【エピソード4 第24話】
四対三。
数の上では有利。だが、戦いは足し算ではない。俺なんか数に入らないし。
ヴォルグとクロコがガルシアに一度に襲いかかった。
ヴォルグが鋭い爪でなぐりかかり、クロコは大剣をぶん回す。
しかし、ガルシアはその体に分厚い鎧を纏っているとは思えないほど身軽に宙に舞い、ヴォルグの攻撃を避け、斬りかかるクロコの斬撃を手に持つ長い槍で器用に弾く。弾かれた槍をその反動のままヴォルグに突きたてようと身を翻すが、ヴォルグも素早さでは負けていない。軽く跳ね槍を交わすとアッパーとフックの中間のような軌道の拳を繰り出す。
俺も負けてられない! とその戦いに参戦しようと思うのだが、動きが素早すぎて、飛び込めん。あれだ。大縄跳びで中々入れない人みたい。飛び込むタイミングがない。ええい、ならば、あのずんぐりむっくり爺さんはあの二人に任せてこっちの双子バカを相手にしてやる。と、二人にめがけて突進するが、双子のルリルナは同時に左右に飛び、俺の攻撃を簡単にかわす。
「流空さん、ルナさんの方をお願いしますっ!」
背後から声。そして双子の片方(正直どっちがルナでどっちがルナかわからん)に向けて魔術の火球を放るフィリス。
「よっしゃ! 任せろ!」
勢いよく双子の片割れをめがけて剣を振るうが、半身になるだけの最低限の動きでかわされ、がら空きになった脇腹へ赤い宝玉のついた大杖からの衝撃波を叩き込まれる。
「おうわっ」
必死に逆方向に飛び、衝撃を減らそうとするも、反応が遅く『く』の字になって吹き飛ばされる。
「くそ……。イッテェ」
顔をしかめて立ち上がる。だけど、あの野郎。手加減しやがったな?
「大丈夫? 殺さないように手加減するのも大変なんだから、あんまりバカみたいに飛び込んでこないでよ」
ふうっと息を吐いてルナが言う。ちくしょう。バカにしやがって。
「はぁ……、タァ!!」
そのくるくるツインテールの背後からぬっと現れたクロコが横薙ぎに大剣を振るった。
「キャッ!」
小さく悲鳴をあげてしゃがんで避けたルナはすぐさま大杖をクロコに向ける。
「危ないじゃないの!! くらえ!」
こぶし大の大きさの光の球がクロコに襲いかかる。
「くっ!」剣を返して、光弾を弾き返したクロコは後方に飛んだ。
その背後からもう一人の双子、ルリが青い大杖をまばゆく光らせて殴りかかる。クロコの着地に合わせての攻撃だ。双子の息のあったコンビネーション。
しかし滑り込むようにして現れたヴォルグが両手をクロスしてその魔力を込めた杖の打撃を受け止めた。
「どぉりゃ!!」
交差させた腕を勢いよく振り払いルリを吹き飛ばす。
「こいつは、貸しにしとくぜ」
「あら、さっき助けてあげてのは誰だっけぇ?」
「ふん、ならこれで借りは返したな」
「そうね。おあいこってやつねぇ」
「……ならば仲良くあの世へ行けぃ!!」
頭上から鎧のガルシアが槍を突き刺そうと飛びかかってくる。
あの双子に負けぬコンビネーションを見せて左右に散った二人は、また先ほどのようにガルシアと曲芸のような斬り合いを始める。
「援護は任せて!」
フィリスも背後からビシバシ火の玉を打ち、二人を援護するが、双子も負けじと光弾を放ち、応戦する。
……そんな激しい集団戦を蚊帳の外な感じで眺める。
おいおい、俺、全然役に立ってねえじゃんか。
凄まじい、凄まじすぎる技と技のぶつかり合いを前に、なすすべなく立ち尽くす。
なんだか自信がなくなっちゃったよ。昨日は自分よりでかい魔獣を倒したってのに、こいつらには全然敵わないや。動きは素早いし、ブンブン武器を振り回すし、それに敵は本当に俺を殺す気はないらしく、意識的に俺には攻撃を仕掛けてこないから、やることないし。
「でや!!」「なんの!」「まだまだ!」
「あまい!」「はぁ!!」「見え見えよ!」
……なんだろうこの疎外感。ドッヂボールで一番最初に当てられて外野に来た時よりなんか疎外感感じるぞ。
「猛襲爪!」「牙風剣!」
「
「
うわあ。だんだん必殺技大会みたいになってるし。
「これで、決まりです!
