【エピソード4 第2話】
「……いててて。ん? ここは?」
目が覚めたら薄暗い空間にいた。なんだここは。キョロキョロとあたりを見渡す。
石造りの広間だ。廃墟というか遺跡というか、ともかく薄暗くて埃っぽくて、ボロボロ。
とりあえず人が立ち入っていいような雰囲気のところじゃなかった。ひんやりする空気が立ち込めてる。なんだ? ここ、どこだ?
見ると地面から一段高くなった演壇のようなところに立っていて、自分を中心に青いロウソクの灯火がぐるっと円を描くように置かれている。
不気味すぎんだろ、なんじゃこりゃ。
紆余曲折あった末に付き合うことになった幼馴染の女の子に「今日、親が旅行に行ってるから家に来ない?」なんて言われて、心臓ドッキンドッキンしながら飛んで行って、部屋に入るなりシャワーも浴びずにズボンを脱いで……。
それからどうしたんだっけ?
ああ、そうだ。「シャワーくらい浴びてよ!ボケナス!」とビンタされて、吹っ飛んで、タンスの角に頭をぶつけたんだった。
なるほど、言われてみりゃそりゃそうだ。興奮のあまり先走ってしまった。
とほほ。
後頭部をさすってみる。鈍い痛みが残っている。
……で、なんで俺はこんな見たこともない場所に立ってんだ?
記憶を辿ってみても、こんなところに来た覚えはない。なんかイカれた女に金色のハンマーで脳天をぶっ叩かれたような気もするが、あれは夢だろう。
それにしても肌寒い。
って、おわ!!
なんて恥ずかしい格好なんだ俺は。下半身がネイキッドじゃねえか!!
どーりでなんかやたら股間がスースーすると思ったわ!
なんで、俺は可愛い俺自身を丸出しにして、こんなわけのわからない所にいるんだ?
Tシャツにフルチンの変態的な出で立ちの俺。なんなんだよ。誰か説明してくれ、途方にくれるぞ。
「ほ、本当に召喚できた……」
「どわっ!!」びびった。突然の声に驚き振り向くと、薄暗い広間の中央に誰かが立っていた。
「に、人間?」
恐る恐る尋ね目を凝らす。
銀髪のポニーテールの少女がいた。
暗い広間に一人、ポツンと立っていて、演壇の上の俺を見上げている。幽霊とかじゃないよな、足あるよな。
まだ若い俺と同じくらいの歳の少女。十代だろうか、全身をすっぽり覆う白いローブに身を包んでいる少女は緊張した面持ちで口を開いた。
「ご、ごほん! こ、こんにちは。異世界からの
と、まあ暗記してきた文章を読んでいるみたいな調子で話していた銀髪少女だったが、話の途中でだんだん視線が落ちて俺の股間辺りで止まった。
みるみる顔が赤くなっていく。
「……なんで裸なんですかー!!」
顔を真っ赤にした少女は悲鳴をあげると同時にこちらに両手を突き出した。
その瞬間、爆風が巻き起こり俺の体は吹き飛ばされた。
「う、うわぁ!!」宙を待った俺は頭から転げ落ちる。
「……いってえな! 突然なにするんだよ! ゴキって言ったぞ。なんか首の後ろのヤバそうな部分が!」
立ち上がり叫ぶと、銀髪の少女はビクッと体を震わせ、怯えた様子で小さく縮こまった。
……あれ? でも吹き飛ばされたのに全然痛くなかったぞ?
と言うか今のはなんだ?
