力を合わせて
――朦朧とする意識の中、俺がまだ幸せだった頃を思い出す。
当時、母親に手を繋がれてデパートに買い物に行った俺は、昼食にどんな物を食べようか悩みながらショッピングをしていた。
オモチャ屋や本屋や服屋を見て回ったあと、ランチタイムに入ったのでフードコートを目指しながら歩いていく。
そして食べ物の匂いを感知した走り出そうとした瞬間、地面が大きく揺れたのだ。
気が付けば、空から瓦礫が降ってくるくらいにデパートは崩壊していた。
おそらく母が身代わりにならなければ、俺はあの時点で即死していただろう。
その性で母親は死んでしまったが、あの時の俺はまだ幸せだったのだ。
……あぁ、少なくとも自分だけは助かったのだと。
冷たくなっていく身体に触れながら、いくら語りかけても返事をしてくれない肉塊の正体を理解しながら。
俺は、母親の死に嘆くよりも自分の命が無事である事に喜びを覚えてしまった。
その感情が鮮烈に記憶されたおかげで、あれは危機的状況の中で混乱していた性だ、なんて自分を誤魔化すことさえ出来なかった。
そして救出された後、冷静に過去を見つめ直した時から、俺は自分という存在に嫌悪感しか抱けなくなった訳だ。
幸か不幸か、自分だけ生き残ろうとする醜い本性を肯定できるほど、俺の精神は図太くなかったのである。
……しかし何故いまさら、そんな十年も前の事を思い出したというのか。
未だにドロドロと混濁する意識の中、状況確認の為に目を開けた。
と同時、俺の後頭部が人肌に触れている事に気が付く。
「……良かった。まだ回復魔法に耐えられる体力は残っていたようですね」
ホッとした溜息を聞きながら、俺はエレナさんと目が合った。
彼女は目尻に涙を溜めてコチラを見下ろしている。
「え。なんで」
意外な人物に驚いて顔を上げようとして、ようやく状況を把握した。
どうやら頭を地面から守るよう、エレナさんに膝枕されていたらしい。
キョロキョロと見回せば神様は杖のまま地面に置かれ、ソフィア姫は背中を木に預けて眠ったままだ。
【クローが戸惑うのも無理はない。我もまさか、こいつが助けるとは思わなかった】
「私が見捨てると思っていたのですか? ゴーレム退治は反対しますが、クロー様の危機を放置するほど冷徹ではありません」
そんな会話を聞いてる最中も、ドカンドカンと周囲が騒がしい。
身を起こせば案の定、ゴーレムが巨体を動かして暴れていた。
「良かった。戦いは終わっていないんですね。なら役に立たないと」
「……まだ戦うつもりなのですか。困りました、こうなってしまえば私も少し迷ってしまいます」
「止めないんですか?」
【状況が変わった。お前の攻撃で、ゴーレムの攻略法が判ったからな】
俺はとっさにゴーレムを確認すると、先程とは明らかに損傷部分が拡大している。
特に頭部が、飴細工が溶けたみたいに激しく陥没していた。
「まるで瓦礫のように崩れていますけど、誰の仕業ですか」
【帝国の女将軍に決まってる。竜化の護身は肉弾戦の上級魔法だからな。あのゴーレム相手では危険を伴うが、接近戦における破壊力は凄まじいものだ】
という会話の最中にも、セレネ将軍が破壊したであろう痕跡は増えていく。
……観察すればするほど、頭部の砕けた隙間から時折キラキラと輝く光が、大きくなっている気がした。
「あの明るい球体、結界が壊れる前に遺跡の上にあった気がします」
【そうだ。『死神の嵐』で少し露呈した時、ゴーレムの魔力が大きく乱れた。あの光源がゴーレムの核なのだろう。上手く破壊できればゴーレムは崩壊する】
「つまり、勝機があるという事ですか」
自分のやったことが無駄では無かったことに安堵する。
しかしエレナさんは浮かない顔のまま、小さな溜息を漏らした。
「確実とは言えない、ほんの僅かな可能性です。ですがイーシュ殿はクロー様の代役として、既に参戦してしまいました」
「……あぁ、イーシュさんまで残ってくれたんですか」
【お前が倒された途端、ゴーレムに突進していったぞ。まぁヤツの攻撃力では大したダメージは与えられていないがな】
「ソレを判っていながら戦い続ける精神力は、とても羨ましいです。だからこそ、俺も負ける訳にはいきません」
俺は神様を松葉杖のように扱って立ち上がった。
全身の神経が痛い痛いと訴えてくるが、まだ戦える。
【……忠告だ、魔力が足りない。あと一回、上級魔法を放てるくらいだろう】
「まぁ、自分でも無謀な挑戦なのは判っていますよ」
寒くも無いのに震える足を、どうにか前に出す。
たとえ血が足りなくて視界が霞んでいても、逃げるという選択肢は無い。
そんな決意の最中、神様が言葉を続ける。
【さらに言えば、今のお前にゴーレムとまともに戦える魔法は無い。死神の嵐ではゴーレムの核には届かない。他の魔法を試す余裕も無い。さて、どう立ち向かう?】
「簡単です、有効だった魔法を真似すれば良い」
【なに?】
戸惑う神様の声を聞きながら、俺は意識を集中させて記憶を辿る。
聞いたのは一度だけ。ただ、つい先程の出来事で印象深かったのだ。
「……我が与えしは天の羽衣。常世を喰らう王の権威にして、常勝無敗の証なり」
途端、全身の魔力が溢れ出す。皮膚を鱗のように、肉体を膨張させ、上手くコントロール出来ずに、身体中が激痛という名の悲鳴を上げ始めた。
「ぐ、ぅぅ汝ぃ、その身に纏う、は」
「クロー様、それは無茶です、いますぐ詠唱をお止めくださいッ」
【バカか、竜化の護身は土属性だ。お前との相性が悪い、失敗するぞッ】
もう手遅れだ、詠唱を中断したところで暴走は収まらないだろう。
そもそも、初めから成功するとは考えていなかった。
【……まさか貴様、失敗した状態で戦う気か?】
その通りだ。
失敗した状態であっても、それなりの破壊力は得られるだろうと想定していた。
だからここまでは計算通り。ただ、想定以上に相性が悪いと言う事だけ。
「霊獣の翼にして、蛇王の牙なりッ」
必死になって紡ぐ言葉に、魔力が呼応する。
タイヤ用の空気入れでポンプを押し出したみたいにドクン、と心臓が大きく脈打つ。
それが変化の始まりだった。
爪が尖り、牙が生え、尻尾が出来て、頭蓋骨から角が伸びた。
紛う事なき急激な人体改造に、肉体的な辛さよりも精神的な嫌悪が先行する。
もしかしたら、それも失敗の影響なのかも知れない。
セレネ将軍は半人半竜といった感じだったが、俺の場合は違う。
明確な根拠は無かったが、忌々しそうに毒づく神様の声を聞いて確信した。
【ちっ。そういえば、ここは魔物が出来やすい魔力の乱れた土地だったな】
「……しかし、そんな。これでは、まるで」
――ワイバーン。
エレナさんの小さく途切れた言葉を、感覚の鋭くなった耳が拾う。
そう、鏡を見ずと判る。俺は竜そのものに成り果てている、と。
詠唱が正しくても相性が悪ければ正常に機能しないのが魔法なのだ、と身を以て知った訳である。
だが構わない。戦えればソレで良い。人が救えるなら、何の問題も無い。
「――竜化の、ゴシン」
もはや、人の言葉さえ口にするのが難しい。
握り辛くなった神様も手放し、俺は生まれて初めて、四本足で地面を走った。
