【エピソード4 第17話】

☆ ★


「右に一体逃げたぞ! 流空、やれ!光の剣だ!」


 先行していたヴォルグからの声。


「わかってる! ドオリャア!」


 木の陰から飛び出し、魔獣に光の剣をお見舞いする。

 袈裟懸けに一刀両断にされた魔獣が地響きを立てて地面に倒れた。


「ふっ。なかなかやるようになったな。流空」


 親指を立ててニヤリと笑う狼男ウルフィアン、ヴォルグ。


「ら、楽勝だぜ」強がりを言っても、足は震えていた。



 デルアの村を出て、すでに五日が経っていた。


 森を歩くのにもようやく慣れてきた俺だったが、戦いとなるとやはり緊張する。

 ラーマ神殿に着くまでに戦いの基本を教えてやる、とのことでヴォルグが俺の教官役になり、魔物に会うたびに俺が戦わされているのだが、正直、すげえ嫌。別に強くなりたくて旅をしてるわけじゃないし、ただ早く帰りたいという理由で頑張ってるんだけど。

 なんて言うと怒られそうだから口には出さないけどね。


 両手に握りしめていた光の剣を消して深く呼吸をする。体に残った魔力の残量を意識する。


「魔力を無駄使いしすぎだ。もっと意識を集中して魔力の使用量を調整しなければ、すぐに魔力切れを起こしてしまうぞ」


 ヴォルグは山賊団の頭だったということで、見た目は怖いが面倒見は良い。頼れる兄貴感はある。でも、ほら。俺、人付き合いが苦手だし部活とかしてないから、この手の体育会系の人ってちょっと苦手意識があるんだよね。嫌いじゃないよ。嫌いじゃないけどね。

 そして、彼のいうとおり随分と余計な魔力を放出してしまったようで体はすこぶる重かった。

 手にびっしょりかいた汗を紫色の場違いおしゃれラッパズボンで拭う。

 ……そう、俺はデルアの村でもらったクソダサいズボンを未だに履いているのだ。だって服屋とかないんだもん、田舎の村で。

 だけど、人間ってなんでも慣れるもんで、こんな恥ずかしい格好をしていることにも慣れてしまっていた。


 あの日、静かなる魔女リティサイレントマジョリティの家で魔力を得てから光の剣の出し入れは完璧にこなせるようになった。

 しかし、魔力の出力がうまくコントロールできず、極端に威力の高い光の剣だったり、マッチ棒みたいな貧相な光の剣だったりで、なかなか光量が安定しない。昨日なんてかなりデカイ魔物相手だったのに、俺が出せた剣はゴボウみたいな細い剣だった。それなのにヴォルグは手伝ってくれないし、死ぬかと思ったよ。


「だが、確実に進歩はしている。いきなり満点は難しくても、ちょっとずつ前進していけばよい」


 ヴォルグはさすが兄貴って感じで慰めてくれる。


 ちなみに、この光の剣に名前は付けていない。せっかくだからかっこいい名前でもつけようかと考えていたのだが、なんか恥ずかしくなってやめた。

 どうせなら、こう、かっこいい感じで、剣を出すときには『我に宿りし勇者の証、今顕在せよ!シャイニングブレイド!」とか叫んだりしてみたかったけど、もう俺も高校生だし、ちょっと痛いかな、なんて思ったんだよね。

 いや、一回だけ誰も見てないときに、一人でやってみたんだけど、誰もいないのにすげえ恥ずかしくて、こりゃ人前じゃできないなって思ってやめたんだ。

 いつか、ここぞって時にだけ、使ってみようかな。まじ、どうでもいい話だけど。


「そろそろ、ラーマ神殿に近づいてるはずだけど、どうなの?」


 息を整え、後方の銀髪ポニーテールの少女に声をかける。フィリスは魔力を無駄遣いしないように、この旅では基本的に後方で荷物持ちだ。と言っても軽めのリュックを背負っているだけだが。


