【エピソード4 第10話】
一晩明けて目が覚めたら元の世界に戻っていて、なんか変な夢を見たなぁって寝ぼけ眼でポリポリ頭をかいて、あくびをして朝食を食べて学校に行く。
学校に着く頃には夢のことなんか忘れていて、退屈ながらそんなに悪くない日常が続いていく……。もちろん彼女とはすることする。
そんな展開を少し期待していたけれど、一晩明けても、俺はこの変な世界に取り残されたままだった。
……そういえば、なんの夢も見なかったな。ま、いいけど。
靄のかかる湿気の多い深緑の中を俺たちは進んでいる。目指すはデルアの村を襲った魔物たちがアジトにしているという洞穴だ。
できることなら、魔物がいるところになど足を運びたくない。
しかし、俺を元の世界に返すためにはラーマとかいう神殿に向かわなければならず、そのためには食料やら薬やらをデルアの村で補給しなければならず、そのためには魔物のアジトに行き、奪われた物資を取り返さなければならない。
と、まあそういうことらしいのだが、フィリスは魔物に好き放題され、旅の行程が思い通りにいかないからか、怒り狂っていて「全てはアバリール王国のため。一人残らず消し炭にしますぅ」なんてニッコリ笑いながらも怖いこと言っている。銀髪ポニーテールの小柄な王女さまは愛国心がお強いらしい。
まったく、困ったもんだよ。ため息をついてフィリスの隣を歩く大柄の女を見る。緑の肌に黄色い瞳。ウェーブかかった赤いロングヘアに、ビキニアーマーとかっていうのかな、水着みたいな鎧を着込み、身の丈ほどもある大剣を背追っている。
クロコ。もともとはクロコディランっていうマジヤバいワニの魔物なのだが、変化魔術で人間の(しかも美女の)格好になっている。
こいつは俺と結婚するって言い張ってついて来た。怖い。
そして、二人のその後方でへっぴり腰でついて歩いているフリンジのついた紫色のラッパズボンを穿くサタデーナイトフィーバー的姿の男が、俺だ。
まさか、こんなおめでたい姿の奴が勇者(他称)だとは誰も気づかんだろう。
朝靄の中、大地を踏みしめる。
太陽が茂る木々の間から差し込み、森の緑に濃淡を映し出し、朝露を残した草の上で弾ける。
一見すると大自然満喫ピクニックだ。都会の喧騒を離れ、山奥で新鮮な空気を吸い英気を養う。排気ガスだらけの都会から見ればなんてネイチャーでロハスな空間なのだろう。空気は澄んでしっとりした森の匂いが充満している。
でも、昨日からずっと新鮮な空気を吸いすぎてもう逆に体に悪いよ。早く排気ガスが充満する我が国に帰りたい。そしたら、まず何しよう。彼女にも会いたいけど、何よりうまいもんが食いたい。ラーメンがいいな。最近、鳥白湯スープのうまい店を見つけたんだよな。あそこ行こう。
……なんて、ずっと密林を歩き続けたから頭がぼーっとして、わけわからん思考回路になったりする。
「みなさん、見えました!あの洞穴が
張り詰めたフィリスの声にハッとして、頭のモヤが晴れた。
森の奥にポッカリと口を開けた巨大な洞穴が見える。あそこに村を襲った狼男たちが、わんさかいるんだな。ちょーいきたくねえ。
「大丈夫です。私の魔術とクロコさんの怪力があれば、すぐ撃退できます」
俺を安心させるようにフィリスは言うが、やはり緊張する。足にも自然と力が入る。
フィリスを先頭に忍び足で洞穴へ近寄る。
人影はない。
「敵はいる?」声を潜めて聞くとクロコが「わからないけれど、あの広さだとかなりの人数が隠れていても不思議じゃないわねぇ」と不安になるようなことを言う。
「何人いようと構いません。叩きのめして村の物資を取り戻しましょう!」
「結構武闘派なのね、フィリスは」
クロコが心なしか嬉しそうに言う。
「国を荒らす者が許せないだけです。根絶やしにしてやる……」
メラメラやる気出しちゃってるフィリスに思わず苦笑いが出る。
