【エピソード4 第3話】
「急いで!」
少女は俺の手を握ったまま通路へと駆ける。
「逃がさないわよぉ~。ダーリン!」
よだれを垂らして、クロコディランなる化けワニも追いかけてきた。
「な、なんか既にダーリンって呼ばれてるんですけどぉ!」
「勇者様も罪な方ですね!」
誰が罪な方だ!
必死で走る。突き当たりを曲がって、崩れ落ちた門の跡を走り抜ける。
後ろを振り向く余裕などない。捕まったらジ・エンドだ。オス奴隷にされる。そんな恐ろしいことあるか!
ってかこの状況はなんだ!
なんの説明も聞いてねえぞ! 不親切すぎねえか!? こういうのって、初めにちゃんと丁寧親切になんでも説明してくれるもんじゃねえの?
段取りを踏め!
まず説明をしろ! 説明を!
「死んじゃったら説明できませんから! とりあえず逃げるんです!」
……うぐ。まあ確かに正論だけど。
手を引かれるままに走り回る。
が、一向に建物の外に出れない。巨大な神殿のため、通路も部屋もいちいちデカイ。だからあの化け物も平気な顔して追いかけてくるんだ。マジやばいって。
同じような薄暗い通路を右に左に走り続ける。息が上がる。この子、足が速い。ついていくのがやっとだよ。
ゼエゼエ言いながら走っていると少女が当然立ち止まった。
「……しまった、行き止まりです!」
「どわっ! なんだって!? ど、どどうすんだよ!」
少女の小さい背中にぶつかりそうになりながら慌てて足を止める。前方の壁が崩れて通路を寸断していた。
これでは、先に進めない!
あの化け物が来るのも時間の問題だ。
「あっ、勇者様、みてください! あそこから外に出れます!」
少女は頭上を示す。見ると天井の一部が崩れており、そこからぽっかり青空が広がっていた。
だが、ハシゴもなければ脚立もない。ジャンプでも全然届きそうにもない。
「いやいやいや、アホアホ! あんな高い所にどうやっていくんだよ!」
「大丈夫です!」少女はそう言いきると白く細い手を空にかざした。
「何してんだよ! あいつ来ちゃうぞ! やばいって!」
「もう、うるさい! 集中できないからちょっと黙っててください!」
一喝されて口をつぐむ。
目を閉じる少女。ぶつぶつと何かを呟いている。すると少女の手のひらが青白い光に包まれた。
「あ、みーつけた。ダーリン!」
耳の中を舐めまわされるような気味の悪い図太い声。
背後を振り向くと奴がいた。
「ヒィー!! 来たぁ! 嫌だ嫌だ嫌だぁ! 犯されるぅ!」
もう涙目だよ、マジで。俺が何したってんだ。恨むぞ!
隣の少女を睨むと、なんと少女の体は眩い光に包まれていた。
「うわっ!何!? 眩しいっ!」
「跳びます! さぁ」
少女が手を差し出す。
無我夢中でその手を取る。
「
少女が呪文のようなものを唱えると、俺たちの体がふわりと宙に浮いた。
「あーん! 魔術士だったのね! でも、逃がさないわよぉ」
ぶるるっと身を震わせたワニ女は目玉をハートマークにして舌を出しながら、浮かびつつある俺たちに飛びかかってきた。
「キモいキモいキモい!!無理無理無理無理ぃいい!!」
もう錯乱状態で少女の体に飛びつく。
ゴツゴツした緑色の手が俺の足を掴もうとしたその時、何か強大な力に引っ張られるように、俺の体は天高く舞った。
「うわー!!」悲鳴をあげた俺の体は、ほんの一瞬で崩れた天井を抜け大空に飛び出した。
風に乗り、はるかな上空に放り投げられる。
重量から解き放たれる。
少女に導かれ、俺ははるか上空へと舞い上がったのだ。
「ふう……。間一髪でしたねぇ」
見上げるとしがみつく腕の向こうで少女が胸をなでおろしていた。
「と、飛んでる……。まじかよ」
信じられない。俺、空に浮いてるよ。
「覚えてなさいよぉ!」
下を向くと、豆粒ほどの大きさのワニ女がぴょんぴょん跳ねながら叫んでいた。
「こ、怖っ……」
しゃべる二足歩行のワニ。でオネエ口調。突っ込みどころがありすぎて何も言えないよ。
でも、とりあえず、一難去ったというところか。ちょっとだけ心に余裕ができて、改めて自分の置かれている状況を考える。
……さっぱりわけがわからん。
地上を見下ろしてみる。どうやら俺は深い森の中にある遺跡か何かにいたみたいだ。古ぼけた白く荘厳な建物が遥か下界に見える。しかし、それ以外は緑。地平線の彼方まで緑。
一体、ここはどこで、俺はどうなっちゃったんだろう。
夢ってわけでもなさそうだし、なんなんだ。
ともかく一命は取り留めた。状況は全くわからんけど、とりあえず一命は取り留めた。それでよしとするか?
でも、こんな上空に浮かんでいるのは正直言って怖い。高いところ苦手だよ。
ずり落ちないように、しっかりと少女の細いウエストに足を絡みつける。
「それで……。君は誰なんだい?」
聞く。抱きついている少女に聞く。命の恩人である彼女の顔を見ると、真っ赤に頬が紅潮している。
どうしたんだろう。こっちはようやく顔を見る余裕ができたってのに、この子なんか震えてるぞ。
けど、めちゃくちゃ可愛いな、この子。銀髪のポニーテール。青の瞳。キメの細かい綺麗な肌。てか、距離が近い。……そりゃそうか、慌てて飛びついちゃったんだから。いやはや、とっさのこととはいえ、まるで抱き枕に抱きつくようにしっかり両足で彼女の体を挟み込んでしまった。
「って、あ……やべ」
気づいた。
俺、下半身丸出しだった。つまり俺の『リトルモンスター』が、しっかりみっちゃり、彼女に接着していたわけだ。
俺がそれに気づいたのと、少女が悲鳴をあげるのは同時だった。
「だから裸なんですかぁあ!!」
そりゃごもっともな意見だけど、俺が聞きたい。
なんて言い返す暇もなく、ばしーん!!
と頬を思いっきり叩かれて、俺は宙に投げ出されたのだった。
ってそれまずくない?
「うわぁぁあ!」
下半身丸出しの俺は、真っ逆さまに落ちながら意識を失った。
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