「グハァアア!!」
おっ。状況が動いた。ヴォルグの猛攻に耐え切れずガードを弾かれたガルシアの土手っ腹にフィリスの魔術が炸裂する。
鉄厚の鎧がえぐれるほどの威力を受け、ガルシアは吹き飛んだ。
「衝・跳・返・斬っ!!」
こっちもだ!
双子が同時に放った炎と氷の巨大な弾丸が、地面に大剣を突きつけたクロコの周りにできた光の壁にはじき返され、それぞれ反対の双子に直撃した。
吹き飛ばされて倒れる双子。
「くっ……やるわね」
「くっ……負けたわ」
なんとか身を起こす双子だが、立ち上がるまでの力は残っていないようだった。
膝をつくのが精一杯で苦痛の表情を浮かべている。
「なかなか、久しぶりにいい戦いができたわ」
肩で息をしながらもクロコは満足そうだ。
「はぁ……はぁ……私たちの勝ちですね」
フィリスもかなり魔力を消費したようだ。疲れが顔に出ている。
無傷なものはいない……俺だって脇腹を大杖でぶん殴られた痛みは残っている。
「お前たちの強さはわかった。だが、やはり三人の力だけでは魔王様には太刀打ちできんじゃろう」
「そうね。勇者が全然役に立ってなかったもの」
「そうね。役立たずね」
「う、うるせえ!」
なんで勝った相手に文句を言われなきゃいけないんだ。
「あーあ。四人で戦えば絶対負けなかったのに!」
「リザードラムの馬鹿、何やってんのよ」
「ふぉっふぉっふぉ。奴は奴で考えがあるのだろう。奴こそが一番魔王様のことを案じておられるからな。しかしながら勇者殿。おぬしにはまだ心に迷いがある。その迷いがある限り、本当の力を発揮することはできぬぞ」
「うるせえ。それより、さっきの話をしやがれ。なんで魔王は俺にこの神殿まで来て欲しかったんだ」
「いいじゃろう、勇者殿だけに言うつもりであったが、おぬしたちにも話そう。わしらは敗北者だからな」
よっこらせ、と身を起こし、座り込むガルシア。
「魔王様は勇者が召喚されることは事前に予測しておられた。浅はかなアルトウィア連盟はこの世の理に反し異世界への門を開くと踏んでいたのじゃ」
「魔群合衆はそれを阻止しようと部隊をおくりこんだんだけど、結局仕留めきれなかったってこと」
「んで、フィっちゃんが異世界から勇者を呼び出してしまった。魔王様が一番危惧していたことが起こってしまったってわけぇ」
「ふん。魔王といえど、異世界の勇者が怖かったってか」
「違うわよバカ犬」
「な、てめえ。俺は狼だ。犬じゃねえ」
「同じでしょ」「同じよね」ヴォルグが牙をむくがさらりと流して双子は続ける。
「魔王様は勇者の身を案じていたの。だってそうでしょ。自分の意思とは無関係に見たこともない世界に呼び出されて、戦えと言われるんですもの」
「どういうことだ? 魔王が俺のことを心配してくれてたって?」
よくわからない。フィリスの方を見る。彼女も話のややこしさに首を傾げていた。が、思い直したようにかぶりを振って口を開いた。
「デタラメに決まってます! 魔王が世界を戦乱に陥れているからこそ、アルトウィア連盟は異世界から勇者様を召喚したのです!」
「それが傲慢と言ってるのよ!」
リナが叫び返すと、ルナが言葉を続ける。
「いつもそう。なぜ自分たちで解決しないの? この世界のことはこの世界で解決しなければならないとなぜ思わないの? 何かが起きたらすぐ勇者を召喚。莫大な魔力を使って異世界人に迷惑をかけて」
「そ、それは……」フィリスが言葉を濁す。そう、それは昨晩にフィリスも言っていたことだった。
「ふん、お嬢ちゃん。こいつらの言葉なんか聞く必要はねえぜ。どーせ負けた腹いせにあることないことを言って俺たちを惑わそうとしてるだけだ」
「本当、犬はバカだから嫌ね」「ホントね。」