「ささ、流空様はこちらで待機していてください。これ以上近づいて私の魔術の巻き添えになると大変ですからね」
「そ、そうだな。そうさせてもらうよ」
言われるままに、岩場の陰に身を潜めた。
怖い怖い。やる気満々だよ。
「ダーリン、安心して。すぐにやっつけて戻ってくるからね。」
クロコが黄色い瞳を片方閉じて唇を突き出す。
「わ、わかったから、早く行ってくれ」
しっし、と手を振り身近な危険を追い払い、俺は洞穴の中がかすかに見える位置で身を屈めた。
「流空様。もし、敵が襲って来たら、あの光の剣で撃退してくださいね」
クロコを相手に出した勇者の証、光の剣。初めて出した時はちょっと感動したけど、クロコには簡単にかわされたし、剣を出せたところで俺に武術の心得がないんだから、頼りにはならないんだけどなぁ。
俺は不安を胸に、とはいえ泣き言を言っていられる状況でもないので、黙って成り行きを見守ろうと唇を固くとじた。
「では、クロコさん。準備はいいですか?」
「いつでもオッケーよーん」
「では、行きます!……我がアバリール王国の近くで好き勝手やってくれちゃって。見てなさい。皆殺しよ」
うふふ、と闇な感じで薄ら笑いするフィリスの両手がバチバチと雷光を放っている。既に臨戦態勢。魔力も一晩明けて充分に魔力も回復したみたいで、ザクザク洞窟の入り口に向かっていく。
全然警戒しているように見えないんだけど大丈夫なのかな。戦闘に疎い俺ですら彼女の無警戒さを不安に思ったのだが、フィリスはすうっと大きく息を吸雨と、あろうことか大声をあげたのだった。
「こらー!
正攻法にもほどがあるぞ。何故にわざわざ自分の存在を知らせたんだ。不意打ちをしろよ不意打ちを。
「なんだなんだ?」「フィリスだと」「アバリールの王女が?」
ほら、言わんこっちゃない。ゾロゾロ出てきたよ。毛むくじゃらの獣人どもが。
十人以上はいそうだ。あんな大人数相手に大丈夫なのか?
不安に思って見ていると、フィリスは両手を洞穴に向けてかざした。
「一撃必殺!神の
響く声のあと、大気が弾けるような閃光がフィリスの手のひらから放たれ、暴れ狂う光の龍のような光が洞穴に突き進み、濁った破裂音が鼓膜を揺らした。
うわっ!ビリっときたぞ!
遠くで控えているのに、全身に電気が走るような感覚に気を失いそうになる。
閃光に目をやられ、振動に耳をやられた。後方で控えていてもこれだけ影響があるんだから、そんな魔術をまともに打ち込まれた魔物どもはたまったもんじゃない。
クラクラする頭を振り目を凝らすと、やっぱり。
狼男達は全身を痙攣させて倒れていた。その周辺の大気には稲妻の残りカスみたいなのが、ビリビリと空気を震わせて、弾けては消えている。
「す、すげぇ。めちゃくちゃ強いじゃん」
素直に感動した。
一撃でほとんどの魔物を吹き飛ばしたのだ。
「く、くそぉ!人間め! 許さんぞ!」
何匹か生き残った狼男達が、よろよろと立ち上がると、怒りの雄叫びをあげてフィリスに襲いかかる。
「……甘いわよぉ!」
躍り出たクロコが大剣を横薙ぎに振るうと、刃は空気を切り裂き、獣人どもを纏めて真っ二つにした。
ほんの一瞬で二人は狼男達のアジトを壊滅させてしまった。
おいおい、あの二人がいれば、ラーマ神殿までも楽々たどり着けるんじゃないかな、などと楽観的に思うほど鮮やかな勝利だった。
正直、ちょっと感動したこんなに強いんだ、この人たち。
よし、安全も確保されたことだし、二人の元へ行こう、と立ち上がった時だった。
「アジトが、めちゃくちゃにされてやがる……」
すぐ近くで声が聞こえて慌てて振り向くと、洞穴の中にいた魔物よりも一回り大きく獰猛そうな狼男がアジトの方を向いて唖然とした顔をしていた。
濃い藍色の毛が生える体には幾つもの古傷。片目は刀傷で潰れている。
これってもしかして。
あれじゃね? ちょっと外出してたボスが戻って来たっていう状況じゃね?
