【エピソード4 第16話】
☆ ★
「ああ!! 流空様! どこ行ってたんですか! 心配したんですよ!!」
デルアの村にたどり着くなり、駆け寄って来た銀髪少女に突撃された。
少女はおでこを俺の胸に埋めてワーワー涙を流している。
「死んじゃったかと思いましたよぉ!」
ポカポカ胸を叩かれる。いたたた。
「ご、ごめんごめん」
まさか、こんなに心配してくれていたなんて思いもしなかった。なんだか申し訳無い気持ちになる。いい子なんだな、フィリスって。
「女の子を泣かすなんて、ダーリンもやるわねぇ」
ニヤニヤと笑う緑の肌のナイスバディ女、クロコもいる。良かった。二人とも無事だったんだ。
「二人とも、心配させてごめん。道に迷っちゃってさ。でも、ただ迷ってたわけじゃないんだよ。迷った先で、魔女みたいな人に会って『なんとか魔玉』ってのを使って、凄い魔力を得たんだよ」
はぐれた後の事を二人に話す。
「もしかして、その魔玉って。カラリル魔玉ですか?」
「そんな名前だったと思う。多分」
「まさか流空様。『
「サイレント……なんだって?」
「『
確かに綺麗な人だったなあ、とリティの横顔を思い出す。
「奇妙な箱型の家に住む美しい魔女で、善良な者には正しい道を教え、それ以外の者には二度と戻れぬ迷いの道を教える、という話です。ここ数年でよく聞くようになった話なので、子どもを森に行かせないために大人たちが作った陳腐な迷信だと思っていたのですが……」
確かに奇妙な箱に住んでいる美しい魔女だった。でも、その正体が俺と同じ、異世界から召喚された勇者の成れの果てだということはフィリスも知らないようだった。俺もわざわざそのことを言う気にはならなかった。
「そういえば流空様が纏う魔力が昨日とは明らかに違っていますね。まだ不安定ですが、強い力を感じます」
「へぇ、さすがフィリス。そんなこともわかるんだ」
「はい。魔術士ですからっ」
えっへんと胸を張って自慢顔のフィリス。その横からクロコがバカみたいにでかい胸を揺らして身を乗り出す。
「あたしにもわかってたわよぉ。昨日より魅力的になってる。ゾクゾクしちゃう」
豊満な胸を抱きかかえるようにして身悶えしてる。やめてくれ、気色悪い。
「これで勇者も合流したということで、ラーマ神殿に向かうことができるな」
そう言って、やれやれと、ため息をつく声が聞こえる。
クロコの巨体の後ろから、藍色の体毛の獣人が姿を現した。クロコよりは小さいが、それでも俺よりかはひと回りもふた回りもでかい獣人だ。
突き出た鼻先、頭の上でピンと立った二つの耳。片目は刀傷で閉じているが、開いている瞳は銀色。藍色の体毛が全身を包んでいる。
「……って。こいつ、アレじゃん。狼男のボスじゃんかー!!
びっくりして飛び退く。
現れたのは、俺が逃げ出した原因のあの狼男であった。
「そうです。こちら、ヴォルグさんです。昨日から私たちの仲間になってくださいました」
全然、警戒していない様子のフィリスが大きな瞳を輝かせて、にこやかに紹介してくる。おいおい。待てって。話についていけてねえよ。ストーリー展開が謎だよ。
敵の山賊団のボスじゃん。昨日はあんなに激しく戦ってたじゃない。俺がいない間に何があったんだよ。
「よろしくな、勇者よ。俺はヴォルグ。人狼山賊団の元頭だ。ま、お前らのせいで団は壊滅だがな」
そう言って、睨みを利かせる。鋭い牙。怖いって。なんなんだよコイツ。
俺が身構えると彼はころっと表情を変えて嬉しそうに笑った。
「ガハハ。そんな顔すんなって。いいんだ。あいつらは謀反者どもでな。団の掟を破って勝手に独立した奴らだったんだ。そんな奴らを放っちゃ置けねえと思って、ちょうど制裁を加えようとしてアジトに向かってたところだったんだ。だから、気にしなくていい! ガハハ。強い奴らは好きだ」
もしかして、彼流の冗談だったのだろうか。
なんだかわからないが、ヴォルグは上機嫌で俺の肩をバシバシ叩いてくる。あんたにとっては軽いコミュニケーションのつもりでも、一撃一撃が重たいよ。痛いよ。爪が恐いよ。
「フィリス、なんなのこれ」
助け舟を求める。もうやだよ、怖いよ、この狼男。
「実は話せば長くなる。……ので省略しますが、村を襲ったのは彼のその元・部下たちの仕業だったようですね」
「省略すんのかい。お前、この前は聞いてもいないのにぺちゃくちゃこの世界の歴史とかを、延々と話してたじゃねえか。肝心な時に省略すんのかい」
「まあまあ。ダーリン、そう怖い顔しないでぇ。せっかくの凛々しい顔が台無しよぉ。あ、でも怒った顔もチャーミング」
なんてクロコが気の抜けた言葉を言うから、なんだか怒る気も失せてしまう。
「俺たち人狼山賊団には決まりがあった。弱いものから物はとらねぇってな。だから人間には手は出さねえし、出させねえ。それが掟だった。もっぱら魔群合衆が相手のいわば正義の義賊集団よ。だが、その掟を奴らはそれを破った。俺らは悪党だが誇りはある。俺たちの団の不始末は頭である俺の責任だ。俺があいつらを甘やかしたせいで飛んだ迷惑をかけた。この通り。謝る。すまなかった」
ヴォルグは男らしく頭を下げる。
「それで罪滅ぼしと、憎き魔王に立ち向かうために、あたし達の仲間になったってわけぇ」
ぽんっと狼男の肩を叩いてウインクするクロコ。
「そんなわけで、ダーリンが来る前に、この村でのイベントはあらかた終わったってことね。昨日のうちにヴォルグは村を回って謝罪したしね。今後の目標はラーマ神殿のみってこと」
なんだよ。蚊帳の外かよ。ちょっと寂しい気もするが、まあいいだろう。俺はとりあえず、早く帰りたいんだ。
「俺はこのクロコに比べれば力はないが、素早さでは負けねえぜ。よろしくな。流空」
ニヤリと不敵に笑い手を差し伸べてくる。肉球のついた毛むくじゃらの手。爪の生えた分厚いソーセージみたいな指。
「よ、よろしく」恐る恐る握手する。なんて野蛮な見た目なんでしょう。俺は怖いよ。
「さて、これで仲間も四人になりましたね! これで魔王にも立ち向かうことができそうです! 流空様、頑張っていきましょう!」
目下、一番小さいフィリスが、ででんっと胸をそらして満面の笑みを浮かべた。
「はいはい……。って魔王は倒さねえって言ってんだろ!」
俺のツッコミも板についてきたな、と我ながら思う。何の自慢にもなりゃしないが。
「でも、そうは行かないのよぉ。ねっフィリス」
クロコが意味深な目配せをする。なんだ?
「そうなのです。流空様。ヴォルグさんから重大な情報をいただきまして」
「重大な情報?」
「はい。それによると、ラーマ神殿には魔王が出張ってきてるらしんです」
「え!? なんで?」
「魔王も異世界から勇者を召喚しようとしているのかもしれません。ラーマ神殿は『召喚の儀』を行う祭壇があります。魔王は自らがその強大な魔力を使って異世界から勇者を呼び寄せ、戦力にしようとしているのかもしれません」
「その情報、本当か?」
「ああ。人狼山賊団の情報網を甘く見てもらっちゃ困るぜ。俺がこの土地まで来たのは、部下どもへの制裁もあるが、魔群合衆の様子を探るってのも目的だったんだ。二、三日前に、巨大な黒竜がラーマ神殿の方に降りていった。あれは飛行竜だ。しかもガルア大陸にしか生息しないガルガ竜。あんなデカブツを乗り物扱いできるのは魔王ゴトーだけだ」
「うわぁ。タイミング悪いな。あと一週間でも遅く来てくれれば、なんなく帰れたってのに……」
「おいおい、何を言ってやがる。絶好のチャンスだろ。魔王をぶっ潰すんだよ。そうすりゃ、アルトウィア連盟から一生かかっても使いきれねえほどの報奨金が貰えるぜ?」
ぽきぽきと指を鳴らし、牙を見せるヴォルグ。なるほど、やる気満々なのは金が目的だったのか。だけどもさすがに魔王はきついでしょ。俺はこんな世界の金なんか要らないし。
「俺はただ帰りたいの。五体満足で無事に帰りたいの。……あっ、いいこと思いついだぞ。魔王が異世界から勇者を召喚した後で、こっそり神殿に行って俺を元の世界に帰してくれりゃいいんじゃねえか?」
「勇者としてのプライドはねえのか!」
「ないよ! 早く帰りたいんだよ! そのためだけに色々頑張ってんだよ!」
恥もクソもない。正直に言う。
「ですが、流空様。『召喚の儀』を行うには大量の固有魔力が必要とされます。一度の召喚で神殿全体の固有魔力を全て使い果たしてしまうので、一度使用したら、十年は使用できません。魔王が『召喚の儀』を行ってしまったら、もうラーマ神殿からは元の世界に変えることはできないんです」
「えー、最悪じゃん」
「ちなみに、現在、我々がいる、このハオルード大陸の中で、『召喚の儀』を行える神殿は、ゴダール神殿とラーマ神殿の二つの神殿しかありません。魔王に使われたら、もう流空様を送還する術は我々にはないのです。だから、元の世界に帰りたいのでしたら、魔王を倒すしかありません。しかも急がないとヤバイです。駄々をこねてる暇はないんです」
「……ということよん。ま、私はダーリンがこの世界に残ってくれても全然構わないっていうかウェルカムなんだけどねぇん」
「せっかく魔王の野郎が出てきてやがるんだ。このチャンスを逃す手はねえぜ」
三人がかりで言われては俺も唸るしかない。
これは覚悟を決めなければいけないのか。
ため息をついて、空を見上げる。
ま、仕方ない。一応、魔力を得たわけだし、獰猛な感じの狼男も仲間になったし、例のごとく後方支援でいけばなんとかなるかもしれない。
青い空がやけに眩しく見えた。やるしかねえか。
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