「はい。ほら、向こうに少し見えてますよ。明日には到着します」


 フィリスが森の上の方を指差す。

 あれが目的地ラーマ神殿なのか。まだまだ距離はあるが、ピラミッドのような三角錐の建造物の先端が木々の合間から見える。俺が召喚された神殿とはまるでちがう形の建物だ。


 睨みつけるようにして、神殿の頂上を見上げた。あそこに行けば帰れるんだな。本当に長かった。

 もう、この世界に来てから一週間だ。元の世界では俺はどういう扱いになっているのだろう。彼女の部屋から突然消えたわけだし、大変な騒ぎになってるだろうな。捜索願とか出されてるのかな。行方不明扱いかな。なんの手がかりもないだろうから、誰もが俺のことを心配しているだろう。帰ったらいろいろ面倒臭そうだな。警察とかに謝りに行かなきゃいけないのかな。いや、別に俺が謝る必要はないけどさ。だって俺は拉致されたようなもんだし不可抗力じゃん。だけど、元の世界に帰って警察に聞かれた時に異世界に行ってたって言っても信じてはもらえないだろうし、どうしよう。


 まだ、神殿にも付いていないというのに、帰った後のことを考えてしまう。捕らぬ狸の皮算用ってやつだ。


 と、草むらから緑の肌の大女が現れた。今日の寝ぐらを探しに行っていたクロコだった。


「みんな。ベストな感じの洞穴をあっちに見つけたわよぉ。あそこなら体力回復もバッチリよん。決戦に向けてしっかり寝ないといけないもんね」


 クロコは何をしていても元気で楽しそう。能天気な女なのだ。いい性格してるよ。


「あら、デズリーベアじゃない。今夜のおかず?」


 クロコは足元に転がる魔物の死骸に気づいた。

 

「そうだ。明日はいよいよ神殿に乗り込むわけだからな。良い肉を食って英気を養おうと思ってな」


 俺が斬った魔獣の半身を持ち上げてヴォルグが言った。


「やったー! あたし大好物なのぉ」


クロコが両手を合わせ嬉しそうな顔をする。


「げ、それ食うの?」


「そうだ。そのためにお前に討伐してもらったのだ」


「食料調達させられてたのかよ……。てか、こんな魔物を食べれるの?」


 白目を剥いて事切れている巨大な魔獣。口からは、だらんと舌が垂れている。自分で斬っておいてなんだけど、目を背けたくなるな、これグロいわ。


「なんだ。お前、デズリーベアを知らんのか!? 高級食材だぞ」


 知らん知らん。この世界のことなど何も知らん。なんで知っている前提で話すんだこの狼男は。


「よーし、分かった。俺様が腕によりをかけてこのデズリーベアを調理してやる。今夜の飯は任せてもらおう!」


 なんだか、勝手にやる気になったヴォルグが楽しげに吠えた。


「実は、俺の趣味は料理なんだ! 待ってろ、最高の飯を作ってやる。そうと決まればちょっと臭い消しに使えそうな薬草を探してくる。先に洞穴に行っててくれ」


 そう言い残し、藪のなかに消えていくヴォルグ。


「あっ! ヴォルグ! お前その洞穴がどこか知らねえだろ!」


俺が引き留めようとするが、聞く耳も持たずヴォルグは森の中に入って行ってしまった。


「あいつ。バカだな……」


「ま、とりあえず、行きましょうか。彼は狼男ウルフィアンだから臭いで私たちの場所くらい嗅ぎ分けられるはずよ」


 クロコの言葉を信じ、俺たちは洞穴へと向かった。




 草むらの奥、岩肌にぽっかりと半円状に空いた穴が、クロコが見つけたという洞穴だった。

 ちょうど背丈ほどある草が入り口に生えていて、外からは見えないし穴の内部も広すぎず狭すぎず、魔物がねぐらにしていることもなく、ちょうどキャンプをするにはもってこいの形状だ。ヴォルグはちゃんとたどり着けるんのかなぁ、と若干心配ではあるが。


 中に入るとフィリスが魔術で魔物が近づいてこないように結界を張り、クロコが動物の油で作ったロウソクへ火を灯した。

 魔術ってこう言う時に便利だな。結界は虫除けスプレーがわりにもなるみたいだし、こりゃこの世界には科学があまり普及していないというのもわかる気がする。


「今日はここでしっかり休んで、明日に備えましょう!」


 手頃な岩に腰掛けフィリスが言った。


「ふう。ようやくここまで来たわね。この五日間。いろいろなことがあって疲れたでしょ。ダーリン」


食料のデズリーベアをどしんと地においてクロコが言う。


「まったくだ。忘れたくても忘れられない旅の思い出ができたよ」


 デルアの村から旅立ってから今日で五日目。実を言うと、この五日間はとても濃かった。いろいろなことが起きて疲労がたまる五日間だったのだ。


 旅立ったその当日には森の中で武装商人のガルシアという旅の行商人が『鉄鴉アイアンクロウ』という魔物の集団に襲われているところを助けた。ガルシアはお礼に『古びた剣』をくれた。

