50話 やっぱり変態だぁぁぁぁ!!
「うぅ……。苦しくてもう動けんのだ……」
「もうっ、あんなに食べれば当然です。加減しないとダメですよ、ステラちゃん?」
宿屋の二階。食事を終え部屋へと戻ってくると、ステラが苦しげな声を漏らす。その顔色は非常に悪い。
当然だ。なにせあれだけの量をほとんど一人で平らげたのだから……。止めたのにそれを聞かなかったステラに、温厚なアリアもさすがに呆れ顔である。
ステラのもう一人の保護者、ヴァルカンはというと、下の階で別れて既に帰宅済みだ。
「これじゃあ歯を磨くことも難しそうですね。仕方ありません、今日はもうネンネしましょう、ステラちゃん」
「うぅ……。ハヲミガク? なんのことか分からんが、今の我にはこれ以上の行動は無理なのだ。なのでもう寝る。我はどこで眠ればいい?」
「もちろんベッドで……って、ベッドのことすら記憶になさそうですね。ステラちゃん、こっちです」
ベッドという言葉にも不思議そうな顔を浮かべるステラを見て、アリアは彼女の手を引き、二つあるベッドの片方へと連れていく。
「おぉ! 何という寝心地! こんなの初めて――うぷっ、ダメだ。それどころじゃないのだ、もう寝るのだ……」
ベッドの上に寝転がると、その心地よさに感度するステラではあったが、その途中で吐き気が上回り、完全に沈黙する。
「さぁタマ。わたしたちも歯を磨いて寝るとしましょう♪」
「にゃん!」
沈黙したステラを一瞥すると、アリアはそう言って、自分の胸にタマを抱き、部屋の隅へと移動する。
この宿には料金が安い割に各部屋に洗面台がある。そして洗面台の上にはコップとその中に大人用の歯ブラシと極小の歯ブラシが入っている。
前者はもちろんアリアのもの。後者はタマのものだ。極小のブラシはタマ用にアリアが特注で作らせたものであり、タマは毎日アリアに歯を磨いてもらっているのだ。
「うぅ〜……、また我を除け者にして強き者と戯れているのだ〜……!」
ベッドから呪詛のようなステラの嫉妬の声が聞こえてくるが、タマの歯を磨くのに夢中なアリアには聞こえていない。
それどころか、「はぁんっ! 大人しく歯磨きされるタマ可愛いですっ♡」などと胸をキュンキュンさせていた。
(ふむ、この振動がなんとも心地よい。相変わらずご主人の歯磨きテクは最高だ)
タマもアリアの丁寧な歯ブラシ捌き、その心地よさにご満悦だ。
自分の歯も磨き終わったところで、いつもどおりタマを抱きしめ、アリアもベッドに潜り込む。
その際に、またもや「ず、ずるいのだ! 強き者と添い寝など……うぷっ……!」と、苦しげなステラの呪詛が聞こえてくるが、タマとのネンネはアリアの一日の最後の楽しみだ。
これも彼女にとって譲れないものである。ステラに優しげな声で「おやすみなさい♪」と声をかけると、タマの体を愛おしげに撫でながら眠りにつくのだった。
◆
その日の真夜中――
――おい、起きるのだ。強き者よ……。
アリアの胸の中でスヤスヤと寝息をたてていたタマの頭の中に、そんな声が響き渡る。
(幻聴……か?)
はたまた夢か? 頭の中に直接響く不思議な声に、タマは寝ぼけた頭でそんなことを考える。
――おぉ! ようやく話すことができたのだ! なるほど〝念話〟であれば通じるのか!
(ッ……!?)
続けて頭の中に響いてくる声。やはり幻聴や夢の類ではない。タマは思わず目を開ける。
――目を覚ましたか! 強き者よ! さぁ、我とたくさん語らうのだ!!
そんな声が頭に響くと同時に、嬉しそうな顔でベッドの前に立つステラの姿が視界に飛び込んできた。
(まさか、この声はステラのものなのか……?)
意識が覚醒して、尚も響く声。目の前にはステラ。そしてなにより、声は彼女のものとそっくりであった。
その事実に、タマの頭の中に「まさか……」と予想が浮かぶ。
――その通りだ! 今、我はお前に向かって念話で話しかけている。お前は言葉を思い浮かべるだけで我と意思の疎通が取れるのだ!
タマの頭に浮かんだ予想に、目の前のステラが大きく頷くと、それと同時にまたもや頭の中に声が響く。
(念話スキル……。噂には聞いたことがあったが実在するとは……。いや、これはまずいのではないか!? 子猫と思われている我が輩が完全に人語を解し、念話とはいえ会話ができるなどとバレてしまっては……!)
