【エピソード4 第13話】
☆ ★
「流空。どーしたの? ぼーっとしちゃって」
ハッとして振り向く。
いつもの通学路、アスファルト、電信柱、蝉の声。
そして、きょとんとした顔で首を傾げてる彼女がいた。
早瀬凛音。最近付き合いだした俺の彼女。……と言っても保育園からの幼馴染なので、小さい頃から知っているが、暴れん坊のおてんば娘だ。でも、いつの間にか、互いに異性だということを意識し始めちゃって、紆余曲折なんだかんだあって、こうして付き合うことになった。
だから、付き合い始めたからといって、関係性は大して変わらず、俺は相変わらず彼女の尻に敷かれてるのだが、そんなことはどうでもよくて。あれ、俺はなんでここにいるのだろう。
それに見慣れたはずの凛音の姿が、なぜかとてつもなく懐かしい気がする。
「なんか変だぞ、流空」
「……いや、なんでもないけど」
目の前に付き合ってる彼女がいて、一緒に歩いている。不思議なことはなにもないのだけど、些細な違和感を持ってしまう。
あ、そうか。今日の凛音の格好が違和感の原因か。
ミニスカートにヒールのついたサンダル。いつものボーイッシュな格好じゃなくてちょっとオシャレしてるのはそういうことか。
「もう! せっかく初めてのデートだってのに、ぼーっとしてないでよ!」
「おいおい。初めてったって二人で出かけることはあっただろ。母の日にカーネーション買いに行ったり……」
「バカ。それはただの幼馴染としてでしょ。……こ、恋人同士としては初めてなんだから」
「はぁ」……何が違うというのか。
「もう!記念日だかんね!初デート記念日っ!毎年今日はなんの日かって聞くからね!答えられなかったら回し蹴りだぞっ!」
そう言って片足を上げて蹴りの真似をする。いつもの男勝りなポーズだけど、ミニスカートを履いているのを忘れている。
「パンツ見えてるぞ」
「ば、ばかっ!!」
顔を真っ赤にして慌ててスカートを抑える。
いつもなら、そんな凛音をからかうのだが、なんだかこっちも恥ずかしくなっちゃって、お互い顔を赤くして俯く。
「あ、あんたが照れると、こっちまで余計恥ずかしくなるじゃない!」
という理不尽な理由で結局回し蹴りをもらった。とほほ。
「……は、晴れてよかったね。昨日はあんなに強く降っていたのに」
凛音は雰囲気を変えるためか、わざとらしく大きく伸びをした。
確かに良い天気だ。昨日はあんなに雨が降っていたのに。
……ん? 昨日は雨だったか? いや、俺はどこか遠い森の奥にいたような気がするんだけど、なんだっけなぁ。
「どーしたの」
「いや、なんでもないけど」
「もー。しっかりしてよ。初デートだよ。初デート! せっかくオシャレしてきたのに、なんも言ってくれないし。もうスカートは履かない」
頬を膨らませてぷんすか怒っている。
「いや、待って。可愛いって!凛音ちゃん。だからスカートは続けていこうよ」
「はいはい、そうやって馬鹿にしてればいいんだ」
正直に言ったのに、彼女はフンと横を向く。切れ長の瞳。すっと伸びた鼻。薄い唇。黙っていれば清楚系の女子なんだけど、男勝りで困る。小学校から一緒に始めた空手も、未だに続けていて(俺は半年もたずに辞めた)暴力的だし。
いつも通りの彼女のような気もするが。……やっぱり何か違和感を覚える。
あれ? なんだろう。何かが違う気がする。
初デートだって凛音は言っていたけど、初デートって一緒にボーリングに行ったよな。負けた方がジュースおごるって勝負で俺が3ゲーム負けて、結局三本もジュースを奢らされて、そんなに何本もジュースもらってどうすんだよって呆れた気がするんだけど、あれはなんだっけ。
「さ、早くボーリング場へ行こー! 負けた方がジュース驕りだかんねっ!」
凛音は楽しそうにボールを投げるふりをしてやる気十分だ。
俺は首を傾げながらも、よくあるデジャブってやつかな、と自分に言い聞かせて凛音についていった。
デパートの上の階にあるボーリング場で、俺は3ゲームも奇跡的なスコアを出して凛音に勝った。
めちゃくちゃ悔しそうな凛音からジュースを三本も奢ってもらい(実際そんなにいらなかったのだけど、約束は約束、と凛音が譲らなかった)お腹タプタプになりながらボーリング場を後にした。
楽しい初デート。喧嘩もなく、ボーリングにも勝ち、凛音はいつもより可愛い気がする。
違和感はあれど、このまま楽しく夢のような生活が続いていけばいいな。
夕焼け空に照らされながら、初めて手をつないで歩いた。
照れたように黙って遊歩道を歩く。犬の散歩をしてる老人を避けて、二人の身体が重なる。凛音の髪の毛の匂いが心地よい。
これが幸せってやつなんだな。
車が向こうから来る。車道側を歩く凛音を引き寄せる。
その時だった。俺に手を引かれた凛音がバランスを崩し、俺の胸に抱きつくような形になった。
思わずその細い体を抱く。
はっとする。
俺は気づいてしまった。
これがあまい夢だと。
俺にとって都合の良い夢だったのだと。
「……どうしたの? 流空」
上目遣いの凛音の視線を避けるように顔を逸らした。
「ちがう……凛音じゃない」
「え? 何を言っているの?」
「凛音なわけがない……。これは夢だったんだ」
「よくわからないけど、私は私だよ?」
「ちがう!!」叫び凛音を突き飛ばす。
夕暮れ空が灰色に変わる。
一瞬で世界がモノクロになる。
「凛音は……凛音は……」
さっき抱き寄せた彼女の感触を思い出しながら叫ぶ。
彼女が俺の体に身を寄せた時に感じた感触は、明らかに以前と違った。これが違和感だ。これがその正体だったんだ。
「凛音はそんなにおっぱいがでかくねー!!!」
ぱりんっとガラスの割れるような音が辺りに響き渡った。
空が裂け、真空状態に空気が吸い込まれるように世界が急速にねじ曲空の割れ目に吸われていく。
『そんなことで気づくんかーい!』
叫ぶ凛音の体がぐにゃりと歪んだ。
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