49話 メロンサンドと嫉妬の嵐
「おぅ? なんだこの匂いは!? 我の食欲をものすごく刺激するぞ!!」
湯浴みを終え、部屋へと戻ってきたアリアたち。その頃にはヴァルカンも買い物から戻っており、ステラは用意された服を着て、その着心地の良さに目を見開き驚いていた。
そんな時だった……。ステラが部屋を見渡し、クンクンと鼻を動かし声を上げる。
「この匂いは、多分〝ハラミの燻製〟ですね。そろそろ夕刻ですし、わたしたちもごはんにしましょうか」
「ハラミノクンセイ……? それがこの匂いの正体なのか? どうすれば食べることができる!? そのハラミノクンセイとやらを倒せばいいのか!?」
匂いの正体は、この宿の一階にある酒場特製の燻製肉が焼きあがったことにより生じた煙によるものだった。
「大丈夫にゃ、ステラちゃん。敵を倒さなくてもごはんは食べられるから落ち着くにゃん」
「ふふっ、お肉の匂いでこんなに興奮しちゃって……。ステラちゃんったら可愛いです」
アリアたちに出会うまでの期間、恐らく迷宮でサバイバル生活を送っていたであろうステラ。
記憶のない彼女であれば、食事は敵を倒して得るものだと勘違いしていてもおかしくはない。
その辺りを察したヴァルカンは、そんなことをしなくても大丈夫だと、ステラを優しく宥める。
アリアは見た目は自分よりも年上には見えるが、中身は幼子のようなステラに愛らしさを感じるのだった。
「ステラちゃんが気になっているようですし、今日は一階の酒場で食べることにしましょう♪ ヴァルカンさんも一緒に食べますよね?」
「もちろんにゃ! ここのごはんはギルドの酒場に引けを取らないくらい美味しいにゃ!」
足元に佇んでいたタマを胸に抱き上げながら、アリアが提案すると、ヴァルカンもそれに応じる。
ステラは「そなたたちについていけば、この匂いのもとを食べることができるのだな! よし、早く行くのだ!」と、目を爛々と輝かせながらアリアたちを急かす。
その姿は、アリアが感じたとおり、まるで天真爛漫な妹のようであった。
◆
ポタッ、ポタッ……。
酒場へと降りてきた三人と一匹。席に座って少し――ステラの口元からテーブルの上にヨダレが滴り落ちる。
漂ってくる肉の焼ける匂いに、もう待ちきれない……! といった様子だ。
そんな彼女の前と隣に座ったアリアとヴァルカンは少々疲れたような表情をしている。無理もあるまい。
なにせ、一階に降りてすぐ、ステラは他の客のテーブルの上を見るなり、「我の獲物だぁぁぁぁ!」などと叫び声を上げながら、テーブルに突っ込んでいったのだから。
アリアとヴァルカンは慌てて止めに入った。だが、ステラの抵抗は激しく、大人しくするのにかなりの体力を使う羽目になった。
どうやら、ステラには料理屋で品を待つという概念すら記憶に残っていなかったらしい。
もっとも、それは二階での彼女の口ぶりを聞けば予想できそうなもの、アリアたちは油断していたのだ。
「これはフォーク、これに刺して肉を食べるのだ」
ヨダレを垂らしながら、ステラはグーの手で持ったフォークを、下に向かって突き刺す動作をする。
料理を待つ間、きっと食器の使い方なども覚えてないだろうと予想したアリアは、ステラに最低限フォークの使い方だけでも教えておこうと、レクチャーを施したのだ。
最初は、「なぜ、食事をするのにこのようなものを使わなければならんのだ?」などと言っていたステラだったが、アリアに「女の子なんだから、食器くらい上手に使えないと男の子に嫌われてしまいますよ?」などと言われると……。
「なに!? それは困るのだ! 我の目的は強き者とつがいになること! 嫌われるなどあってはならないのだ!!」
と、焦った様子を見せると、フォークの使い方の練習を始めたのだ。
「グフフフッ。どうだ強き者よ、我はフォークを使えるのだ。立派なメスだろ?」
そして、フォークで突き刺す動作をしながら、得意げな表情でタマに語りかける。
そんなステラに、タマはアリアの胸の中で、「……今の笑い方、どこかで……?」と、またもや既視感を覚えるのだった。
「おまちどおさん! ハラミの燻製特盛だよ! 今他の料理も持ってくるから待ってな」
宿の女主人が両手で大皿を運んでくる。皿の上にはこんもりと香ばしい匂いを放つ燻製肉が盛られていた。
「おお! いい匂いの肉がこんなに! もう食べていいか!?」
「はいっ、いっぱい食べてくださいね、ステラちゃん 」
「やったなのだ! …………なッ!? なんだこの味は!? こんなに美味な肉が存在したのか!?」
一気に肉にかぶりついたステラ。その直後、口に広がる肉の甘味と燻されたことによる旨味に、驚愕! といった様子で声を上げる。
そこからはもう無心だった。肉をフォークに刺しては口へ運び貪りをガツガツと無言で繰り返すのみだった。
