【エピソード4 第12話】
俺をコンテナトラックに招き入れた黒髪の女性。
言葉や表情からは一切感情が読み取れない。が、悪い人ではなさそうだ、という直感があった。
「適当に座って」
彼女は告げると台所へ向かいヤカンに火をつけた。
でも、俺は立ち尽くしたまま動けなかった。
驚いたからだ。
外側は錆びたコンテナなのに、中は立派なログハウスなのだ。丸太を積みあげた壁、煉瓦を積み重ねた暖炉。ぱちぱちと音を立てて燃えている薪、外から見る限り煙突なんかなかったのに、壁を伝う筒状は天井に伸びている。そもそも広さが違う。外から見るコンテナよりも明らかに広い。窓もついていて外の景色が見えるし。
天井にはくるくる回るプロペラみたいな羽根があって、なんだかちょっとおしゃれなペンションに来たみたい。
「どうしたの?」
声をかけられるまで、バカみたいに口を開けて室内を見ていた。
話しかけられていることに気づき慌ててテーブル席についた。
「び、びっくりして。中と外、全然違うんですね」
「ここは、あなたの世界とブルースカイルとの境界線が曖昧なの。外見と中身があべこべなのよ」
湯気の立つ白いカップを二つ持ってきた彼女は静かに正面に座った。
儚い花のように触れたら壊れてしまいそうな線の細い人だ。
置かれたカップからは紅茶の良い匂いが部屋に広がっていく。
「あの……。お名前を聞いてもいいですか?」
うっすらと微笑んで彼女は長いその黒髪を耳にかけた。
「名前なんてあってないようなものだけど。そうね。みんなにはリティ、と呼ばれていたわ」
「リティさん。俺、流空と言います。高ヶ崎流空。昨日この世界に来たばかりで」
「ええ。知ってるわ。早く帰りたいってこともね」
「そうなんです。元の世界に残してきた人がいて……」
「恋人?」
「……はい。彼女のためにもどうしても帰りたいんです」
照れながら白状すると「そうなのね」とリティさんは薄く微笑んだ。
「でも。今のままじゃ、無事にラーマ神殿までたどり着けないと思うけど」
その言葉にどきりとする。薄く笑みを浮かべた顔の裏側に、何かが垣間見えた気がして。
この人は全てを見透かしているみたいで、ちょっと怖い。
「わかりませんけど、フィリスとクロコっていう仲間がいますから、なんとか……」
「無理ね」
俺の言葉を遮るようにして、ぴしゃりと言い放つ。
「ラーマ神殿は魔群合衆が占拠してるわ。彼らを排除しない限り送還の儀は行えない。いくら仲間が強くても、あなたを守りながら敵を倒すのは困難よ。諦めたほうがいいわ。あなたは元の世界には帰れない」
「でも。それでも、俺は帰らなきゃいけないんです。行きます。ラーマ神殿に」
「そう。強情ね」リティは小さく頷いた。やれやれ、といった感じだけど、なぜか少し嬉しそうな表情だ。
「あなたがこの場所にたどり着けたということは、あなたにきちんと勇者としての素質が備わっているということよ。まだ能力は眠っているけれど」
「素質……。それは本当ですか。どうやったらその能力ってのは目を覚ますんですか」
「簡単なことよ。この世界で魔力を溜めるのよ」
「魔力を溜める?」
「この世界の空気には魔力の元であるヴェルネゴチフ粒子というものが含まれているわ。その粒子を体内に取り込んで、錬成させたものを魔力と呼んでいるの。その魔力を使って炎を出したり空を飛んだりするのがこの世界でいう魔術なのね。ヴェルネチゴフ粒子を体内に取り込むのは簡単で、呼吸をするだけで溜まっていくわ。そして、異世界の人はその粒子を取り込める容量がこの世界の住人より大きいの。つまり、何もしなくても時間が経てば魔力は蓄積されるから、この世界で過ごせば過ごすほど魔力は強大になるってこと。……わかる?」
「……は、はぁ」
実際はよくわかっていなかった。長い話って苦手だ。
「えっと、とりあえず俺が強くなるためには何をしたらいいんですか?」
「わかってないわね。だから『何もしなくていいのよ。』この世界で生きていればそれだけでいいの。そうね、あなたに分かりやすく言うなら、敵を倒さなくても宿屋で寝てるだけでどんどんレベルが上がっていく。って感じかしら」
「おお。それはすごい。じゃあ特別な修行とか厳しい努力とかはしなくていいんですか?」
「ええ」
「よっしゃ! そりゃ楽だ! 何もしなくても経験値がたまっていくんだ! 最高じゃないですか。……で、どのくらいの時間をかければ魔力は溜まるものなんですか?」
「そうね……」
じっと俺のことを見て、それから少し目を閉じた。意識を集中してるのかな。
リティは頷いた。
「十年ね。十年も経てば自由自在に光の剣を使いこなせるようになるはずよ」
「長っ! 十年もたったらオヤジじゃないですか! こんな世界にいられないですよ! 他に方法はないんですか?」
「……あるわ。でも、あまりおすすめはできないけど」
「どんなことでもやります! 俺、一刻も早く自分の世界に帰りたいんです」
「帰りたい気持ちはわかるけど、ちゃんと話を聞いてから決めなさい。とっても重要なことだから」
「どんな方法なんですか?」
「これを使うの」
そう言ってリティは懐からキラキラと光る水晶球を取り出した。
「それは?」
