【エピソード4 第25話】
凄まじい濃度の魔力が辺りを包む。プレッシャーに押しつぶされそうだ。
四天王の面々が首を垂れる。
「口が過ぎましたな。魔王様。申し訳ございません」
(良い。全て本当のことだ)
そういや、四天王のもう一人は何やってんだろな、とチラッと頭をよぎったが、それどころじゃない。
(さて勇者よ。よくぞここまできた。お前を元の世界に返す手助けをしてやろう)
「なんだって?」思わぬ言葉だった。
(何を不思議がっている。お前は来たくもない世界に無理やり連れてこられた、いわば被害者だ。俺はお前を哀れに思っている。帰りたいだろう。俺がその願いを叶えてやると言っているのだ。何も疑うことはない。今やこの世界で一番の魔力を持つに至った俺がお前を元の世界に戻すことなど造作もないことだ)
「本当か? そう言って騙してあっさり殺すつもりじゃねえのか?」
(ほほう。
「なんだと!?」
(それに、そこのアバリールの王女は気づいているのではないか。祭壇の間から漏れだしている魔力の意味に)
「……そうか、そういうことだったんですね」
何かに気づいたフィリス。
「魔力?いったいなんのことだ、フィリス」
「はい。神殿内に充満する魔力が変だと思いませんでしたか。確かに魔力の源である古代遺跡の内部なので、通常の流れではないのですが。そうではなかったんですね。この魔力の流れは魔王が作り出していたんです。召喚用の魔術構成ではなく送還用の魔力構成を」
「送還用? どういうことだ?」
「そのままの意味です。この魔術構成は異世界に人を送り返すためのものです」
(その通りだ。勇者よ、お前はこの世界の者ではない。無関係であり部外者だ。だから俺はお前が俺の邪魔をしない限り傷つけるつもりはない。俺がここに出向いたのはお前を元の世界に返すためだ)
「なんだって!?」
「わしらがおぬし達に接触したのは、勇者殿が危険にさらされていないか探るためじゃった。もし、共に旅する者が余計なことを吹聴して勇者殿を惑わせるようなものだったら始末するつもりでな」
「でも、意外と良い人ばっかで困っちゃったんだよねー」
「ねー。一緒にいたのは一日だけだったけど、フィっちゃんは良い子だし、敵にしておくのはおしかったよねー」
「これ。お前たち余計なことを言うでない」
ごめんなさーい、と舌を出して謝る双子。
なんだって。魔王が俺を元の世界に返す手助けをしてくれるってのか。
(無益な争いをする必要はない。勇者よ。すぐに元の世界に帰してやる。祭壇の間に来るがよい)
「俺を、返してくれるっていうなら、ありがたいけど。ここにいる俺の仲間たちはどうする気だ」
(その者達は俺と戦う気でいるのだろう。目障りな蚊が近づいてきたら、お前はどうするのだ?)
「……殺すってことか」
「魔王ゴトー! あなたの考えはガルシアさんから聞きました。異世界人に頼らないと言うのは素晴らしいと思うけれど、だからと言って戦争をしていいとは思えません」
(アバリールの王女よ。大国の姫君であるお前ならば、本当は理解しているのではないか。アルトウィア連盟の本当の姿を。一国の王女であれば、目にしてきたであろう。連盟に与する大国どもの歪んだ本音と建前、大義とその裏にある狡猾な蛇の如き奸計の数々を)
「それは……」
「フィリス。悩むことはないわ。いい、魔王さん。人が多ければそりゃ思想も政治も一枚岩とはいかないわぁ。でもね、十人十色いろんな人が混ざって世界は形成されているのぉ。そんな考え方の違う人たちが集まって、いろいろ悩みながらもより良い世界を目指すってのが大事なんじゃないのかしら。あなたみたいに武力で頭ごなしに解決しようとしても、反発が起こるのは目に見えてるじゃないの」
(竜種よ。遥かなる太古より勇者を守りし偉大なる戦士よ。お前の想いに語る言葉はない……)
「どういう意味よ!」
ぐっと喉を鳴らしクロコが姿の見えない魔王を睨むが、魔王はクロコには答えなかった。
(勇者流空よ。お前はこの世界で何を見た? 何を感じた? ……俺は分かっている。何も見ようとしなかったであろう。できるだけ関わらずに過ごそうとしただろう。お前のこの世界の住人ではない。干渉すべきではない。女神の世迷言に流されずに、元の世界に帰ることだけを考えてきた。それは素晴らしいことだ)
女神? そういえば、リティにもそんなことを言われたな。何かの比喩か。まあ今はそんなことはどうでもいい。
(お前の行動は正解だ。何も恐れることはない。元の世界に帰してやると言っているのだ。悩む必要などない。さぁ、俺の元へ来い)
そうだ。俺はこの世界を救うなんて気はさらさらなく、早く帰りたい、という一心のみで行動してきた。デルアの村だって元々は救う気もなかったし、仲間を見捨てヴォルグからも逃げ出した。俺には関係ない。関わりたくない。そう思った。後ろめたさも感じたけれど、でもそれでも生き延びて、帰りたかったんだ。
初めてフィリスに出会った時、彼女は世界を救って欲しいと言った。魔王を倒して欲しいと。俺はそれにどう答えた?
