【エピソード4 第8話】

「あれが、デルアの村です。無事にたどり着けてよかったですっ!」


 ぐったりしながら顔を上げると、夕日が森の向こうに沈みかけていた。フィリスははるか先を指差し、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。さっき崖から滑り落ちたというのに彼女は元気だ。くたびれた身体を引きずっている俺とは大違いだ。


 不本意ながらワニの怪物クロコディランを仲間に加え、崖の下で奇跡的にかすり傷一つ追っていないフィリスを回収し、歩くこと1時間。俺たちはようやく今日の目的地の村に着いたのであった。


「もうくたくただよ。とりあえず宿かなんかで休みたいんだけど」


 俺がげっそりして言うと、隣のワニ女が身を寄せてきた。


「ね。あたしも早くダーリンと一緒のお布団でお休みしたいわぁん」


「やめろ! 気色悪い! 別室に決まってるだろうが!」


 慌てて飛び退く。ああもう本当にどうにかしてほしい、このワニ女。仲間になったことで、とりあえず命の危険はなくなったわけだけど、身の危険は全然なくなってない。


「あの、クロコディランさん。あなたが悪い人ではないことは承知いたしましたが、やはり、その姿で村に入るのは目立ちすぎるのですが……」


 クロコディランの巨体を見上げてフィリスが言う。クロコディランが仲間になると言い出した時、さすがにフィリスは反対するかと思っていたんだけど、クロコディランの話を聞くと、あっさり仲間入りを認めた。

 なにやら、勇者には龍のお供がつくのが伝説らしく(いや、クロコディランは龍っていうより下品なワニって感じなんだけどね)勇者を守るという共通の目的のもと、一緒に旅をしましょう、となってしまったのだ。


「フィリスったら、あたしたちはもう仲間なんだから他人行儀な呼び方は止してよ。クロコちゃんもしくはクロちゃんって呼んでよぉ」


 クロコディランはさっきまで敵対していたフィリスに対して、もう友達みたいにフランクな感じで話をしている。図太い神経だ。

 フィリスの方が気を使っている気さえする。


「わかりました、クロコさん。ですが、申し訳ないことに、この村は辺境の村なので王都と違って種別差別がまだ残っています。要らぬ混乱を起こす可能性もあるので、一旦、ここで待っていてもらえないでしょうか。村人に色々と事情を説明し、了解を得てからクロコさんにも村に入ってもらう、という形でお願いできればと思うのですが」


 確かに、そりゃそうだ。ワニだもん。馬鹿でかい歩いて喋るワニ。肉食。うん、こんなやつ引き連れて人間の村に行ったらとんでもないことになるでしょ。


「ふふふ、そう言うと思ってたのよ。大丈夫。実はあたし、変化魔術が使えるの」


「ええ? 本当ですかぁ!?」


 急にテンションが上がるフィリス。


「変化魔術? なんだそれ?」


「変化魔術というのは自分の身体を変形させる高等魔術ですよ! 一流の魔術士でも成功率が低い禁断の秘術ですっ! どうしてクロコさんが使えるんですか?」


「うふふ、嬉しい反応ね。でもね、あたしが使えるのは当然といえば当然なのよ」


「そうか、聞いたことがあります! 異種配合で子孫を残すクロコディラン一族には禁断の秘術があると! それが変化魔術なんですね!」


「その通りよ。ま、言葉で説明するより見てもらうのが一番手っ取り早いわね。早く村に入りたし。じゃ、行くわよー」


 両手を空に伸ばしたクロコディランの体が輝き始める。


変幻体躯メタルモル・フォルテット!」


 天高く叫ぶとクロコディランの体がまばゆい光に包まれた。

 光のシルエットがクルクル回る。巨大な体がグググと縮こまり、厳つい肩も腕も細くなり、長い尻尾もしゅるしゅると消えていく。突き出た顎も牙も引っ込み、頭頂部からは髪の毛が波打つように生えた。

 オーロラのような光が身体を駆け抜ける。


 すごい、魔法少女の変身シーンみたいだ!