全身が固まる。でも幸い、まだ俺には気づいていなさそうだ。ここはそーっと逃げよう。
前かがみになってできるだけ音を立てないように一歩、踏み出した時。
「おい、そこのおめでたい格好の人間」
視線も寄こさずに話しかけられ、ひーっ!ってなる。そりゃ確かに服装はバカ丸出しだけどさ。
「てめぇらの仕業か?」
ぎろり、と鋭い視線が俺を刺す。
「えっと……。いやぁ僕は全然関係ないっていうか、あそこの二人が勝手にやったことと申しますか」
ごにょごにょ言いながら、無い頭で考える。逃げるにしても相手は狼だし俺より絶対に足は早そうだし、戦うにしても光の剣を出す余裕もねえ。
やばいな。どーしよ。
「そうか。てめえは関係ねえのか。なら行け。あそこの女どもは食い殺すが文句はねえな?」
「……はい。どーぞどーぞ。全っ然、僕とは無関係なんで……。ははは。では失礼いたします」
ヘコヘコ同意して、振り返らずに歩く。どうだろう。フィリスたちならこのボスも倒せるよね。俺より絶対あいつらのが強いんだもん。だから、俺がちょっと戦略的撤退をしてもいいよね。だって、俺には勝てないもん。
でも、さすがにちょっとかっこ悪すぎるんじゃないか。さっきフィリスたちはあんなにかっこよく鮮やかに敵を倒したってのに、俺は逃げるのか? 俺は勇者なんだってフィリスもクロコも言ってるし、光の剣を出せばこいつだって倒せるかもしれないぞ。
心臓はドックンドックンいっている。冷静な俺は「おい、お前。やめれ、フィリスたちに任せろ」と言っている。でも、俺の中のほんのちょっとしかない男気と勇気が言うんだ。「女に任せて逃げる奴がいるか」って。
震えながら、立ち止まる。
必死に深呼吸をして心を落ち着かせる。
念じろ。心に。光の剣だ。あの光の剣を出してこの狼男を倒すんだ。俺は勇者だってみんな言ってる。なら、やれるはずなんだ!
恐怖を押し殺して振り向く。
「どうした? 人間。女を見捨てて逃げるのではないのか?」
嘲笑う狼男の鋭い牙が口の端から覗く。足が震える。けど、俺は!
「お、俺は勇者だ! デルアの村から盗んだ食料、返してもらう」
震えながら口を開く。
「デルアの村から……? なんのことだ?」
「と、とぼけるな! 村の人は皆、困ってんだ!お前を倒して。なんか色々取り返す!」
セリフはあまりかっこよくなかったが、言い切って両手に力を込める。昨日と同じように。心に念じる。光の剣よ! 俺に力を!
目を閉じ小さく息を吐く。両手がじんわりと温まり、まばゆく輝き出す……。
はずだったんだけど、何にも起きない。
「……あれ?」
「どーするって? 人間よ」
おかしい。なんで? 光の剣! 出ろよ! 昨日はでたじゃん! どうゆうこと! 気まぐれ? 気まぐれオレンジロード?
「さっきの威勢はどうした人間。俺を倒すのではないのか?」
でないよ! 剣! どーしよ! マジで! やばい。こりゃ絶体絶命だよ。もう覚悟を決めるしかない。
「こ、こうなったら、最後の手段だ……」
息を深く大きく吸う。そして、一気に叫ぶ。
「フィリスぅー!! クロコー!! 助けてー!! ボスっぽいのがいるよー!!」
叫んだ後は、一目散に駆け出す。
「あ、てっめえ! 男の風上にも置けねえ奴だな!」
「うっせー! バーカ! あの二人ちょー強いんだぞ! ボコボコにされちまえー!」
捨て台詞を残して全力ダッシュ。方角的にフィリスたちとは逆方向に走り出してしまったけど、そこは仕方ない。あとで合流しよう!
とりあえず退避だ戦略的撤退だ!
あとはまかせた!
なんとかしてくれよ!
後ろ目にちらりと覗くと、フィリスとクロコがボスに向かって駆けていた。
ちょっと我ながらかっこ悪いな、とは思いつつ森を駆ける勇者であった。
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