「てめえら……」
「魔王様はこの世界の未来のために決断を下した。異世界人を召喚する事の出来る遺跡を全て破壊する、とな。それが魔王様の真の目的じゃ」
「なんですってぇ! 貴重な遺跡を!?」
一番驚いたのはクロコだった。
「争いの度に無関係な異世界人が巻き込まれることを魔王様は嘆いておられた。自分たちの世界のことは自分たちで解決する。そのためには遺跡を破壊するのが一番だ、と考えられたのじゃ」
「ひどいわ。あたし達にとって古代遺跡はとても大切なものなの。それを破壊するなんてゆるせない!」
憤るクロコの横でフィリスがつぶやく。
「……ですが、召喚の儀が行われなくなれば、流空様のように無理やり召喚される方もいなくなる。誰にも迷惑はかからない……」
「そうよ。魔王様だって初めから武力行使を行おうとしたわけじゃないのよ。話し合いを何度もアルトウィア連盟に持ちかけた」
「そう。でもアルトウィア連盟は頑なに魔王様の提案を受け入れなかった。それどころか、魔王様を世界の秩序を乱す者として暗殺しようとした」
「魔王様は嘆いておられたよ。この世界はいつまでよその世界の人に迷惑をかけるのか、とな」
フィリスの表情が暗くなる。思うところがあるのだろう。
「大国はいつだってそうじゃ。異世界から召喚した勇者を甘い言葉で誘惑し、魔王討伐という名目の暗殺に駆り立て使い潰す。そうではないか? アバリール王国の姫よ」
「……過去に召喚された勇者たちの半数以上は元の世界に帰ることなく、この地でその生涯を終えています」
「で、でも。みんながみんなが帰りたがっていたわけでもないじゃない。あたし達クロコディランは心から勇者様をもてなすし、喜んでこの地で暮らしてくださる方も多いのよぉ」
「でもさー。望んでこの地に召喚される人はいないはずじゃなーい?」
「うんうん。突然目の前が真っ白になったと思ったら、この世界にいた。っていう伝承が多いじゃん」
「で、ですが。魔王の理想はともあれ、魔群合衆の悪行は許すことができません! 罪のない村に火を放ち略奪の限りを尽くしているではないですか」
「それは……そのとおりじゃな」
「反論できないわね」
「できないわねー」
「なんだなんだ、さっきまでの勢いがねぇじゃねーか、俺のことを犬呼ばわりしやがって!食っちまうぞ!」
「きゃ、野蛮」
「野蛮犬!野蛮犬だわ。あ、語呂がいい感じ。野蛮犬、野蛮犬」
「連呼すんな! ああもうてめえらと喋ってると調子が狂うぜ」
「そもそも魔群合衆は魔王様が結成したものではない。アルトウィア連盟は魔群合衆を正式な組織と認めていないが、それは当たり前のことでな。なにせ魔王様でさえ組織と認めておらんからな」
「魔王様の力を恐れ、ご機嫌を伺うために集まったヘタレ集団が魔群合衆なのー。だっさいよね。龍の威を借るトカゲってやつよ」
「戦っても敵わないのがわかってるから媚びへつらってるってわーけ。そして中には隙さえあれば寝首を掻こうとしてる奴らだっているのよ。最悪じゃん」
「あ、私たちは違うよー。元々魔王様に支えてたんだから。だから、魔群合衆って名前だって私たちの魔群四天王から取って勝手に名乗ってるだけなんだもんね。いー迷惑よねー」
「つまり、お話を整理すると、魔王と魔群合衆の間には正式な関係性はないってことですか?」
「そー。元々ずっとこの世界では同盟軍と連合軍とに分かれて戦争してたじゃない。互いに異世界から勇者を召喚しての代理戦争。あれに嫌気がさしたあるお方が魔王を名乗り両軍に反旗を翻したの。戦争を終わらせるために。私たちはその頃からの仲間。で、魔王様のあまりの力に恐れをなして、国も仲間も見捨てて降伏した両軍の意気地なしどもが勝手に魔群合衆を名乗って魔王様の援助をするって言い始めたのよ」
