【エピソード4 第19話】

「クロコが手伝ってくれたから、思ったより早く食事の準備ができてよかった。さあ、流空にとってはブルースカイル最後の夜だ! 豪勢に行こうじゃねえか」


 平坦な地面の上に布を引いて料理を並べる。

 嗅いだことがないけれど食欲をそそる匂い。並べられた肉に野菜に色とりどりの果実。


「肉以外のものって、全部ヴォルグが採ってきたもの?」


「そうだ。森は食料の宝庫だからな。村からわざわざ食い物を持っていくとお嬢ちゃんが言った時は驚いたぜ。無駄に荷物を増やすのか、ってな」


「むむ。ヴォルグさん。あなたたち獣人と違って我々人間の胃は繊細なんですぅ。それに勇者様に現地調達で食事を取らせるなんて失礼で出来ません!」


 もうすっかりいつも通りの表情になったフィリスが頬を膨らませている。


「はっはっは。お嬢ちゃんはすぐに勇者様勇者様だな。わかったからそう噛付くな。お嬢ちゃんが熱くなってる間に料理が冷めちまう」


 ヴォルグがプンスカ怒るフィリスを遮って皆のコップに琥珀色の液体を注ぐ。


「では、明日の勝利を信じて。乾杯といこうじゃねえか」


 ヴォルグの言葉にクロコは楽しげにフィリスは渋々といった感じで杯をあげる。


「おら、流空。どうした、お前のための宴会だ。乾杯の音頭は任せるぜ」


 突然、振られても困るけど、でもみんなが俺を見ているもんだから、何か言わなきゃな、と立ち上がる。


「えっと。五日間という日数で見れば長くはない旅だったけど、すげー長く感じました。でも、みんなと出会えてよかったです」


 ありきたりな言葉になったけど、嘘はない。


「……じゃ、乾杯」


 杯を突き出すと皆も続いて杯を掲げる。


「さあ、バリバリ食ってくれ。ベズルベアのジャンガー焼きにロレント草のスープ。サレイチャサラダだ。締めにマムもあるからな!」


 料理名やら素材やらは、なんだか全然わからないけど、並べられた料理は抜群に美味かった。スープも肉もサラダも。こんなにうまいものが食えるなら、この世界にもう少しいてもいいかな、と思うくらいに。



「……ふう。食った食った。これで思い残すことはねぇな」


 膨れ上がったお腹をさすって寝転がるヴォルグ。


「美味しかったよ。ヴォルグ。後片付けはやるから休んでて」


「おう。すまないな。自分で言うのもなんだが、最高の晩飯になった。異世界人なんてどんな奴かと思っていたが、意外といいやつで安心したよ。明日は頑張ろうぜ」


 ヴォルグはげっぷ交じりに親指を立ててニヤリと笑った。



「……あら、ダーリンが後片付け? なら私も手伝うわぁん」


 俺が片付けをしているとクロコがでかい胸を揺らして身を寄せてきた。いつもならぞんざいに扱うけど、幸福な満腹感からか、自然な感じで受け入れることができた。

 片付けと言っても料理を盛り付けていたのは厚手の葉っぱだし、食べ残しもないから調理器具をフィリスのリュックにしまうくらいだが、クロコは鼻歌交じりに手伝ってくれる。


「クロコはいつも楽しそうだな」


「うふ。そりゃ大好きなダーリンと一緒なんだから何をしても楽しいわぁ」


 黄色い瞳でウインク一つ。

 艶かしくもあるが気色悪くもあり、若干距離をとると「もう! 別に取って食おうってわけじゃないわよん」とクロコは身をよじった。


「なんにせよ。何をやっても楽しいっていいことだけどな」


「そうね。あたしは今が一番楽しい。だって、憧れの勇者様とこうして旅ができるんだもの」


「憧れ?」


「ええ。言ったでしょ。クロコディラン一族は勇者様のお供をする。それは遥か昔、クロコディランがまだ竜種と呼ばれていたことからの古い決まり事なの」


「竜種……」


「ええ。あたしたちの一族に伝わる伝説では、異世界からいらっしゃった勇者様を一番最初にその背に乗せて大空を飛んだのが竜種と呼ばれる一族。あたしたちのご先祖様ね。勇者様のお供をしたのは巨大な龍だったそうよ。嵐の海を渡れるほどの強い翼と、鋼鉄の鱗を持った最強の龍。でも、その強大さを恐れた古代の魔王によって、恐ろしい呪いがかけられた。その呪いのせいで竜種は絶滅の危機にひんしたの」