「んにゃ〜! すごい食べっぷりにゃ! あの細いお腹のどこにあの量が入っていくにゃ?」
ステラの食べっぷりに、ヴァルカンは驚愕を通り越して感心する。当然だ、ステラは大皿に乗った山盛りの燻製肉、そのほとんどをステラは一瞬のうちに平らげてしまったのだから。
「はいよ、ソーセージの盛合せと特製サラダだ……って、もう食べきったのかい!?」
頼んでいた他の料理を運んできた女主人。この間僅か数分の出来事であったというのに、大皿いっぱいに盛ってあった燻製肉が無くなっていることに驚きを隠せない。
「おぉ! その肉も美味そうな匂いがするのだ! それも食べていいのか!?」
「もちろんです、ステラちゃん。でもお野菜も食べなきゃダメですからね?」
「オヤサイ……? その葉っぱのことか? 人間は葉っぱなんて食べるのか?」
どうやら、ステラの記憶からは野菜というものすら抜け落ちてしまっているようだ。アリアは野菜を食べることの重要さを説明し、さらにドレッシングをかけると美味しく食べられる……といった旨を説明し、ステラに食べさせると……。
「……ッ!! ヤサイ! 肉ほどではないが美味いのだ! これならいくらでも食べられるぞ!」
と言って、サラダもモリモリと食べ始める。
アリアは好き嫌いしなかったことに、ホッとする。もはや完全に保護者の目でステラを見ているようだ。
「さぁ、タマも食べましょうね?」
「にゃ〜ん!」
ステラがソーセージやサラダを頬張るの見つつ、アリアはタマに向かってフォークに刺したソーセージを差し出す。
タマは嬉しそうな声をあげ、ソーセージの先端にかぶりつく。
パキッ!
そんな小気味いい音とともに噛みちぎられるソーセージ。タマの口の中に肉汁とと一緒に芳醇な味わいが広がる。
この宿の酒場の肉料理は全て自前で加工された特製ものだ。なので味付けにはかなりこだわっている。
そして、このソーセージはタマの大好物だ。モキュモキュと口いっぱいに頬張り味わう様はなんとも愛くるしい。
「はぁん……! タマったら相変わらず可愛いんだからっ♡」
「にゃ〜! これは胸がキュンキュンしちゃうにゃん……!」
アリアはタマの愛くるしさにやられ、太ももをモジモジと擦り合わせる。
ヴァルカンも萌え悶え、頬を赤く染めるのだった。
「な、なんだそれは! 強き者がそこまで愛らしいとは知らなかったのだ! 我も供物を捧げたいぞ!」
ソーセージを数本まとめて頬張っていたステラが、慌てた様子で咀嚼し飲み込むと、自分もタマに食べさせてやりたいとフォークに刺したソーセージを差し出してきた。
それに対し、タマは……プイっ――と、そっぽを向いてしまった。
「な……ッ!? なぜだ強き者よ! どうして我を避けるのだ!?」
ショックを受けた様子で、タマにステラが問いかける。
(当たり前だ。我が輩はお前をまだ信用していない。貞操を狙われたのだ、当然だろう)
タマは警戒心を解いてはいなかった。さらに、上記の理由に加え、タマはステラに何か危険な匂いを感じていた。
それはモンスターゆえの野生の勘なのか、あるいは前世の騎士としての直感なのか……。
(……? どうしたのでしょう、タマが人にこんな態度を取るなんて珍しいですね)
そんなタマの様子に、アリアも違和感を覚えていた。
タマは優しく人懐っこい猫だ。アリアの周囲の人間が相手であれば、割とすぐに甘えた様子を見せるというのに、ステラに対しては警戒の態度を緩めることはない。
警戒したままではタマの体に毒だ。そう考えたアリアはタマの体を持ち上げると……。
ぽにょん!
なんと、自分の谷間にしまいこんでしまった。
ざわり……っ。
周囲の客――主に男性客たちが一斉にどよめき始める。アリアの圧倒的メロン、その間から顔を覗かせる子猫……。
圧倒的なビジュアルに、ある者は「ありがてぇ、ありがてぇ……」と感謝の言葉を口にし、またある者は「クソ猫め! そこを代わりやがれえぇぇ!」と嫉妬の咆哮を上げている。
(ふあぁ……。ご主人の胸の中、いい匂いがしてあったかいのだ……)
警戒し、毛を逆立てていたタマも、アリアの母性を感じさせる甘い匂いと温もりの中、ようやく体の力を抜くのだった。
(にゃ〜、アリアちゃん羨ましいにゃん! わたしもタマちゃんをおっぱいで誘惑してみたいにゃん!)
虎の血を引くヴァルカンは、少なからず強いネコ科動物であるタマに惹かれていた。そんな感想を抱いてもなんら不思議なことはない。
「クソッ、クソッ! 食ってなければやってられんのだ!!」
自分からは逃げるのに、アリアにはベッタリなタマに、ステラは嫉妬とイラつきを覚える。
結局、彼女はヤケを起こし、ハラミの燻製とソーセージの盛合せを山盛りで追加注文した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます