【エピソード4 第7話】
全力だ。道などない藪の中を無我夢中でかける。
突き出た枝が足や手を斬りつける。
でも、スピードは緩めない。
止まったら終わりだ。ガチで。
「待ってぇーん。ダーリンっ」
ドシンドシンと地を鳴らし木々をへし折りながら走るワニ女の気味の悪い声が追いかけて来る。
なんでこんなことになっちゃったんだよ!
なんか俺悪いことしたのか!?
彼女とラブラブなひと時を過ごしていただけじゃねーか、それがそんなに罪深いことか!?
こんなわけのわからない世界に召喚されて、わけのわからないバケモノに襲われて、もー!!
なんなんだよ!!
半べそで駆けていたが、木の根に足を引っ掛けてしまった。バランスを失い、顔面から盛大に転げる。受身も取れずに顔面強打。
クラクラする。けど、早く立ち上がらないとまずい。
「あーら、ダーリン。追いかけっこはおしまい?」
息ひとつ乱れていないクロコディランの声が背中越しに聞こえる。
立ち上がりたいのに、身体が思うように動かない。
くそー、ワニだぞ!デカイ、喋る!なんだってんだよ!
もう嫌だ。帰りたいよ……
(……勇者様、……勇者様!)
絶望にくれて、もう全てを諦めようかと思った、その時。
かすかに声が聞こえた。
な、なんだ? 誰だ?
どこからともなく俺を呼ぶ声。俺は気づく。
この声はあの子だ! フィリスだ!
フィリスの声だ。でも、どこだろう。視線を巡らせるが視界に彼女の姿は捉えられない。
「フィリス……!? どこだ!? どこにいる!?」
(魔術で心の中に直接話しかけています)
フィリスの声は意外にも元気そうだった。
(すみません、転んで崖から落ちちゃいました。えへ)
「えへ、じゃないよ! こっちはピンチだよ!やばいよ!」
(大丈夫です……。異世界から召喚された勇者様には、秘められた力があるはずなのです……。その力を解放すれば、クロコディランなど敵ではないはずです!)
「んなこと言われたって。どうすりゃいいんだよ」
(念じるのです、心に強く。そうすれば、何か起こるはずです……。あ、すみません、魔力が安定しないので、音声が……乱れ……て……)
電波が届かない電話のように、フィリスの声がとぎれとぎれになる。
「おい! ちょっと待て! 念じるってどういうことだよ!」
すごい曖昧な情報を手渡されたけど、どうすりゃいいんだよ。
慌てて叫んだのだが、もうフィリスの声は聞こえない。
代わりに、巨体が地を踏む足音が耳を震わせた。
「どうしちゃったのぉ。独り言なんか言って。大丈夫よ。痛いのは最初だけ。スーグに快感にしてあ・げ・る」
俺を見下ろし、ハートマークが飛び出そうなウインクをしてクロコディランが笑う。
まずいまずい、やばいって。
このままじゃヤられる。想像もしたくない地獄が待っている。助けてくれ、おっかさん。
念じろってフィリスは言うけど。何を?
てか、念じるってどーゆー感覚だよ!お経でも唱えりゃいいのか? なんまんだぶってか?
いやいや、ちげーだろ、わかんねえけど、とりあえず、ぎゅっと目を閉じて心に強く願おう。何を。世界平和を? 違う、あれだ。まだ、死にたくないってことを!
よーし、久しぶりに使うわ。
『一生のお願い』
叶ったためしはないけど、ここで使うから、なんか、秘めた力! お願いプリーズ!