「魔王様は魔群合衆なんて味方と思ってないわ。だから、近くには寄せ付けないし、協力も要請しない。魔王様が戦いに出るときは基本的に私たちとだけ。だから、神殿外部も内部も楽に入ってこれたでしょー。魔王様をお守りするとか言ってるけど、口ばっかなのよ。だから正直に言うと、あなたたちにはもっと暴れてほしかったわ」
「ねー。皆殺しにしてもいいのにあんな奴ら」
「……これが魔群合衆の真実じゃ。さて、魔王様の思想を聞いておぬしらはどう思う?」
ガルシアがフィリスに問う。
「……正直、わかりません。あなた方の言ってることが真実かどうかも今の段階では信じられません。ただ、もし魔王がこの世界のためを思って行動しているとしても、古代遺跡を破壊することには反対です。召喚の儀を行うことを禁止するという考えには私も思うところはありますが、遺跡から得られる魔力は質も量も魔法石や世界樹から得られるものよりもはるかに良い。それを破壊することはこの世界の魔力の均衡を崩すことになります。魔力を巡って新たな争いが起きます」
「そうよ! それに古代遺跡は魔力の源ってだけじゃない。信仰上とっても重要な施設よぉ!それを破壊するなんて、あたしには絶対に許せない!」
クロコが身を乗り出して否定する。異世界からやってくる勇者を信奉するクロコディランにとって古代遺跡はとても重要な意味を持つ場所なのだろう。
「爺さんの話が本当で、魔群合衆と魔王が無関係だというなら、俺は魔王に関してはどうでもいい。俺が潰してえのは我が物顔で略奪を繰り返す魔群合衆だ。世界がどうとか、俺には荷が重すぎる。古代遺跡についても、よくわからん。だが、仲間が戦うってんなら全力で戦う。仲間を見捨てたりはしねえ。それが
「異世界からの客人に聞くのも、どうかとは思うが、おぬしはどう思う?」
「……俺もフィリスと似たようなもんで。わからないっていうのが本音だよ。こんな世界に突然拉致られてやっぱり迷惑だし。だから、魔王が言うように自分の世界は自分たちで守るってのは実践して欲しいとこだけど……」
そこまで言ってクロコをみる。悲しそうな寂しそうな顔をしている。あまり見たことのない顔だ。いつも笑って本気か冗談かわからないクロコが遺跡を破壊するという魔王の目的を聞いて、心を痛めている。
「その古代遺跡を大事に思ってる人がいるんだから、もっと違う解決策があるんじゃないかって、そう思うよ」
「……そうか。あいわかった。どちらにせよ、わしらはおぬしらに負けた身じゃ。おぬしらがどういう行動を取ろうがなんにも言えん。だが、魔王様は魔力を増幅させるためにその身に魔神を封印してしておる。魔王様は自らの力でその魔神を支配下においているが、それでも全世界を相手にするに足る力を持っておる。悪いことは言わん。魔王様には逆らわず……」
ガルシアの言葉を遮るように突然、部屋を明るくしていた魔術文字が不気味に明滅した。
「なんだ、どうした!?」
「魔力の、凄まじい魔力の干渉ですっ!」
フィリスの言葉とほぼ同時に、あたりの空気が異様な重さを持ち始めた。
(歳を重ねるとお喋りになるのか。ガルシア)
空気が震えて声が聞こえた。直接耳に聞こえたわけではない。いつかフィリスが俺に送ったテレパシーのような脳に直接、思考を送りつけられるような感覚だった。
聞いているだけで震えあがりそうになるほどの悪寒を伴う声。名乗られなくてもわかる。
これが魔王だ。魔王の思念だ。
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