まさしく獣の速さを得た俺はあっという間に森を駆け抜け、ゴーレムに飛び移る。
目指すは頭頂部。そこで破壊しよう、この身が滅ぼうとも戦おう。
そう考えながら辿り着いた先に、セレネ将軍が居た。
「あぁ、生きていましたか。ソレは良かった。楽しみが減らずに済みました」
コチラの見た目など一切気に掛けない、軽い挨拶のような安全確認。
ピントの合わない滲んだ景色に、未だ武器を叩き込む女剣士が映り込む。
「思った以上に面白い敵です、コレは。叩いても斬っても一向に沈まない。竜と化した力を持ってしても死の危険を感じてしまう。なんて、素晴らしい」
沸き上がる喜びを隠さない独白。
そこには、生死を賭ける戦いで感動している人が居た。
「……そういう訳なので、このまま自分一人に任せて貰えませんか。イーシュ殿のように目眩まし役としてなら許容できますが、ゴーレムの核は譲れない。貴方には結界を壊して貰った義理もある。ここで排除したくはないのです」
威嚇のつもりなのか、彼女の双眸から強烈な殺気が叩き付けられた。
それでも俺が怯む様子が無いと分かると、今度は躊躇いなく両剣を構えて攻撃を仕掛けようとする。
だがそれでも俺は止まる気など無い、ただ目的を果たす為の行動を開始した。
「ほう? 自分は眼中にありませんか」
当然だった。助ける予定だった相手と戦う意味など無い。
ゴーレムを殴る、岩石が飛び散る。ゴーレムを殴る、岩石が飛び散る。
ただひたすら、それだけを何度も何度も繰り返す。
弱点を死守しようとゴーレムの魔の手が襲いかかりもするが、四本足の恩恵によって回避は余裕だった。
――その途中、背中にザクッと二本の金属を差し込まれなければ。
「不完全な状態なのに、ここまでゴーレムの壁を取り除いた実力は驚嘆ですよ。これならば核も容易に取り出せる。えぇ、助かります。なので次は貴方のお仲間同様、囮役として役立って欲しいのですが」
背後に響く明快な声を聞きながら、俺は上空から圧力を感じた。
見なくても分かる、まるで耳障りな虫を潰すかのように、ゴーレムの手の平がこちらに向かってきているのだろう。
――だが避けられない。
逃げようとした瞬間、刺さったままのセレネ将軍の刃が俺を切り裂くだろう。
ならば俺が出来ることはただ一つ、それはゴーレムの顔を破壊する事だ。
一心不乱に、ガツンガツンと爪が剥がれても、肉が裂けても。
「あぁ、素晴らしいですね。己を省みない無私の姿勢は、とても美しい」
褒めているのか貶しているのかわからない言葉を無視して、俺は足元の岩盤を砕き続ける。頭上からは破滅の音が迫っていた。
……もはや懐かしいとさえ感じる、十年前にも体験した死が降り注ぐ。
その事実に安堵する。俺はようやく、価値のある終わりを手にすることが出来るのだ。
――筈、だった。しかし。
「待たせたなぁ、魔法師クロー」
覚悟していた未来を打ち壊す声に、俺は攻撃を忘れて顔を上げた。
その時、過去に置いてきた幸福を思い出す。
「安心しろ、今度は吾輩がお前を助ける番だッ」
圧倒的な質量で落下する脅威から我が身を省みず救おうとする姿に、過ぎし日の思い出を感じて胸が震えた。
視界が滲む中、殺意が込められたゴーレムの左手を、飛びかかった身体と突き出した拳で跳ね返す光景を見たのだ。
隕石を人の身で弾くような奇跡。
実際に目にしていながら、有り得ない現象にさえ思える。
人の強靱な意志が、理不尽を覆す瞬間に心を奪われた。
「ふん、やはりそうか。ここまで戦って、ようやく確信したぞ。その巨体を動かす魔力量も有限に過ぎず、さすがに全身くまなく充足している訳では無いと、な」