「カラリル魔玉よ。この中には魔力が圧縮されて詰め込まれているわ。これをあげる。これを使う事で大量の魔力を得ることができる。一瞬で魔力を飛躍的に高めることができるわ」
「本当ですか! ぜひその球を俺に使わせてください」
「ふふふ。私が何者かもわからないのに、話に乗ってくるなんて、警戒心がないんじゃない?」
「そりゃそうですけど。なぜか、リティさんは信用できる気がして」
「そう、ならいいのだけど」
瞳を逸らしたリティがカップを口に運ぶ。
「じゃあ、聞きますけど。俺が異世界から来たってのも知っているし、あなたは何者なんですか?」
俺の問いに彼女は口元に笑みを携えるだけだった。
「何者……か。私は落ちこぼれよ。生きる場所がないから、こうして時の止まった場所で永遠の黄昏に身をやつしているだけの、ただの落ちこぼれよ」
悲しそうに微笑んで、一口紅茶をすすった。
「それにただの親切ってわけでもないわ。だって、このカラリル魔玉はただ便利なだけじゃないもの」
手のひらに置かれた、巨大な雨粒のような透明な魔玉を見つめている。
「これを使うには代償を支払う必要がある。元々ない魔力を無理やり取り入れるものだから、失敗したら死ぬの」
「え……、死ぬ? 失敗したら死ぬんですか?」
急に現れた死という言葉に若干ビビる。
「さぁ。どうする? 成功すれば強力な魔力を得られるけど、失敗すれば待っているのは死よ。そこまでの覚悟はある?」
ごくり、と唾を飲む。失敗したら死ぬだって? それは困るぞ、マジで。
美味しい話には裏があるってやつだ。どうしたらいいのだろう。
今のままではラーマ神殿を攻略できない、とリティは言っているが、あの二人はとても強かった。なら、この魔玉を使わなくても、何とかなるかもしれない。それに時間が経てば魔力は溜まっていくのだから、慌てて、こんな怪しい道具を使わなくてもいいのではないか。
いやいや、でも待てよ。
魔力が貯まるのに十年かかるとか言っていたぞ。こんな化け物だらけの世界で、十年も生きていくなんてまっぴらごめんだ。俺の青春は今しかねえんだぞ。
「……悩んでいるようね。まあどちらにせよ、今すぐ決めなくてもいいわよ」
「いえ、決めました! 使います!」
「本当? いいの? 失敗したら死ぬのよ?」
「でも、成功したら強くなれるんですよね。そしたらラーマ神殿の魔物も倒せるんでしょう。そうしたらすぐに元の世界に帰れるじゃないですか。僕は何年もこんな世界にいたくありません」
言い切るけど、後悔がないわけじゃない。もうほとんどやけくそだ。この世界に来てから、何も自分で決めちゃいない。全部流されるままに物事が運んできた。
だから、俺は生きるか死ぬかくらいは自分で決めなきゃやばいぜって思ったのだ。
「勇気があるのね。いいわ。じゃあ手短に説明するわね。時間が経てば魔力が溜まるとさっき言ったけど、正確に言うとその前段階が必要なの。長い時間をこの世界で過ごすことによって、あなたの
また、難しい話になった。やめてくれ。俺は関係代名詞だって正直に言うと理解してないんだ。
「全ては『認識』よ。あなたはまだこの世界にいることを現実として認識していない。悪い夢とか、幻とか、そんな風に心のどこかで未だに思っている。だからエーテルゲートが開いていないの。この魔玉を使うことで貴方のエーテルゲートは強制的に解放される。準備のできていない心を無理やり解放するのだから、押し寄せる魔力の流れに耐え切れず、心がバラバラになってしまう可能性もある。でも、自らを律して現実をしっかり受け止めることが出来れば、あなたは魔力を得ることができるわ」
……わからん。けど、信じるものは救われるってことかな。
「わかりました。ともかく、やってみます」
「方法は簡単よ。このカラリル魔玉を両手で押しつぶすように割るだけ。あなたの魔力と反応してこの魔玉に圧縮された魔力があなたの体の中に流れ込む。あなたは夢を見る。とっても心地よい夢を。でも、それは夢。あなたにとっては都合がいいかもしれないけど、ただの夢。だから、あなたは夢から覚めなければならない。甘い夢を断ち切り、現実を受け入れるのよ。現実を受け入れることができれば目覚めるし、もし受け入れられなかったら……」
「目覚めることはない……。ってことですか」
「そう。甘い夢を見続けて、生きることを忘れてしまう。そして、もう目覚めることはない。でも、それもある意味幸せかもね」
「目覚めます。絶対」
「私もそうなることを祈っているわ」
すっと差し出された魔玉を両手でしっかりと受け取る。思ったよりも軽い。それなりの強度を持っているものと予想していたが、薄い膜で覆われた水風船のようだった。
急な事態だったとはいえ、生死がかかっていると思うと緊張してくる。
「しっかりね」
「……はい」
「リラックスして……」
緊張して強張る俺の頬に、白い手が伸びる。大人の女性の細い指が、頬に触れる。
懐かしく暖かい体温を感じると、緊張がほぐれた。
「やります!」
怖気付くな、俺! 目を閉じて、一気に魔玉を押しつぶす。
瞬間、まばゆい閃光が視界を染めて……。
そして、俺は溶けていった。
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