【エピソード4 第20話】

「これを見てください。ラーマ神殿の全体図です」


 リュックから大きな巻紙を取り出し広げるフィリス。そこには遺跡の全体図が描かれていた。


「あのさ、ここ五日間で疑問に思ったことがあるんだけど、この際、聞いていい?」


「なんですか?」


 話の腰を折るようで申し訳ないのだが、聞いておきたかった。


「フィリスの持ってるリュックあるじゃん。それ、そんなに大きくないのに、なんで調理器具やらその馬鹿でかい巻紙とかが入ってんの?」


 少女の傍に置かれたリュックを指差す。旅をしてきたのだからリュックくらいは背負っていて当たり前なのだが、それが日帰りでピクニックにでも行くかのようなサイズなのだ。


「ああ。これですか。鞄の中に空間錬成魔術をかけているんです。山小屋一つ分くらいの容量が圧縮されていますから、いろいろ入ります。便利でしょ」


 ポンポンとリュックをたたいて自慢げな顔になるフィリス。


「まるで四次元ポケットみたいだ……」


「でも、この魔術の構成は複雑ですし、鞄自体も高価ですので、魔術士でないと使えないというデメリットはありますが」


「なんだ。記念にもらって帰ろうとしたのに」


「あげませんよ! 高価だって言ったじゃないですか!」


「お前王女なんだろ? いいじゃん。金はいくらでもあるだろー!」


「アバリールは財政難なんです! だからこうやって魔王を討伐することで連盟から報奨金をもらいたくて頑張ってるんです!」


「金か! 結局金か!」


「……おい、おまえさんら。話を進めてもらってもいいか」


「あ、ヴォルグさん。すみません。では始めたいと思います」


 ごほん、と咳を一つしてフィリスは説明を始めた。


「これがラーマ神殿は還元前6000年より前に神人によって建設された神殿です」


 視線を紙上に落とす。

 正方形の広場の真ん中にピラミッドのような三角錐の建物が描かれている。

 これが目指す古代遺跡か。


「幾たびもの戦火に晒され、外壁は派がれてしまっていますが、元は黄金に輝く金字塔であったようです。しかし、今でも神殿の奥から溢れ出る粒子は衰えておらず、他に類を見ないほどの魔力濃度です。それが、この大神殿が世界でも数少ない召喚の儀を行うことのできる場所であることの証明になっています。ご覧の通り三角錐の珍しい形の建築物ですが、入り口は頂上付近に一つあるだけで、その他に入り口はありません」


「いつみても変な形ねぇ」


 クロコが唸った。


「遺跡の周囲は見晴らしの良い広場になっています。昔は神人の集落があったのでしょうが風化してしまい、いまはだだっ広い原っぱになっているようです。魔群合衆はそこに陣を構えているでしょう」


「となると、まずはそいつらを片付けねえとな。ふん、魔群合衆の寄せ集めの兵士どもなど、蹴散らしてやる」


 ヴォルグは暴れる気満々でいるけれど、できれば体力を温存したい。なんたって中には魔王がいるのだから。


「敵に気づかれないように遺跡に入り込むことはできないのかな」


「おい、流空。お前がそんな弱気でどうする。いいか、魔群合衆なんて響きは凄そうだが、恐ろしいのは魔王だけ。あとは魔王の力にぶら下がって、おこぼれに預かろうとする意地汚ねえ連中の吹き溜まりだ。俺らとまともに戦える奴なんていねえよ」


「そうなの?」フィリスに聞く。そう言えば、敵についても俺はあまり詳しく知らない。何せ帰りたい一心で行動してきたから。もう少し真面目にこの世界のことを勉強した方が良かったかな。いや、でも、もともとすぐ帰るつもりだったのだし、仕方ないよな。


「ヴォルグさんの言葉もあながち間違いではありません。もともと魔群合衆は旧同盟軍とスメイズ連合から謀反した者が結成した小さな反乱軍です。構成する兵の種族も思想もバラバラですし魔王がいなければきっとすぐに空中分解してしまうような危うい組織なのです」


 俺はこの数日でわからない単語についてはスルーするということを覚えていた。いちいち聞いていては話が進まないし、俺自身あまり賢くないので聞いても覚えられなかったするし。ということで、ちらほら出てきた神人という聞きなれない言葉や、スメイズ連合やらについては触れなかった。

 触れなくたって、なんとなくわかる。


「……つまり、魔群合衆は魔王のカリスマ性で軍の体裁を維持しているってこと?」


「と、いうよりも魔王を味方に引き込みたい連中がゴマをすっているというのが実情です。魔王ゴトーは恐るべき力を持っていますが、戦争の果てに何を求めているのかがわかりません。そして、魔群合衆はその魔王自身が前線に立たねば、戦線を維持することもできないような戦力しか保有していないのです」


「魔王以外はたいしたことがないってことか」


「はい。正直に言うとそうなんです。しかも攻め方に計画性がありません。魔群合衆の戦力でアルトウィア連盟を本気で相手にするなら、戦線は拡大させずに一気に主要な都市に攻め込むべきなのですが、そうはしません。まあ我々もいつ魔王が攻めてきてもいいように首都には強力な結界を貼ってはいますが、それにしても魔群合衆の戦略は稚拙という他ありません。……ですが、そんな魔群合衆に世界三大国家で結成したアルトウィア連盟は敗戦を重ねているのです」


 そうか。そうだった。だから俺を召喚したんだ。異世界から勇者を召喚しないと対抗できないような相手。それが魔王なんだ。


「要するにね、魔王はほぼ一人で戦っているってことなのよぉ。味方といっても頼りない連中だし、魔王は自ら戦場のど真ん中に切り込んで行っちゃうしねぇ。もしかしたら、強い相手と戦いたいだけなのかもね。こまったさんよねぇ」


「前線に立つ魔王か……恐ろしいな」


「というわけで。ヴォルグさんのおっしゃる通りで、敵の数は多いかもしれませんが戦力としては大したことがないと思います。ただ個の力は弱くても大群で来られると厄介です。ですから、見張りの隙をつき一点突破で内部に駆け込む方法でいきたいと思います。いかがでしょうか」


「ふふふ。確かに必要以上の戦いはしないのが得策ね。でも、騒ぎを聞きつければ兵は集まるわよぉ。どうにか神殿内部に入れたとしても、中で挟み撃ちになるわよぉん」


「それはそうですが、あまり時間はかけられません」


「ふふふ。ねえフィリス。こういう時は焦らず、もう少し頭を使っていきましょ」


「なにか策でもあるのか?」


 ヴォルグが聞くと人差し指を立ててクロコは含み笑いで頷いた。なにか策があるようだ。


「聞かせてください!」


 フィリスが身を乗り出すと、クロコはにやりと笑って口を開いた。




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