【エピソード4 第9話】

「ごめんくださーい。そーんちょー! 村長はいますかー?」


 引き戸を開けフィリス叫ぶ。


「おお、フィリス王女ではないですか! どうされたのですか!? こんな辺境の地に!?」


 出てきたのは禿頭の老人。村の長らしく威厳がある佇まいだが、着ているものは煤汚れているし、どこか疲れた顔をしている。


「村長、どういうことですか!? 畑が何者かに荒らされているようですが」


「ご覧になられましたか……。実は、魔物に襲われ大事な作物が全て奪われてしまったのです……」


「そんな!? この地方には凶悪な魔物はいないはずです!」


「それが、狼男ウルフィアンの集団が突然現れて、貴重な農作物や家畜を奪っていったのです……」


「お、狼男? マジで?」


 狼男って言ったら、あれだろ。全身毛むくじゃらで、満月の夜とかに主に出てくる感じのヤバめのやつでしょ。そんなのがいるの。この世界。野蛮じゃん。ザ・野蛮ワールドじゃん。


「なるほど。あいつらね。ここ最近噂になっていたわ」


 クロコは狼男のことを知っていたみたいで、「面倒なことになったわね」とため息をついている。

 こりゃ想像以上にとんでもねえ世界に来ちまったのかもしれないな、と元ワニ女のクロコを見て思った。そうだ。こいつも元はワニだ。この世界は変な生き物のオンパレードなんだ。やっべ。より一層早く帰りたくなったぞ。


「フィリス王女、この方々は?」


「あ、そうでしたね。ご紹介します。こちら、異世界から召喚しました勇者の流空様と旅の途中で仲間になられたクロコさんです。どちらも信頼できる仲間です」


「おお!勇者様! あなたが勇者様なのですね! なんだか頼りなさそうですが、頼りになるんですよね!? お願いです! 奪われた村の大切な家畜や野菜を取り戻してくだされ!」


 ガシッと手を取られ涙目で嘆願される。まてまて、勝手に話を進めなさんな。話が違う。俺は帰りたいっちゅうねん。ここはちゃんと伝えよう。俺は目をそらしながらも口を開いた。


「えっとですね、僕はラーマ神殿というところに急いでまして、ちょっと寄り道はあまりできない状況と言いますか、なんというか……」


「勇者様!  狼男たちは言葉を喋っておりました! 人語を操るなど低級の魔物ではありません。魔王の手先かもしれませんぞ!」


「あの、村長さん。人の話聞いてます?」


「狼男どもは北の洞窟を根城にしているようです! 何卒、よろしくお願いします!」


「全然聞いてないんですけど、この村長さん。フィリスなんとか言ってよ!」


「魔物がこの村の近くをウロウロしているなんて、アバリール国の王女として見過ごしてはおけません!」


「うそぉーん」


「作物も取り返したいですし、なにより懲らしめたい! 我々人間の土地で無法を働いたら、どうなるか、体に教え込んでやる。村長、私たちにおまかせください。その狼男たちはこのフィリスと異世界から召喚いたしました勇者流空様でギッタギッタのメッタメタにしてまいります!」


「ちょっと待てーい! 何をヒートアップしとるんだ。俺は帰るって言ってんの!ラーマ神殿目指すの! 魔物と戦ってる場合じゃないっしょ!」


 こいつ嫌いだわ。見境無くなるタイプだ。かなり面倒くさいかも。


「ですが、勇者さま」くるりとこちらを見て、耳元に口を寄せるフィリス。


「……狼男を退治して食料確保しないと、ラーマ神殿まで約一週間の間、飲まず食わずで旅をすることになります。現実的に考えて無理です」


「うぐっ! そうなのか……」

 

 なぜこうも、横槍が入るのだ。思い通りにいかないのが腹立たしい。


「勇者様、大丈夫です! 大魔術士である私と、怪力のクロコさんがいれば、そんなチンケな狼男などは一網打尽です!勇者様は後方で私達の大車輪の活躍をのんびり鑑賞して頂ければと思います!」

 

 自信満々に胸をそらしてフィリスはいう。 


「そーよ。ダーリンは私の活躍をうっとり見ていればそれでいーわよん」


 クロコも胸を強調するように肩を揺らしてウインクしている。


「お願いします! 勇者様!」


 ハゲ村長が手を組み、目を輝かせている。ったく。輝かせるのは頭だけにしとけよ。


「わかりましたよ。その北の洞窟とやらに行くことにしますよ。……でも、その前に一つだけ頼みがあります」


「なんでしょうか。勇者様の頼みでしたら、なんとか私共も期待に応えたいところではありますが、ご覧のように村の物はみんな狼男に奪われてしまいまして……」


 村長が慇懃に笑って手をこねているが、俺は村に着いたらいの一番にしたいことがあったのだ。飯より、風呂より、まず。第一に。


 それは……。


「何か穿くものをください!!」


 あー。恥ずかしかった。ようやく股間のスースーする状況から抜け出すことができる。地味にスルーされてたけど、ずっとフィリスのローブを腰に巻いてたんだよ、俺は。

 目立たないけど、歩くの辛かったんだからな。


「ズボンですか。わかりました。勇者様にはこの村に伝わる聖なるズボンを差し上げましょう!」


「聖なるズボン。これほどまで全然そそられない『聖なるもの』もないな……」


「何をおっしゃいますか! 魔力を編み込んだ防御力満点のズボンですぞ。ささ、いま出しますからちょっと待ってくだされ」


 そう言って、ごそごそタンスの中をあさり始める村長。お前のパンツと一緒にしまわれてるもんを穿かされるんか、俺は。


「さあ勇者様! 受け取ってくだされ。これが聖なるズボンです!」


 手渡されたのは、お星様マークが散りばめられた紫色ののラッパズボンだった。ひらひらたなびくフリンジまでついてやがる。

 はっきり言って、ダサい。


「こ、こんなん穿いて魔王が倒せるか!!」


「きっと似合うと思いますぞ」


「私も似合うと思います! 流空様!」


「ダーリン。早く穿いてみて。きっと似合うわ」


 まじか、こいつら。この世界の美的感覚どうなってんだ。こんな目立つもん穿きたくないわ。


「お気に召しませぬか。ならば仕方ない。お貸しできるズボンはこれのみですじゃ。ささ、返してください。村の宝ですから」


 ちくしょう。背に腹は変えられないか。


「わかりましたよ。借りますよ!」


 くそう。なんでこんな世界にまで来て、恥ずかしい思いをしなきゃいけないんだ。


 いいことひとつもねえぞ、この世界!!


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