帰りたいから嫌だ、と答えた。そんな答えを返した自分自身を少し後ろめたくも感じた。
「だ、だけど……。お前はこの世界に戦乱を起こしているんだろう」
(世の中を良くしようと思えば、争いも起きる。それは仕方のないことだ。お前の世界とて同じだろう。二国間の争いに部外者が介入することで戦乱が広がっていき、やがて世界を巻き込む戦になる。そうした歴史がお前の世界でも起こっているのではないか)
確かに魔王の言うことは一理ある。俺の世界だって紛争は絶え間なく起こる。でも、俺には直接は関係なくて、だから見て見ぬ振りをしている。いや、そんなつもりすらない。まるでフィクションの世界の話のように、とても自分の世界と地続きで広がる世界とは思えない。どこか違う世界の話のようにぼんやりと見ているんだ。そうか。この世界だって同じだ。
(人の命はあまりに小さい。人の生はあまりに短い。成すべきことなせることはあまりに少ない。勇者よ。お前が成すべきことはこの世界にはない。お前は元の世界で生を全うすべきなのだ。さぁここへ来るのだ。俺はお前の望みを叶える。元の日常へ帰るには今しかないのだぞ)
帰れば、彼女が待っている。テストがあって受験が控えてて、嫌なこともたくさんあるが俺は帰りたいんだ。だってあっちの世界が俺の世界なんだから。森の中で一人で住んでいるリティのようにはなりたくない。彼女は寂しすぎる。
だけど……。ぐるりと見渡す。フィリスがいてクロコがヴォルグがいる。短いけれど、一緒に旅をしてきた仲間だ。
しんと静まる広間。皆が俺の言葉を待っている。決断しなければならない。俺は……。俺は。
「ええい! ちくしょー! もう嫌だよ!」
叫ぶ。思いっきり。
「くそ。俺だってさっさと帰りたかったけど、このロクでもねえ仲間と旅をしてきて、嫌なこともあったけど、それを見捨てて帰るなんてできねえよ! ここまで来て結局、義理人情だよ! やい魔王! 俺はてめえの手は借りねえ。フィリスの召喚術で元の世界に返してもらうって約束なんだ! だから、てめえの世話にはならねえ!」
ああ、もう言っちゃったよ。くそ。言いきっておいて心に後悔があるってんだから笑っちまう。正直わかんねえよ。帰りたいし、死にたくねえし、冷静に考えたらたった一週間かそこらしか一緒にいなかった奴らのために命をかけるなんて馬鹿馬鹿しいとしか言えないんだけど、でもこのままフィリスたちを見捨てて帰るなんてできねえよ。魔王が嘘ついてて俺を一人でおびき寄せて殺しちゃうって可能性もあるからわかんねえけど、俺が魔王の手によって帰ったら、その後には、もちろんフィリスたちを魔王は殺すんだろうし、それを思うと一人で元の世界に帰れても、一生心にモヤモヤが残るじゃん。嫌なんだよ。モヤモヤすんの。
「流空様!」
フィリスがうっすら涙を浮かべて俺を見つめる。
(愚かな。だが、人間というのは感情の生き物だ。頭では理解していても、間違った選択をする。それが人間だ。よかろう。俺はお前の意見を認めよう)
「おーおーもうヤケクソだちくしょう。仲間を見捨てて生き延びるくらいなら、仲間のために戦って死んだ方がマシだ」
(ならば揃ってくるがよい。俺は祭壇の間にいる。死ぬ準備ができたらな……)
そう言って、声は遠ざかっていった。
「流空。よく言った。てめえも男らしいところあるじゃねえか。俺も最後まで付き合うぜ。魔王をぶっ飛ばして、笑って帰ろうぜ」
「そうよぉ。あたしはダーリンのためなら海でも山でも地獄でも付き合うのよぉ」
「……流空様。辛い決断をさせてしまい、本当に申し訳御座いません」
フィリスが俯く。
「いいの! もういいの! 後には引けねえもん。これが正しい選択かどーかなんてわかんないけど、後悔はしない! 後悔しなければ全部オッケーだ」
肩を震わすフィリスを元気付けるようで、自分に言い聞かしていた。
これで後戻りはできない。死ぬかな。嫌なんだけど。はぁ。ため息が出る。いつもこうなんだよな。魔王の言う通りでフィリスたちと元の世界に戻ることを冷静に天秤にかければ、元の世界に帰る方が絶対にいいのに、そんなことバカでもわかるのに。
「ほらほら、湿っぽくなっちゃだめよ! 魔王を倒してダーリンを元の世界に帰してあげるんでしょ」
ポンポンとフィリスの肩を叩き慰めるクロコ。
「はい……」フィリスは返事をして顔を上げた。
「みなさん。ここまで付き合っていただきありがとうございます。魔王を倒して流空様を元の世界に帰して差し上げましょう」
「おう!」「ええ!いきましょ!」
互いの目を見て、うなずいた。待ってろ魔王。今から行くぞ。
「勇者殿……」
背後から声。ガルシアだ。
「魔王様は本当に勇者殿と戦うことは望んではおらんかった。『元の世界で待っている人がいる。無事に返してやるのがこの世界に生きるものの責任だ』そう言っておられた。それだけは覚えておいてくだされ」
「……ああ。わかった」
きっと、魔王ってやつと最初に出会っていたら、こんな風に対峙することもなかったのかもしれない。そんなことを思った。けど。
もう後戻りはできない!
薄暗い階段を降りる。まるで深海にいるように静かで自分の心臓の音さえ大きく聞こえる。
「ここが。祭壇の間……」
暗くて何も見えない。魔王はここにいるのか。
すると、ボッと火の灯る音がして、足元に青い炎がついた。
通路を照らすように等間隔に次々と炎はともっていき、部屋を照らす。
両端から伸びていく炎の列は部屋の中央でぐるりと円を描いて繋がった。
そして、その円の真ん中に影が見えた。
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