48話 羨ましがる変態

「さて、二人部屋も確保できたことですし、さっそくですがお風呂に入ることにしましょう!」

「オフロ……? なんだそれは、強いのか?」


 迷宮を出て、都市の宿屋へと戻ってきたアリアたち。宿屋の女主人に事情を話すとすぐに二人部屋を手配してくれた。

 ちなみに、ヴァルカンには都市でボロ布の美女の衣服を適当に見繕ってきてもらう手筈になっているので今は不在だ。


 アリアは、まずは迷宮で汚れたボロ布の美女の体を綺麗にしてやりたいと思い、風呂で体を清めることを提案したのだが……。

 どうやら、風呂という存在すらも記憶から失われてしまっているよう様子に、「これは骨が折れそうですね……」と心の中で呟く。


「お風呂というのはですね、簡単に言うと温かい水を浴びて体を綺麗にすることです。そういう経験も覚えてませんか? えっと……そういえば、あなたのお名前は?」

「むむ、水浴びか……。知識としては知っているが、やったことはない。それと、我は強き者だ。……いや、だった・・・と言うべきか。それ以外に我を表すものはない」

「そうですか……。では名前が必要ですね! 呼んでほしい名前はありますか?」

「ふん、呼び方などどうでもいいのだ」


 自分の名前すら覚えていないボロ布の美女を、アリアは不憫に思いつつも、そこは持ち前の明るさで彼女に向かって仮のものでいいからと望む呼び名を尋ねる。

 しかし、返ってきた答えはそんな素っ気のないものであった。それよりも、ボロ布の美女は部屋のベッドの上にちょこんと座ったタマに興味津津な様子だ。

 そんな彼女の様子に、タマは「にゃお……」と小さく鳴き、警戒した面持ちで様子を窺っている。


「でしたら、わたしが仮の名前をつけてもいいですか? 実はあなたにピッタリの名前があるんですっ」

「好きにするがいい。先ほども言ったが、我は呼び名などにこだわらん」

「では……、今日からあなたの名前は〝ステラ〟ちゃんです! わたしの故郷で美しいものを表す言葉なんですっ」

「ステラ……。美しい、という感覚は我にはよく分からぬが、なんだかいい響きだ。それに、そなたほどの女人につけられた名であれば、我に不服はない」

「ふふっ、それはよかったです。これからよろしくお願いしますね、ステラちゃん♪」


 何故だかアリアを尊敬したかのようなニュアンスのボロ布の……否、ステラの物言いに、アリアは不思議に思うも、名前を気に入ってもらえたことで、パッと表情を輝かせる。


(ふむ。ステラか、いい名だ。さすがご主人、名付けのセンスもいい)


 タマもアリアのネーミングセンスに「にゃ〜ん!」と称賛の鳴き声を上げる。その声に、「おおっ! 強き者よ、相変わらず愛らしい声をしているな!」などとステラは頬を赤らめ、ハァハァと息を荒くする。

 ステラの興奮した様子に、タマは迷宮で貞操を狙われ追い回された恐怖を思い出し、ビクッ! と体を震わせると、ベッドの下に隠れてしまうのだった。


「なッ!? 強き者よ、なぜ我から逃げるのだ! 我はお前の強い子種が欲しいだけだというのに……!!」

(我が輩はそれに恐怖しているのだ! うぅ……。ご主人、その変態乙女をなんとかしてくれ……)


 ベッドの下に首を突っ込み、タマに向かって孕ませろとのたまうステラ。タマはガクガクブルブルと震えながら心の中でアリアに助けを求める。


「こらっ! ダメですよ、ステラちゃん? タマが怖がっているじゃないですか……。それに迷宮でも言ったとおり、タマはまだ子猫だから赤ちゃんをつくることはできませんっ」


 怯えるタマを見て、すぐさまアリアはステラを止めに入る。タマの主人として、そして彼に恋する乙女として、他の女からタマの貞操を守らなければならない。

 まぁ……、アリアもアリアで、とあることをキッカケに暴走し、未遂事件を起こしたのだが……それはさておく。


「うぅ……。そなたにそう言われては仕方ない、今は諦めるのだ……」


 アリアに、「めっですよ?」と注意されると、ステラはシブシブといった様子で引き下がる。


(む、やはりそうか。この乙女……ステラは、なぜか分からぬが、ご主人の言うことであれば聞くようだ)


 そう、タマはそのことに気づく。やはりステラはアリアに対し、怯えと尊敬のどちらか……あるいは二つの感情を持ち合わせているようだ。

 そして、それ故にアリアの言うことであれば、シブシブといった感じではあるが受け入れ、行動を正すことができるのだ。


「さぁ、それじゃあお風呂にいきましょう! 宿のおばさんにお湯を張ってもらいましたから用意はバッチリですっ」

「さっき言っていた温かい水浴びというやつだな、強き者の子種ほどではないが興味があるぞ!」


 気を取り直して風呂を勧めるアリア。彼女の言葉に、ステラは元気よく反応を示す。ステラの好奇心旺盛な様子に、アリアは「まるで子供のようですね……」と微笑ましい感情を覚える。

