【エピソード4 第27話】

 ☆ ★




「俺は……。ここは……。死んだの……か?」


 俺はなんにもない空間にいた。

 目の前には、なんにもない空間が広がっている。

 何もないというのは、本当に何もないってことだ。

 空も大地もない。地平線も壁もない。地面がないから自分が立っているかどうかもわからないし、なんなら、俺は空中に浮かんでいるのかもしれない。

 なんにもない空間に、俺はいて、目の前には金髪の女がいる。女以外はなにもない。


 ……女?


「おひさー。流空くん。いやー頑張ったわねー」


 馴れ馴れしく話しかけてくる。が、こんな女知らんぞ。


「……誰だ。あんた」


「……あれ?」


「あれ、とは?」


「……もしかして、また?」


「また、とは?」


 おうむ返しをすると、女は戸惑ったように固まって、それからため息をついた。


「あなた本当に忘れっぽいわね。私はララ。女神のララ。あなたを還元世界ブルースカイルに送った数多の世界を束ねる多元神アーエビーに仕える12女神の一人で、この第六多元世界群の監視を担当する女神よ。……これ言うの五回目だからね。で、ついでに言えば私は12女神の中でも一番の美人で優しいって評判だから。ちなみに12女神で一番陰湿で嫌な奴はアルダミス」


 初めて聞くのに、なぜか聞き覚えのあることをスラスラと並べる。

 ん。ちょっと待て。俺をブルースカイルに送った、といったな。こいつが。俺を?


「お前が諸悪の根源かー!!」


「はいはい。その反応も五回目だからね。まあいいわ。今回は許しましょ。とりあえず旅の目的は達成したわけだから」


「……そうだ! 魔神ボウル・ネデル!」


「あ、そこらへんはちゃんと記憶あるのね。オッケーオッケー」


「俺は魔神を倒せたのか!?」


「んーっと、そこらへんの説明はちょっち難しいんだけど、まあそーね。うん、倒したわ。倒した。確かにブルースカイルに魔神の存在反応は感知できない。あなたの力で倒したのよ。良かったわねー」


 ……なんで軽い感じなんだよ、この女。なんだかムカつくな。


「えっとね。それはそれで、私が出てきた件とは別なんだけど、例の書類が整ったから来たんだけど」


 なんの話だ?


「……ああ、もう! 私が今まで説明してきた話とかもしかして全部忘れてんのかしらね? そのマヌケ面はそうよね、私のことすら忘れてたもんね。はあ面倒臭い。まあ今回は出血大サービスってことで、最初から説明し直してあげるわ」


 勝手に人の表情を読み取って勝手に話を進める自称女神。


「あなたはちょっとした手違いで本当なら行くはずのなかった異世界に飛ばされてしまったの。それで私がなんとか元の世界に帰してあげるっていう手続きをとってたんだけど、時間がかかるってことで、自分で帰りのルートを確保しようってことになったのね。で、それがラーマ神殿。まあ魔王とかその魔王に封印されてた魔神とか、いろいろあっちの世界はあっちの世界で事情はあるんだけど、ともかく、それは置いといて、私の方でようやく書類がそろったから、元の世界に帰してあげられるってことになったの。だから来たの。今日は休みの予定だったのに、休日返上で。もちろん無給で。ありがとうは?」


 なんでお礼なんか言わなきゃいけねえんだ。


「……かわいくないわね。まあ、いいわ。だから、ブルースカイルではいろいろ大変だったみたいだけど、もう帰れるから。私の魔法でチョチョイのチョイって帰れますよって伝えに来たの」


「ちょ、ちょっと待って。帰れるのは嬉しいけど、ブルースカイルのみんなはどうなったんだ!? 俺、魔神と戦ってて、最後の力を振り絞って攻撃をしたところだったんだぞ」


「ええ。わかってるわ。だから、キリのいいところまで待っていたんだじゃないの。こちらの観測では魔神という存在の消滅を確認しました。さっき言ったじゃない。よかったわね。じゃ、元の世界への送還をしちゃうわよ」


「話を進めんなよ! 待てって!」


「もう、何よ。ずっと帰りたい帰りたいって言ってたでしょ。だから休日を返上してこうしてやってきたのに何? 友達とランチの予定あるんだからさっさと済ましたいんだけど」


「……いやあんたの予定なんか知らんし。てか、みんなに挨拶もなしに帰るのはちょっと嫌だんだけど。短い間だったけど一緒に旅をしてきた仲だし。それに、魔王を倒したらラーマ神殿から俺を送還してくれるって約束だったんだ。あんたが来てくれたのは嬉しいけど、どうせならフィリスたちに見送られて帰りたいんだ」


「まーたわがまま言って。あなた本当に自分勝手なことばっかり言うわね。なんなの? 私は休日を返上してまで来てあげてるのよ。いろいろご迷惑かけてすみませんでしたって頭を下げてさっさと元の世界に帰るべきじゃない?」


「いや、そんなことを言われても……」


「それなのに私の力を借りないで、ブルースカイルの魔術師の力で元の世界に帰りたいって言うの?」


「すみません。できればそうしたいです」


「……もう。わかったわよ。じゃあそうしなさい。まあ、それならそれで上司に頭下げる必要もなくなるか……。こっちのミスも帳消しになるし……」


「何をぶつぶつ言っているのですか?」


「ううん、こっちの話。あ、でも私の力で帰るのなら、元の世界で気を失った瞬間に戻れるけど、ブルースカイルの魔術で元の世界に戻るとなると、時間の経過が同期されちゃうから、10日間くらい経っちゃうわよ。その間行方不明になってた形になるけど。いい?」


「そうか。それはちょっと困るな……」


「まあ私の呪文で帰った場合はブルースカイルでの旅の記憶も全て消去されるけどね。楽しい旅の記憶を持って10日間後の世界に戻るか、何もかもをすっぱり忘れて、下半身丸出しでタンスの角に頭をぶつけた瞬間にもどるか。どっちかってことね」


「……わかりました。それなら答えはひとつです。俺はみんなと旅をした記憶をなくしたくはないです。ロクでもないことばっかだったけど。みんなの記憶を持って、帰りたいです」


「わかったわ。じゃあ。この書類は私の方で処分しておくわ」


「ありがとうございます」


「じゃあ、仲間のところに戻すわね。何か最後に聞いておきたいこととかある?」


「……えっと、じゃあとりあえず一つ。そのハンマーはなんですか?」


 にっこり笑う女神は背中から巨大な金色のハンマーを取り出していた。


「え? これ? ハンマーよ。見たことないの? 日本語で言うと鈍器」


「いやいや。名前はわかるけど! どうすんの。それで」


「ぶん殴るのよ。あなたの頭を」


「ば、バッカじゃねーの!! なんでだよ! 死ぬぞ!」


「大丈夫大丈夫。今まで一回も死んでないじゃないの」


 にこやかに巨大ハンマーを持って近づいてくる女神。


「ブルースカイルに戻りたいんでしょ。なら、うだうだ言わない。おねーさんワガママな男の子は嫌いだぞー」


「待て待て待て! なんで殴られなきゃいけないんだよって、やめれって!! おい! 来んなよ! う、うわあああ!!!」



 ガゴギンっ!!!


 という、にぶい音とともに俺の目の前は再び真っ暗になった。


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