 彼曰く、古代文明の遺産らしいのだが、まるで廃れた観光地の土産屋で売っている、小学生がランドセルにつけたがる『小さくて安物感が漂うちゃちなメッキが貼られたキーホルダーみたいな代物』だったから胡散臭くて仕方がなかった。

 それなのにガルシアは「古代文明の秘術が封印されている!持っているだけで魔力を増幅させ、安定させる」と、まるでテレビショッピングのインチキ販売員が押し売りするかの如き勢いで熱弁するものだから、フィリスも「まあ小さいから荷物にもならないし、せっかくもらえるのですから、戴きましょうよ」と根負けして不本意ながら受け取ってしまった。絶対ゴミだろ。これ。即フィリスのリュックのいらないものコーナーにポイだ。


 二日目には、修行中だという双子の魔術師『ルナ』と『リナ』と出会い、親の仇だという妖女『ダランババ』を共に退治した。二人はフィリスと熱い友情を結び、「フィっちゃん。ウチらフィッちゃんがピンチの時には絶対ソッコーで駆けつけるからね。何があってもウチらズッ友だょ」と握手を交わしていた。

「またいつかきっと会おうね」と双子は言っていたが、ぺちゃくちゃうるさい女子大生みたいなバカ双子だったので、できればもう会いたくない。


 三日目には、ヴォルグが頭をやる山賊団の連中がこっそりやってきて、「実は今日、頭の誕生日なんすよ。サプライズでお祝いしたいんで手伝ってもらえませんか」などとマジで見た目に似合わないことを言ってきやがった。遊びで旅してるんじゃねえのだぞ、こっちは。と俺は怒ったのだが、フィリスとクロコはそういうパーティー的なことが大好きだったみたいで、やる気満々になっちゃって、結局俺も巻き込まれて、ドタバタ誕生日会をやった。

 これは俺もちょっと楽しかったけど、こんなことしてる場合かよ、とは思った。ただ山賊団の狼男達は皆気のいい奴らだった。どうせなら護衛として、人柱としてついて来てくれれば良かったのに、ヴォルグは帯同を認めなかった。もったいない!


 そして、昨日。四日目は、ちょうどクロコの一族が暮らす集落の近くを歩いていたらしく、宿代わりにうちの村に来ないか、というクロコの提案に乗って、彼女の故郷に寄り道した。

 だが、これが大失敗だった。考えてみれば巨大なワニ軍団の集落だもん。やばいに決まってるわ。

 かつ皆、勇者に憧れているらしく、俺に色目を使ってきて、ヨダレ垂らしながら追いかけてくるんだもん。ワニだらけのハーレム。一つも嬉しくない。

 身の危険を感じながらの宿泊になったので全然疲れが取れなかった。そういえば。ワニって両性類なのかな。メスしかいなかったけど。


 そして、ついに五日目。朝から歩き通しで、ちょくちょく魔物に出会っては光の剣で倒して進む、そんな一日をこなし、ついにここまでたどり着いたのだ。ラーマ神殿はもうすぐだ。もうすぐ帰れる。


 思い返してみても本当にこの五日間は濃厚だった。

 でも、そこらへんのことはあまり思い出したくないので、割愛させていただく。すごく疲れたし、すごく不快だったし、すごく面倒くさかったから。


 そして、合間合間に、寝た時とか、なんか気絶した時とかに、変な女が出てくる連続性のある夢を見たりしたような気もするのだが、あまり詳しく覚えていないので、こちらについても割愛させていただく。ただ、起きるたびに頭を鈍器で殴られたかのような痛みが残っており、何か頭痛を併発する病気にでもなったのではないかという危惧はあるのだが。


 まあ、何かの機会があったらこのクソ濃い四日間のことも語ろうかと思う。機会があるかは知らんが。


 そんな回想に耽っていると、ヴォルグが両手に採ってきた草や木の実を抱えて洞穴にやってきた。


「調子に乗って採りすぎてしまった。もう腹もペコペコだろう。お待ちかねの料理タイムだ。ガハハ。腕がなる」


 クロコの言っていた通りだった。ここに来るまでに迷った様子など微塵もなかった。


「さー、今から最高のデズリーベア料理を作るからな!」


大丈夫かな。ラーマ神殿にたどり着く前に食中毒とかになったらシャレになんねえからな。

一抹の不安を覚えながらも、ヴォルグの料理姿を見つめる俺なのだった。

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