跡の結界破りとゴーレムの件か】
「その通り。結界破りやゴーレムとの乱戦によって、短期間に魔力の乱れが頻発したのです。魔物が産まれるサイクルが早まっても、不思議ではありません」
「吾輩も軍人だ。その理屈は認めよう。だが、貴殿の罠である可能性も否定できん。この場から吾輩達を引き離す為の方便でないとは言い切れんのだ」
「……では、どちらか一方が納得するまで争いますか？」
必死な顔で詰め寄るイーシュさんと、興味なさそうに剣に触れるセレネ将軍。
戦う気配を孕んだ空気の中、突如ビューという甲高い音が空に響いた。
音源を確認すれば、エレナさんが顔を上に向けて指笛を鳴らしている。
「エレナ、その口笛はワイバーンを呼ぶ合図ね？」
「はい。異変があるなら、基地で待機させていたマリーの状態を見れば判ります」
「……ほう、この距離から音を感知する飛竜ですか。いやはや随分と有能だ。まさか、こんなに速く届くとは」
感心した様子で空を見上げるセレネ将軍。
直後、森を覆うような影が出来て、上から下に風が吹く。
「来ましたか、マリー」
日光を遮るシルエットに声をかけるエレナさん。
しかし直後、その目は驚愕に染まった。
「そんな、これはッ」
主人を見つけた飛竜は、切り開かれた遺跡の周囲に降り立とうとする。
だが、その身体はボロボロだ。
バサッという翼の羽ばたきと連動して、ビチャッと血液が降り注ぐ。
切り傷、矢傷、火傷、様々な怪我を複合した重症を負っている。
……その姿を見れば不明瞭だった状況など、一瞬にして判断が付く。
「ほら、自分の言った通りでしょう？」
得意気に語るセレネ将軍に反論する者は皆無だった。
――さぁ、どうやれば最速でアッカド基地に辿り着くのか。
その目的以外の余裕など、もはや残っている筈も無かったのだから。
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