 元がワニだからちょっと気色悪いけど。


 光がおさまると、そこには水着みたいな露出の多い鎧を身にまとった女戦士が立っていた。


「ね? すごいでしょ。これが変化魔術よ。どー? どこからどう見ても人間の、しかも美人のお姉さんでしょ? うっふん」


 クロコディランは体をくねらせて悩ましげなポーズをとる。確かに胸もお尻も大きく、アメリカンな感じのダイナマイトボディではある。とはいえ、馬鹿でかいワニの図体から縮こまったとはいえ、俺よりも圧倒的にでかいけど。


「ま、まあ。シルエット的には人間に限りなく近づいたけど……。威圧感がすごい。それに、肌の色とか目の色は元のワニ状態と変わらないんかい」


 そう。肌は緑だし、瞳は黄色だし、ウエーブがかった長い髪は血の色のように赤い。声もハスキーな感じで中性的で、人間というよりは魔族っぽい。


「コラ! もうダーリン、肌の色や目の色で差別しちゃダメよ。そういうの色々問題あるのよ」


 ぷくっと頬に空気を入れて怒ったふりをするクロコディラン。両手を腰にまで添えて、ぶりっ子かお前は。

 しかも変身したせいで無駄に美人なのが腹立たしい。元は厳ついワニのくせに。


「でも、すごいです、クロコさん! 私、変化魔術なんて初めて見ました! うん。これなら、村に入るのも大丈夫そうです。では行きましょう!」


 フィリスは高等魔術を見ることができたからか興奮した面持ちでいるけれど、村の人間からしてみれば、ワニの姿もこの姿も異常だと思うんだけどな。いいのかな。


「大型人種なんかはクロコさんくらいの身長の方もいらっしゃいますしね。多少は奇異の目で見られるかもしれませんが、元の姿に比べれば何倍もマシです」


「そっか。フィリスが良いっていうなら俺はどっちでもいいけど」


 俺としてもさっさと宿屋なりにつきたいので、そこらへんはスルーして村へ向かった。もし村人にクロコが魔物扱いされて袋叩きにあっても、俺には問題ないしな。


 森を抜けて木のフェンスがぐるりと集落を囲う村に足を踏み入れる。

 だだっ広い平らな土地にぽつんぽつんと住居らしき木造の小屋と広い畑が点在している。田舎の農村って感じの小さな集落だった。


「なーんか、とっても貧乏くさい村ねぇん」


 クロコが高い背で村を見渡してる。確かに飾りっ気の一つもない村だ。


「田舎ですからね。自給自足が基本の、のどかな村ですよ。でもね。ここの農作物やエベル豚はとても美味しく、高級食材として我が国でも人気があります」


 観光ガイドよろしく人差し指を立てて自慢げに説明するフィリス。


「じゃあ美味いものがいっぱいってわけだな」


 そんな話を聞くと腹が鳴る。そういえばあれだけ歩かされたというのに、何の栄養補給もしていなかった。なんでもいいから何か食いたい。


「今晩はご馳走にしましょう! そうです。アバリールの王女である私が来たとなれば、村をあげて歓迎してくれるはずです」


 えっへん、と胸をそらせてフィリスが言った。


「それは嬉しいわねぇ。あら。でも畑がみんな空っぽよん?」


 クロコが小首を傾げた。

 言われて見てみると確かになんだか畑はでこぼこで、根こそぎ刈り取られたみたいだった。


「そんなわけありません。今の時期はザッキーノにマルン、ガガリモなんかも採れる時期ですから……。って本当だ! なにもないじゃないですか!!えー!?なんで!?この前の報告書には作物は順調に育ってるって書いてあったのにー!」


 よほどショックだったようでフィリスが頭を抱えている。


「何かあったのかもしれません! ちょっと村長に確認しましょう!」


 フィリスが猛ダッシュでかけていく。仕方ない。追いかけるか。


 俺たちは村の真ん中にある村長の家に行くことにした。


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