呼吸を荒げるイーシュさんの言葉と攻撃は止まらない。
押し出されるように飛んだゴーレムの腕が再び接近してきたにも関わらず、弓を引くように右腕を後方に捻って迎え撃つ構えで待ち受ける。
「勝ち筋は貰ったぞ。我が一撃は鉄さえ砕く。ゆえに粉微塵と化せ、石材の魔物よ」
そして、その言葉は現実となった。
イーシュさんの拳と衝突したゴーレムの拳は、突風に晒された塵芥よりも容易く砕け散ってしまったのだ。
未だゴーレムの腕自体は健在だが、ゴーレムは怯んだように停止した。
それは一時的であるが実質的な勝利だった。
なのにイーシュさんの顔は昂揚など無く、相手を惜しむ無骨な眉の歪みが刻まれる。
「この損害を以て理解しろ、優先順位を間違えたのが貴様の敗因だと。防御では無く、攻撃に魔力を注いでいれば吾輩が負けていただろうに」
勝者であるのに自虐にも聞こえるイーシュさんの言葉を聞いて、セレネ将軍は感心したように頷きながら呟いた。
「――なるほど。あの脆さはゴーレムが弱点を守護する為、魔力を頭部に集中させすぎた影響ということですか。さすがアッカドを任された軍人、冷静な状況分析だ」
それは独り言だったのだろうが、結果として俺でも分かり易く理解できた。
無鉄砲な戦い方ではあったものの、複数による同時攻撃こそが正しいゴーレムの攻略法という訳である。
しかしこの糸口に辿り着いた立役者は、何よりも先に謝罪を口にした。
「あぁ、遅くなってすまない。撹乱させながらここまで来るのに手間取ってしまった」
そう語るイーシュさんの軍服はボロボロで、頬や腕に切り傷が無数にある。
酷使した拳や足なんて血だらけの重症なのに、その表情は安堵を浮かべていた。
……あぁ、コレは叶わないなと理解する。
誰かを助けられて、あんな嬉しそうに喜べるなんて俺には出来ない。
打算など無い、誰かを守れたという誇らしげな表情が目に眩しいのだ。
「しかし、お互いに随分な格好だな。……ん、おい。その双剣はなんだ。味方を突き刺すとは一体どういうつもりだ、セレネ将軍」
そう呟き、先程とは一転して鬼のような形相になるイーシュさん。
対して、俺の背後に居るセレネ将軍は含み笑いで答えた。
「集中力が切れて、ようやく目当て以外の存在に気付きましたか。まぁ怖い顔をせず安心してください。これ以上、自分は危害を加える気はありません。イーシュ殿によってゴーレムの打開策が提示された今、ここは素直に共闘する方が良い」
「なんだと?」
「自分も軍人だ、趣味より効率を選んだと言う事です」
そう言うとセレネ将軍は双剣を俺の背中からズボッと引き抜き、今度は労るように両手で傷口に触る。
「万物の喪失は宿命なれば、再生もまた摂理なり、慈悲を求めるのならば捧げよ、対価と共に与えよう。……『代償の癒やし』」
その魔法によって、裂かれた背中が痛みを伴いながら回復する。
まさか、攻撃した本人が治してくるとは思わなかった。
イーシュさんも同様だったのか、困惑した顔で口を開く。
「一体何がしたいのだ、貴様は」
「言ったばかりでしょう、一緒に戦おうと。それに夕方までに倒さなければ、貴方達の基地は壊滅してしまうでしょう。時間が無いのなら、早々に倒さなければ」
「その原因が自分にあると自覚しての発言か?」
「議論している暇はありません。ほら、ゴーレムも次を仕掛けています」
攻撃は左右からだった。
自分の頬を両手で挟むように、ゴーレムの両腕が轟音と共に向かってきている。
「ち、仕方ない。クロー。ここは一端、下に降りるぞ。おそらくゴーレムも先程のような華奢な身体で挑むまい。何より1カ所に集中させては相手の有利となるだけだ」