全神経を集中して、神様仏様八百万の神々様に祈る。すると、それに呼応するようにブワッと胸に熱風が吹き込んだ。
なんだ、この感覚は。
不思議な力が全身を包む。
熱が体を支配したと思った瞬間、胸のあたりから眩い光の玉が現れた。まるで俺の体から湧き出てきたみたいに。
「うぉ!? なんか出た!!」
「な、なんですって!? あなた、魔術が使えたのぉ!?」
クロコディランも驚いた様子で叫んでいる。
無我夢中で、その光の玉を両手で掴む。
暖かい。心の中まで温まるような、そんな優しい光だ。
恐る恐る光の中に手を入れてみる。温かい液体に手を入れる。じんわりとした心地よさを感じながら手を中心に向かわす。
光の中心にて指先が固形物に触れた。触れた瞬間、光が凝縮するように掌に集まってくる。
一思いに掴むと、光は一気にエネルギーを放出し、形を変えた。
あっという間に、光の剣が目の前に現れたのだった。
「こ、これは……」
握りしめた光の剣を凝視する。
ジリジリと大気を焦がすプラズマを発生させている光の刃。軽い。光の剣はまるで重力を感じさせない代物だった。軽い、軽すぎる。
しかも、この剣を手にした途端、さっきまでの恐怖心が嘘のように消えた。
体に勇気と自信がみなぎっていくのがわかる。
「そ、それは!? ダーリン、まさか、あなた伝説の……。勇者だっていうの!?」
クロコディランの黄色い目が大きく見開かれる。彼女の驚いている表情を滑稽だと思える余裕すらある。
「どうやら、そうみたいだぜ」
おいおい、自分でも不思議なくらい、気障ったらしいセリフがするりと口から滑り落ちたよ。
クロコディランは明らかに狼狽えている。飛びかかるなら、今しかない。
なんの躊躇もなかった。俺のどこにそんな勇気があるのか自分でも理解できなかったのだが、今しかないと思った瞬間に光の剣を握りしめ、クロコディランに飛びかかっていた。
「でやぁ!!」
全く重みのない剣は風よりも速く上段から振り下ろされる。一刀両断だ、そう思った次の瞬間。
天地が逆転した。
「う、うわぁ!!」
ぐるりと、世界が回り、俺は背中から大地に叩きつけられた。
一瞬のことで理解できなかったが、どうやら俺はクロコディランにうまいこと投げつけられたようだ。でかいくせにテクニカルな投げ技もあるのね。ちくしょう。
背中に激痛。あまりの痛みに呼吸ができなくなる。
光の剣は右手に握りしめたままだが、その光はあからさまに弱々しくなっている。
声にならず呻く。
万事休す。
異世界の勇者だなんだと、煽られ光の剣を呼び出せたところで、それを使いこなせなければ勝てるわけがない。考えてみたら俺、高校の選択科目も柔道だったわ。剣道したことねえもん。
一瞬でも勝てると思った自分が情けなかった。
心が弱気に支配されると、光の剣は静かに消え失せた。
悔しさと恐ろしさで顔を歪めながら、クロコディランを見上げる。
俺の人生もここまでか……。
諦めかけたその時、クロコディランが膝をつき首部を垂れた。
「異世界より来りし勇者様。ご無礼をお許しください……。私は貴方様を守る盾、クロコディランでございます……」
「……へっ?」
突然しおらしくなられても反応に困るんだけど。
「盾? 何が?」
よくわからないが攻撃もしくはそれに準ずる行為をする気がなさそうなクロコディランの様子に、ビビりながらも尋ねる。
クロコディランは首を垂れたままで答えた。
「遥か昔、この世界が闇に覆われた時、異世界より勇者様が現れ、光の剣をもって闇を打ち滅ぼしました。そして、その戦いにお供させていただいたのが、何を隠そう我々クロコディラン一族なのでございます」
「えっと……。つまり?」
「光の剣を持つ者をお守りする。それが我々の使命です。勇者様が旅をしているというのならば、お供いたします」
なんだか、またしても話が急展開だぞ。つまりなんだ、要するに……。
「な、仲間になるってこと?」
「はい」
うわぁ。そんなことってある?
「……じゃあ俺の事はもう諦めてくれるの?」
恐る恐る尋ねるとクロコディランは跪いたまま顔を上げた。
「それは、それ。これはこれよぉ~! ダーリンの子どもは、あたしのものよぉ~!」
目がハートマークだ。怖い!
「やめてくれー!」
結局、俺は涙目で逃げ出すハメになった。
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