「昔も魔王っていたんだ」


「そうね。この世界には何十年か、何百年に一回は魔王が現れて、世界を闇に閉ざそうとするって話よ。困っちゃうわよねぇ」


 軽い口調だから本当に困っているように聞こえないんだけどな。


「で、その昔の魔王にかけられた呪いって、どんな呪いだったんだ」


「ええ。それはオスが生まれないという呪いよ。種族全体に呪いの術をかけるのだから、魔王ってすごいわよねぇ。で、あたしたちはご先祖様は呪いのせいで子孫を残せなくなった。世界は魔王によって闇に包まれ、あまねく種族が滅亡の淵に立たされた。魔王に対抗していた神人たちもついには敗れさった。もうどうしようもないと皆が諦め、魔王の力に世界が屈服しそうになった時、異世界から勇者様が現れたの。そして、ご先祖様は勇者様をその背に乗せ魔王討伐の旅にでた。長い旅の果てに魔王は勇者様によって倒された。あたしたちにかけられた呪いは解けなかったけれど、勇者様の力を使い別の魔術を重ねがけすることに成功した。そのおかげで、変化魔術という高度な魔術と、他種族との間で子供を作れる特殊な能力を身につけることができたの。そして、あたしたちクロコディラン一族が生まれた。これがあたしたちの歴史なのよぉ」


 ま、どこまで本当かはわからないけどね、とクロコは付け足した。

 つまり、古代の勇者はクロコディランの命の恩人というわけか。


「あたし達は他種族と交わることでしか子孫を残せないから、時代の移り変わりによってその時一番繁栄している種族との混血になることが多いの。そうして世代が変わるごとに姿形が変遷していって、今のような姿になったのよん。ご先祖様に比べればずいぶん小さくなったのよぉ」


 巨大な二足歩行の爬虫類。体を変化させる前のワニの姿を思い出す。あれでも小さくなったのか。


「でも、見た目は変わっても変わらないのは、勇者様への思いよぉ」


 彼女の種族にも深い歴史があるようだ。だから昨日、クロコの村に立ち寄った時は異常な盛り上がりを見せたのか。

 昨日のことを少し思い出して、それだけでどっと疲れた。

 村に着くなり大歓迎会が開かれ、食っても食っても出てくる料理と、長蛇の列での握手会。俺はまさか自分が並ぶ側ではなく、並ばれる側になるとは夢にも思わなかった。

 しかも相手は巨大な二足歩行のワニ。怖かった。


「みんな喜んでいたわよ。憧れの勇者様に握手してもらって。一生手を洗わないって感涙にむせび泣いてる子だっていたんだから」


 喜んでいいのか。どうせなら人間の可愛い女子達にキャーキャー言われたかったよ、何の因果でワニ相手に握手会なんだよ。


 ……でも、悪い気はしなかった。それに、彼女達にとっては勇者というのは信仰の対象なんだ。遥か昔に勇者が現れなかったら彼女達は絶滅していた。クロコ達にとって異世界からの来訪者は歓迎し、もてなすのが当然の大事な客人なわけだ。


 フィリスとはまた違う思いを勇者に対して抱いているのだな。


「異世界から現れた勇者様とともに旅をするってのは、あたしたちの一族においては何よりの栄誉であり幸せなことなのよん。勇者様はフツー、何十年か何百年に一人しか現れないんだもの。だから、あたしはダーリンと出会えたことだけで幸せなの。ダーリンのしたいことは全部させてあげたいの。ラーマ神殿に魔王がいるならあたしがぶっ飛ばす。絶対にあなたを守るわ。それがあたしの使命であり願いよ」


 そこまで、俺のことを思ってくれているなんて思いもしなかった。ただの色キチガイだと思っていたよ。誤解していた。


「クロコ。ありがとう」


「うふふ。惚れた?」


「それはないけど」


「もう、つれないんだからぁ」


 笑いがこみ上げてきて、俺が笑うとクロコも笑った。

 洞穴の中に二人の笑い声が響く。


 そんな俺たちの元にヴォルグの声が届いた。


「お二人さん。ちょっとこっちへ来てくれ。明日の作戦を立てる」


 そうだ。何はともあれ、明日はラーマ神殿なのだ。現実に引き戻され、クロコと顔を見合わせて頷く。


 絶対に魔王を倒して、元の世界に帰るんだ。


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