対処できないと判断したイーシュさんが、すぐさま飛び落ちる。
俺も倣って行動したが、それは致命的なミスだと気付く。
「――――」
狙われていた。
ゴーレムは頭上から滑降する俺達に顔を合わせ、今まで閉じていた口を開ける。
洞窟のような顎が広がると、そこからマグマのように巨大な炎が溢れ始め、顔に熱風が吹き付けられた。
「ッ、まさか魔法まで使用できるのか、ゴーレムはッ」
動揺するイーシュさんの声を聞きながら俺も理解する。
そう。
無機質であっても魔法で動く物ならば、すなわち魔物なのだ。
詠唱無しで発射される巨大な火炎弾。
まだ触れてもないのにジリジリと身を焦がす痛みが、俺とイーシュさんを襲う。
しかしほんの僅か、何かに遮られるように暑さが和らいだ。
「死なせるものか。もう吾輩の前で、仲間を奪われる真似はさせんッ」
両手を広げて俺を庇おうとするイーシュさんに、今度は俺の思考が沸騰した。
――直撃すれば目の前にいる人は確実に死ぬ。それは嫌だった。
俺なんかを守ってくれた奇跡を、再び失いたくは無かった。
だから、俺は全てを削って魔法を放つ。
「グ、ウォォォォッ」
必死に抵抗する為の叫び。それが今の俺にとっての詠唱。
迫り来る熱量に対抗するように、俺の口からも放射された火炎が産まれる。
衝突する魔法と魔法、しかし相殺するには俺の威力が足りない。
ドン、と。
爬虫類特有の腹ばいになる姿勢で無事にゴーレムの胸元付近へ着地できたが、まだ攻撃を止めるわけにはいかなかった。
だって着地の衝撃に耐えきれなかったイーシュさんが、荒い息で跪いたように留まっているのだ。
あの熱の塊がこのまま降り注げば、イーシュさんは死ぬ。故に退避は許されない。
「クロー、吾輩に構わず、お前だけでも逃げろッ」
そんな心配よりも、さっさと助かって欲しい。
という愚痴を零す余力も無く、魔力の限界が近付いてくる。
身体中を覆っていた鱗がサラサラと空気に解けて、元の素肌が露出していく。
比例するように、俺の火炎放射はゴーレムの灼熱に浸蝕された。
魔力が枯れていく。人の姿に戻っていく。勝てない。このままでは負ける。
――そんな時。
「素晴らしい魔力放出です、おかげで宝物庫の門さえ露出した」
まるで計っていたかのような、いや実際に見極めていたのだろう。
ドカン、と頭上で噴煙が上がると同時、セレネ将軍が抜剣しながら降ってきた。
しかしその着地場所は、灼熱と火炎が互いを食い合っている危険地帯だ。
自殺行為だと、誰もが思った。……だが。
「改めて言いますが、この火力程度など自分には効きません」
獰猛な笑顔で火柱を通路にして、ゴーレムの口の中へと飛び込んだ。
俺とゴーレムが容赦なく爆発や炎上を浴びせても、勢いは止まらない。
「あぁ。とうとう捕捉しましたよ、魔力の根源を」
――宝物庫の門、魔力の根源。
財宝でも発見したような声を聞いて、ようやくセレネ将軍の目的が理解できた。
「そうか、あのクリスタルは頭部の中で守られていた、ならばッ」
強烈な異音によって、イーシュさんの言葉は途切れた。
バリィン、と。
ガラスを叩き割るような破裂音が、ゴーレムの口内から伝わってくる。
途端、石像の巨人は致命傷を受けたように絶叫しながら身体を仰け反らした。
「――――」
攻撃されたゴーレムの断末魔は、波紋となって森中を震えさせた。
超音波のような振動が、まるで麻痺したように思考と動作を鈍らせる。
だが、そんな状態でも判ることはある。ゴーレムは倒されたのだ、と。