触れられてもいないのに吹き飛んだぞ。
首に手を当て、少し頭を動かしてみるが、全く痛みはない。なんだ、これ。
ペタペタと身体に異常がないか確かめていると、少女が引きつったような笑い声をあげた。
「ふ、ふはは。案ずるでない。あなたの力を試しただけよ。よろしい。ご、合格! さすが異世界の勇者様。そうでなくちゃ魔王には立ち向かえないものね」
引きつった笑い声をあげる少女のその不思議な単語に首をかしげる。
「異世界の……。勇者?」
「ふふふ、混乱するのも無理はない。……てか私も本当に召喚できるなんて思ってなかったもん」
「ちょっと本音っぽいのが漏れてるぞ。いや、しかし、いったいここはどこなんだ? あんたは一体……」
「説明してあげたいのは山々なのだけど、説明している暇はないのです。一刻も早くここを脱出せねばっ」
少女はどこか焦っているような様子である。……てか俺だって焦るわ。なんだ、ここ。彼女の部屋でいちゃいちゃするはずが、気がつけばこんなわけわからん場所にいて、しかも、女の子の前で下半身丸出しだかんね。どういう展開よ。
「ちょっと、待て。意味わかんなくて俺、混乱してんだけど……。いや、とりあえずなんか穿く物ない?」
前屈みで尋ねる。状況はなんだかわからんが、何はともあれ下半身の防御力0なこの状況だけはどうにかしたい、と思ったのだが、俺の願いを踏みにじるように、神殿全体が不気味に揺れ始めた。
「ああ!もう! ぐずぐずしてるからここを突き止められたじゃないですか!」
少女が頭上を見上げるからつられて俺も頭を上げる。10メートルはあろうかという高い天井。その装飾の施された石造りが音を立てて崩れてきた。
「う、うわー!!」
瓦礫がバラバラと落ちてくる。こういう時って全然対処できないもんで、股間から手を離した俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込むのがやっとだった。
そして、崩れた天井の隙間から、巨大な爬虫類の黄色い瞳がギョロリと覗いた。
「な、な、なんなんだぁ、あれは!?」
「もうやだ。ようやく撒いたと思ったのにぃ」
少女はガクッと肩を落とし、うんざりした様子だ。
「お、おいなんなんだよ、説明しろよ! なんだあのバケモンは!」
何かを探すようにグルグル回る黄色い瞳。目だけでも結構な大きさだぞ。あの爬虫類。
「……魔物です。ずっと追われてたんですよぉ。異世界の勇者様を召喚したらさっさと逃げようと思ってたのに、勇者様が騒ぐから気づかれちゃったじゃないですかぁ」
「お前が俺を吹き飛ばすのが悪いんだろ! ってか、もう何が何だかわかんねーよ!」
頭を抱えて嘆きの声を上げる。
「きゃー勇者様! 手を上げないでください!前が全開ですぅ! 勇者様の《勇者様》がこっち向いてますよぉ!!」
「わっ! ご、ごめん!! てかそんなこと言ってる場合じゃないだろ! あのモンスターはどーすんだよ!」
「私にとっては、勇者様の股からぶら下がってるものもモンスターみたいなもんですよ!!」
「うるせぇ! 何を上手いこと言ってんだ! そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
「確かに! それによく見れば勇者様の方はどっちかっていうとリトルモンスター」
「やかましい!! よく見てんじゃねえ!」
不毛な言い争いをしていると、背後からドスン。と地面が震える音。
恐る恐る振り向くと、崩れた天井から黒い影が飛び降りていた。
「……みーつけた。うっふん。ダメじゃなーい。ここは神聖なゴダール神殿よぉん。勝手に入って騒いじゃダーメ。悪い子ちゃんには、きついお仕置きが必要ねぇん」
四つん這いで着地した巨大なワニのような生き物は、なんと後脚で器用に立ち上がった。バスケのゴールなんかよりもデカイ。まるで特撮映画の怪獣だ。
「ば、バケモン……」
驚きのあまり後ずさりする俺を、巨大なワニの黄色い瞳が捉えた。
「あーら、やだぁ、オトコじゃなーい。しかも上玉。もー。オトコがいるんなら先にいってよぉ。ノーメイクで来ちゃったじゃなーい」
ワニの化け物はくねくねと身をよじらせて、ギザギザの口をいやらしく開いた。
喋ったことにも驚いたが、なんか口調が見た目と合ってなくてちょっと脱力した。
「うふ、なかなか可愛いじゃない。……ンフ。犯しちゃお」
そして、聞き間違いじゃなければ、そりゃすげー物騒なことを言いやがった。
「おいおい、吐息交じりにやべーこと言ってっけど! な、なんなんだ! こいつは!?」
「この魔物はクロコディランと言います。他種族の若いオトコの体を利用して子孫を残すという魔物なんです! 捕まったら最後、とても女の子の口からは言えないような恐ろしい事態が待ってます! 無理やり○○○を×××させられたり、△△△に□□をねじ込まれたり!」
「全部言っちゃってんじゃねえか! 大丈夫か、そんなヤバイこと大声で言って。てか普通は逆じゃね? バケモンに襲われるのはフツー女の子じゃね!? なんか逆じゃねえ!?」
「普通って何ですか? 勇者様の世界は女の子が化け物に卵を産みつけられるんですか?」
「い、いや、そんな世界じゃないけど……、てかなに!? 俺、産み付けられるの!? 卵を!? おぇー!キツイって!」
「あーん、もうバケモンとかキツイとかレディーに対して言う? ヒドいわ! もう決めた! あなた、あたし無しでは生きられない体にしてあげる」
化け物ワニは器用にウインクなんかしてやがる。恐怖だ。
「あわわ」全身に鳥肌が立つ。
「と、いうわけで……。逃げます!!」
駆け寄る少女に腕を取られ、つまずきそうになりながらも走り出した。
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