【エピソード4 第22話】

 薄暗い通路。敵はいない。初っ端から連戦ではないことに、ひとまず安心する。


「神殿内は迷路のように入り組んでいるようです。気をつけて進みましょう」


 ようやく縄を解いてもらい、自分の足で地に立つ。

 フィリスの言葉通り、薄暗い通路が右に左に折れ曲がる迷路のような内部だったが、歩くと歩幅に合わせて周りの壁が光りを放った。


「うわ、なにこれ?」


 壁面にはびっしりと象形文字のような古代文字が刻み込まれていて、その文字自体がぼんやりとオレンジの光を放ち、通路を照らしていた。


「魔術文字です」 


 それだけ言ってフィリスは進んで行く。


「いや、説明してくれないのかよ」


「えー、だっていつも説明しても上の空じゃないですかー」


 まぁそうだけど、意外と気にしていたんだ。


「文字に魔術を刻み込む古魔術ですね。今使える人はそうそういないんじゃないですかね。それより『祭壇の間』は最深部です。慎重に進みましょう」


「さささっと済ませたな……。まあいいけど。敵にあわないで進みたいな」


「あたしはこういうまどろっこしいの大っ嫌いなのよぉ。バーっと暴れる方が性に合ってるわ」


 クロコがイヤイヤをして嘆いた瞬間、角を曲がって兵士が現れた。


「なっ、なんだ!お前ら……!?」


 突然の鉢合わせに驚き固まる相手兵士。


「うわ、やべえ敵だ!」


 俺も同じくびっくりして硬直してしまった。その脇をさっと躍り出る影。


「うおりゃ!」


 素早く駈け、兵士を殴り飛ばしたのはヴォルグだった。

 悲鳴をあげる間も無く、壁まで吹っ飛び意識を失う敵の兵士。


「……っくりしたぁ。反応いいなヴォルグ」素直に感心の言葉が出る。


「すみません、私も油断していました。通路が入り組んでて敵がどこにいるのかわかりにくいのが困りますね」


 フィリスが細い顎に手を当てて唸ると、けろっとした表情でヴォルグが言った。


「臭いで近づいているかどうかすぐわかったぞ?」


「え、本当に?」


「お前たちよりも鼻はいい。なにせ狼男ウルフィアンだからな」


 そうか、鼻がきくのか。人間じゃないんだもんな。


「この遺跡には昔、忍び込んだことがある。たいしたお宝があったわけでもないから、あまり印象には残っていないが、最深部までの道は大体覚えているぜ」


 ニヤリと笑ってヴォルグが言う。


「なんでそれを昨日の作戦会議で言わないのよぉ~」


「言わなかったか?」


「聞いてねえよ!」


「じゃあヴォルグさんに道案内をお願いしてもいいですか?」


「おう。もとよりそのつもりだったぜ」


「よかったです。神殿外部の見取り図はあるんですが、内部に関しては図面がなかったんですよ」


「なあフィリス。じゃあ、どうやって最深部まで行くつもりだったんだ?」


「行けばなんとかなると思ってました」


 てへっと笑ってフィリスが答える。


「あのな、おまえ、そーゆーところだぞ! 肝心なところが抜けてるんだよ!」


「まーまー、結果なんとかなったじゃないですか。ささ、ヴォルグさん。まいりましょう」


 鼻歌交じりのフィリス。ったくご都合主義なんだから。若干の怒りが湧くが、深呼吸してなんとか抑える。文句を言ってもどうせ変わらないし。


「だが、何度きても辛気くせえところだ」


 ぐるりとあたりを見渡すヴォルグ。


「迷路みたいな通路は攻めるにしても守るにしても戦略が組みにくい。元々が神聖な神殿であり、戦場にしたくないという思いからこのような形になったようだがな」


「でも、その願いも既に過去の戦争によって破られてしまっているのよねぇ」


「いつの世も争いは絶えぬものだからな。さぁ、こんなところでだべっていてもまた敵がくる。先に進もう」


 ヴォルグのいう通り。ここからが本番だ。敵が下からわんさか出てくるかもしれない。この五日間で鍛えた俺の光の剣の出番が来るかもしれない。……けど、嫌だな。戦いたくねえな。楽に帰りてえな。


「ちょっと流空様、お気持ちが言葉に出てます……。ただ、敵も無闇な迎撃に向かうよりも、部屋で待ち構えた方が戦いやすいので、通路に敵はあまりいないと思います」


「ってことは。各階の中ボスを撃破しながら最下層の祭壇の間に進むってことか。RPGらしくなってきたな」


 ちょうど四人パーティだし、古き良きロールプレイングゲームのようだ。

 違うのは勇者が最後尾でビクビクしながら歩いていることだが。


 ヴォルグの鼻を頼りに神殿を進む。テーマパークによくある巨大迷路みたいで、すぐに自分がどこから来たのかわからなくなる。こりゃ、下に進むのも大変だけど上に戻るのも大変だな。