 それと同時に、記憶がないゆえの純粋さに危うさも感じ、自分がしっかりと面倒を見なければ……と、さらなる正義感に駆られるのだった。





「おお! なんだそれは、石からプクプクとしたものが出ているのだ!」

「これは体を洗う道具で石鹸というんですよステラちゃん。さ、体を洗ってあげますから大人しくしていてくださいね?」


 宿屋の浴場――生まれたままの姿になったステラとアリアがそんなやりとりを交わす。アリアが手の中で泡立てる石鹸に、ステラは興味津津だ。


(むぅ、ご主人以外の女子おなごの肌を見るのは忍びないが、これはいたしかたあるまい……)


 タマはそんなことを思いながら、浴場の隅の方で二人の姿を眺めていた。


「タマも一緒にきれいきれいしましょうね?」


 そんなセリフでタマも一緒に風呂に誘ったアリア。タマは、(そんな変態と一緒に風呂など入ってたまるか……!)などと思いもしたのだが……。


(いや待てよ? この変態乙女、今はご主人の言うことをきいているが、信用するにはまだ早いのではないか? いつ暴走し、ご主人に牙を剥くとも限らん、騎士として我が輩が側にいるべきだ)


 と、アリアの騎士ペットとして彼女を守るために、自分も一緒に風呂に入ることを決めるのだった。


「すごい! 体の汚れがみるみるうちに落ちていくぞ! このセッケンというのはすごい道具なのだ!!」


 アリアに体を洗われ、ステラが興奮した声を上げる。あまりにはしゃぐものだから、彼女の胸がぽよぽよと上下する。


「さぁ、体を洗い終わったので、髪の毛です。目に泡が入ったら痛いので、つぶっていてくださいね?」

「な……!? 目が痛いのは嫌なのだ! 絶対に開けないぞ!」


 アリアの注意に、ステラは少々……いや、かなり怯えた様子で両方の瞼をぎゅっとつぶる。

 過去に目を痛めた思い出でもあるのだろうか? アリアはそんな心配をしながら、ステラの髪を優しく洗ってやる。


「うぅ……。まだ終わらないのか?」

「ふふっ、あとはお湯で流せば終わりですから、もうちょっとですよ〜」


 怯えた声で尋ねるステラに、アリアは湯船から桶でお湯をすくうと、ステラの頭にゆっくりとかけ、泡を流してやる。


「おお! なんだこれは!? 体がスッキリしたのだ!」


 泡を流し落とすと、ステラはまたもや興奮した様子を見せる。汚れだらけの体を清め、なおかつ湯浴みをした記憶がないとなれば、その感動も当然かもしれない。


「体を洗い終わったら、次は湯船に浸かって体を温めましょうね♪」

「湯船に浸かる……? この温かい水の中に入るのか? なぜそんなことを……」

「人間、特に女の子は体を温めるのは大事なことなんですよ、ステラちゃん?」

「うぅ? よく分からんが、そなたの言うことであれば従うほかはないのだ。……おおぉっ気持ちいいのだ!」


 湯に浸かる大切さを、いまいち理解できずにいるステラだが、アリアの言葉に従い湯に浸かる。

 どうやら、これにも感動を覚えた様子だ。


「次はタマの番ですっ」

「にゃ〜ん!」


 浴場に膝をついたアリアがタマを呼ぶ。元気よく返事をすると、タマは隅からてちてちと歩き彼女に近づくと……ぴょんっと膝に跳び乗り、そのまま膝の上で仰向けに寝っころがる。

 アリアはいつも、タマのもふもふの腹から洗い始める。それに合わせてタマは自らこの体勢を取るようになったのだ。


 ちなみにだが……タマの視線からだと、アリアの形のいいふたつのメロンから、彼女の美しい顔が覗くという光景が見える。

 あまりに壮観な景色に、アリアと暮らし始めてしばらく経った今でも、タマは見るたび感動を覚える。


「ずっ、ずるいのだ! 我も強き者の体を洗ってやりたいのだ!」


 タマがアリアの優しい手つきに洗われ、(極楽極楽……)などと思っていると、それを見ていたステラが、ザバァッ!! と湯船から立ち上がり、羨ましそうな目でアリアに訴える。


「ふふっ、ダメですよステラちゃん? タマを洗ってあげるのは、飼い主であるわたしの特権です。こればっかりは譲ってあげるつもりはありませんっ」


 優しいアリアのことだ。てっきりステラにタマを貸してやるのかと思ったのだが……。意外にもその答えはNOだった。

 それもそのはず、アリアには一日のうちに、どうしても譲れない楽しみが三つほどある。そのうちの一つがタマを洗ってやり、戯れることだ。

 なので、幼子のようなステラの要望であっても、それを譲ってやるつもりは毛頭ないのだ。


「あぁっ、強き者よ、なんて愛らしい!」「見ているだけで疼いて・・・きてしまうのだ!」「ぐぬぬ……!」


 ステラは自分の大事なところを手で押さえながら頬を染め、悩ましげな……そして悔しげな声を漏らし、羨ましそうな目でアリアとタマの〝にゃんにゃん洗いっこ〟を眺めるのだった。

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