「核を破壊しました、これで戦闘終了です。自分としては少し物足りませんが、手柄を確保した以上は贅沢など言えませんね。御苦労様でした」
森中に響いた轟音も途切れ鼓膜の痺れも取れた頃、敵を討ち果たしたセレネ将軍が平然とした顔でゴーレムの口内から出てきた。
彼女の意思を示すように、竜化していた部分が崩れて元の姿に戻っていく。
まぁ、ソレは俺にも言える事だった。
原因は魔力切れだが、鱗も尻尾も綺麗サッパリと消えている。魔法のローブの効果なのか、服装に損傷がないのは大変ありがたい。
その結果にホッとしたのか、イーシュさんが優しい顔で近付いてきた。
「うむ、無事で何より。しかし失敗したとは言え、竜化の護身を扱えるとは底知れない奴だ。まぁ、それが出来ない吾輩にとっては複雑だがな」
「……俺としては反省するばかりです。結局、何の役にも立たなかった」
むしろ足手まといだろう。何しろ、今も力尽きて動けないくらいだ。
それを察してくれたイーシュさんが、自分の肩を貸して起こしてくれる。
「何を言う。お前の攻撃があったからこそ、ゴーレムは口を開いたのだ。セレネ将軍だけで戦っていたら、あの展開は起こりえなかった筈だ」
ソレを言ったら、イーシュさんの協力無くして俺は生きていなかった。
……両手の皮はボロボロに破れ、両足は朽ちた老木のように今にも折れそうだ。
俺より重症なのに、イーシュさんは疲労を見せずに誇らしそうに笑う。
「ここまで反論がないのは、吾輩の主張は肯定されたという事だろう、セレネ将軍」
「えぇ、否定はしません。認めたところで、最大の功労者が自分だという事実は覆りませんから」
澄まし顔のセレネ将軍は剣を納め、もはや用事は済んだとばかりに会話を打ち切ってゴーレムから下降を始めた。
「クロー、吾輩達もここから離れるぞ。ゴーレムの活動が停止した今、この場が保っていられるのも時間の問題だ」
イーシュさんの言葉を証明するように、足元の石床がブロック状に割れ始める。
おそらく神様の言っていた通り、石造りの番人から元の遺跡へと戻ろうとしているのだろう。
「……とはいえ、俺には歩く体力も残っていません」
「ふむ、では緊急処置だ。悪く思うなよ」
「えっ」
驚く暇も無く身体がヒョイッと浮き、次にガッシリと受け止められる感覚。
それは魔法では無く腕力の賜物、お姫様だっこである。
「は?」
「あまり口を開けるな。舌を噛むことになるぞ」
つまり抗議の封殺であった。
いや実際、文句を言う暇なくジェットコースターのような落下が始まる。
イーシュさんは最速を目指したのか、たった二回の飛び降りで神様達が居る場所に着地した。
「うぷっ」
恥ずかしさと内臓が持ち上がった気持ち悪さで、胃の中が荒れる。
が、とある視線に気付いた瞬間、吐き気が消え去るほど我に返った。
「……私が気絶している間、随分と妙な出来事があったようね」
「そ、ソフィア姫。起きたんですか」
仁王立ちのソフィア姫の背後は、軍服姿に戻った神様と居心地の悪そうなエレナさんが見守るように控えている。
「あれだけ大騒ぎしていれば目も覚めるわ。ところで、いつまで貴方達は抱き合っているのかしら?」
まっすぐ見据えてくる碧眼が、突き刺さるように痛い。
別に害など与えていないはずだ。
なのに、罪悪感が芽生えるこの気持ちは一体何というのだろう。
そんな悩みに囚われながら俺はイーシュさんから離れ、ソフィア姫に言い訳めいた説明を開始することにした。
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