「何を言ってるんですか。流空様はもう上に登ることはないでしょう?」


「あ……」そうだ。俺は最深部にたどり着いたら元の世界に戻るんだった。そっか。ということはもうこの世界の空も大地も目にすることはないんだな。もう少し神殿に入る前に目に焼き付けておけばよかった。


「む、静かに……っ!」


 ヴォルグが俺たちを制する。


「臭うぞ。二人、いや三人だ。見回りの兵だろう。角の先にいる」


 ヴォルグが鼻を鳴らして言った。皆が身構える。


「通路にもいるじゃねえか」


「そりゃ多少はいますよっ」


 ムッとした顔のフィリス。


「ちょうど下層に向かう階段の前だな。一気にカタをつけるぞ」


「流空様はここで待っていてください。私たちで始末してきます」


「いや、俺も行く。俺だって戦える」


「ほう、男らしくなったな」


「五日間、ヴォルグには絞られたしな。修行の成果を見せるよ」


 意識を集中して光の剣を出す。右手に握る光の剣は思い描いたイメージ通りの刀身。いける。


「よし、じゃあ、俺が囮になって敵の目をひくから、その隙をついて流空、クロコで頼む。魔術は魔王に感知されるかもしれないから控えよう。フィリスはサポートだ。体術もいけるだろ?」


 ヴォルグが簡単な指示を出す。

 足音を立てないように曲がり角まで忍び寄る。


 ヴォルグが息を潜めて、俺たちに目配せすると、その自慢の脚力で一気に躍り出た。


 敵が入り込んでいるとは夢にも思っていなかったのだろう、驚いた表情で固まる魔群合衆の兵が三人。ヴォルグの予想通りだ。

 駆け抜けるように回り込むヴォルグ。敵が慌ててヴォルグに向き直り身構えた瞬間。


「おりゃ!!」俺とクロコが通路に飛び出た。

 無防備になった兵士の横っ腹にそれぞれ斬撃を打ち込む。


 思わぬ伏兵に仲間をやられ、残された兵が一瞬パニックになった隙に、ヴォルグがその鋭い爪で振り下ろした。


「……ふう。よかった」


 額の汗を拭う。敵は倒れて動かない。気絶したようだ。我ながら、なかなかうまくやれたじゃないか。


「よくやった。だが、もう少し落ち着いて踏み込め。体が泳いでたぞ」


 しかし、やっぱり鬼教官は手放しでは褒めない。


「でも、ダーリンも本当に戦いに慣れたわよねぇ。このまま帰すのが惜しいわぁ。やっぱりあたしと子供作らない?」


「なんでそうなるんだよ!」


 こんな時だってのに、クロコは相変わらずだ。しっしと適当にあしらって次の階に進んだ。



「……向こうの小部屋にかなり強そうな奴がいるが、下層に向かう階段とは逆の方向だ。無視して進もう」


 ヴォルグの鼻を頼りに神殿を潜っていく。

 連戦になることを覚悟していたが、ヴォルグが嗅覚を生かし的確に敵の場所を言い当て、避けながら進んでいたので、上層階で戦った三人の兵を最後に俺たちは敵に鉢合わせすることもなく、ずんずん神殿を進んでいた。


「これで、何階まで来たんだ?」


「……えっと、この階段を降りれば二階ですね。このフロアを抜ければ、もう次は祭壇の間です。順調です」


「ヴォルグのおかげですんなり進んでこれたわねぇ」


「あたぼうよ。俺たちゃ山賊団だぜ。戦わずにして勝つ。これが一番なのさ。……むっ、そこを右だ」


 指示通りに進んで行く。このまま敵に合わずに祭壇の間につけたらいいんだけどな。


「待て。……ひどい臭いだ。ここからでもわかる。ふん、舐めやがって、殺気をまるで隠してないな」


 クンクンと鼻を鳴らしてヴォルグが唸る。


「魔力の濃度も一気に上がりました。この先の部屋ですね」


「なかなかの手練れがいるわねぇ。ここからでもビリビリきちゃうわぁ」


 なんかみんなが一様に何かしらの気配を感じている。俺は何も感じないんだけどね。


「……なら、避けて進もうよ」


「いや。今度ばかりはそうはいかねえな。階段があるのはその部屋だ」


「マジか」


「何人かいやがるな。臭いが混ざっている」


「かなりの強敵ですね。魔術の出し惜しみは無しで行きます」


「せっかく気合いを入れてきたのに暴れ足りなくてウズウズしていたところよぉ。派手に暴れましょ」


 やる気十分な皆さまがた。緊張してきたぞ。最終決戦前の中ボスってところだろう。気合いを入れねば。


「よし。行くぞ」


 通路を抜けて、広間に入った。

 すると、そこに待ち受けていたのは、意外な者たちだった。

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