この世界には念話スキルという希少なスキルが存在する。そしてステラがその使い手であったことに感心を覚えるタマであったが、その途中で事の重大さに気づく。
タマが念話とはいえ会話ができるということがステラに知られてしまった。もしステラがそれをアリアに話してしまったら……。
タマの知性の高さを不思議に感じ、そこから彼の正体が元人間の転生者である――さらに言えばネコ科動物ではなくSランクモンスターたるベヒーモスであるという事実に辿りついてしまうのでは……。
そんな想像が頭に浮かび、タマの背筋にゾッとしたものが走り抜ける。
――何を狼狽えているのだ強き者よ? 我を屠った時、お前は轟く声で言葉を紡いでいたではないか。
(…………は?)
こいつは……ステラは何を言っているのだろうか? 屠った時? タマの頭の中はさらに混乱する。
もちろん、タマはステラのような美女を殺した覚えもないし、もし殺していたとして、どうして殺された本人がここに立っているというのか。
そんなことを考えていると……。
――ええい! 本当に我のことが分からぬというのか!? お前は迷宮の最奥で我と二度戦い、最後には漆黒の獅子へと変身し、焔の巨剣で我の頭を叩き割ったではないか! 確か自分のことを〝べひーもす〟と呼んでいたか?
(ッ――――!?)
目を見開くタマ。ステラの言葉で、タマの頭の中に、とある日の記憶が呼び戻された。それはひと月前……アリアが魔族ベリルの毒の刃の前に倒れ、その解毒薬の精製に必要な素材、アースドラゴンの目玉を確保するため、タマが単身、そのアースドラゴンに挑んだ日のことだ。
長時間に渡る激闘の最中……。タマはアースドラゴンにこのままでは勝利することは不可能と判断すると、もう元の姿には戻れぬことを覚悟し、ベヒーモス第二形態へと進化することで、今ステラが言った通り、焔の巨剣――《フレイムエッジ》で勝利を収めることに成功した。
さらにタマはその前にも、転生したての頃、迷宮で転移結晶に触れてしまいアースドラゴンの頭の上に転移し、激怒したアースドラゴンと戦った経験がある。
ステラが言う戦いのシチュエーション、それに二度の戦いという言葉……。ここまでの情報が重なれば、こう思うしかない。
(こいつ……まさか――ッ!?)
と……。
――グハハハハハハッ!! 思い出したようだな! そうだ、我はお前が迷宮で倒したドラゴン……その〝転生体〟なのだ!!
タマの頭の中に、高笑いとともに驚愕の言葉が響き渡った。その笑い方、そしてセリフでタマは理解、それと確信した。
自分がステラに覚えていた既視感、それが勘違いなどではなかったこと。また、彼女の正体がひと月前に倒したアースドラゴンであるということを――
確実に殺したはずのアースドラゴンが姿を変えてここに立っているという事態も、彼女の言った転生体という言葉があれば納得がいく。
高位のドラゴン族は、輪廻転生を繰り返し、記憶を保ったまま幾千もの時を過ごすと言われている。
中には、別の種族に転生する場合もあると、タマは話に聞いたことがあった。
――お前に屠られた後、我の意識は再び暗闇――迷宮の中で覚醒した。そして理解した。我はドラゴンの身であった頃、自分の持っていた〝古代スキル〟《リーンカーネーション》によって人間の体に成体転生したのだと……。
タマがドラゴンにまつわる伝承を思い出していると、ステラからそのような念話が送られてくる。
――アースドラゴン、貴様の目的はなんだ? 我が輩への復讐か? ならば相手になるぞッ!
タマはアリアの胸から静かに抜け出すと、可愛らしい瞳を鋭く細めてステラ――アースドラゴンを見据え、毛を逆立てる。
美しい乙女に転生しているとはいえ、その正体は自分が屠ったかつての強敵。復讐心を胸に抱いていてもおかしくはない。
――ま、待つのだ強き者よ! 我はお前に敗れ、完全に屈服した。戦う気などないのだ!!
――何……? では何が目的だ?
――言ったはずなのだ! 我の目的は強きオスであるお前とつがいになり、子をもうけることだ! お前は初めて我が強者と認めた者、我を孕ませるのにふさわしいオスなのだ! だから……。
「お前のズキューン! を我のバキューン! にバビューン! するのだぁぁぁ!!」
「にゃぁぁぁぁ(うわぁぁぁ!? やっぱり変態だぁぁぁぁ)!!」
念話の途中で声を張り上げて、襲いかかってくるステラ。
恐怖のあまり、タマは悲鳴をあげる。
夜の迷宮都市に、子猫の絶叫が響き渡る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます