47話 怯える変態

「冒険者……ではないですよね? どうして迷宮にあんな格好の人間が……」

「んにゃ、それに何かに怯えた様子をしてるにゃ。もしかしたら迷宮に迷い込んだ浮浪者かにゃ?」


 怯えるボロ布の美女を見て、アリアとヴァルカンがやりとりを交わす。美しい容姿をしてはいるが、亜麻色の長髪は手入れもされてなくてボサボサなうえに、半裸も同然のその格好……浮浪者と思われても仕方ない。


「そんな格好でこんなところにいたら危険ですよ? あなたは迷宮都市の人間ですか?」


 アリアはボロ布の美女に、優しい微笑みを向けながら問いかける。浮浪者だろうとなんだろうと関係ない。こんな危険な空間にロクな装備を持たずに怯えた様子で佇む人間を目にすれば、高潔な武人であるアリアが放っておけるはずがないのだ。


「……っ? わ、我は暗闇で生まれし者だ……。迷宮都市という場所は知らぬし、街で暮らした記憶などないのだ」


 優しいアリアの問いに、ボロ布の美女は一瞬だけ意外そうな表情を浮かべると、少しビクつきながらも言葉を紡ぐ。

 そんな彼女の返答に、アリアとヴァルカンは顔を見合わせる。返ってきた答えが予想外なものだったからだ。


「ヴァルカンさん、これはもしかして……」

「んにゃ、記憶喪失ってやつにゃ?」


 ここは都市の領地の中に存在する迷宮だ。だというのに迷宮都市の名を知らないというのはおかしな話だ。

 加えて、ボロ布の美女の街で暮らしたことがないという発言……。アリアたちは彼女がなんらかの原因で迷宮内で記憶を無くした冒険者か何かだと推測する。


 迷宮はモンスターの巣窟だ。階層によって、ある程度出現するモンスターが限られているとはいえ、稀にではあるが底階層でも強力なモンスターが現れることがある。

 そんなモンスターに襲われ、命の危機に陥った冒険者が、恐怖のあまり記憶を失うといった話もあるくらいだ。


 このボロ布の美女がそういった境遇に陥ったのだとしても不思議ではない。怯えた様子をしているのは記憶がなく、右も左も分からないことに対する恐怖によるものかもしれない……。

 そのような想像をしつつ、アリアは再びボロ布の美女に問いかける。


「とにかくここは危険です。わたしたちと一緒に都市へと戻りましょう」

「都市へ戻る……? 何を言っているのかよく分からんが、我はお前……いや、そなたが胸に抱いた強き者に用があるのだ……!」

「強き者ってタマちゃんのことにゃ?」

「初めて会うのに、どうしてタマが強い子だとわかるのですか? それに用って……?」


 アリアのことを、「お前」呼ばわりから「そなた」に言い直すと、恐る恐るといった様子を見せつつも、アリアの胸の中で警戒するタマを指差し、ボロ布の美女は力強く告げる。


 ヴァルカンとアリアは初めてあったにもかかわらず、タマを強き者と呼ぶボロ布の美女に対し、不思議そうな顔を浮かべるも、とりあえず先を促した。


 すると……。


「我の目的は、その強き者とつがいになり、子を成すことだ! さぁ、強き者よ! その者の胸から抜け出し、我のバキューン! にズキューン! をバビューン! するのだ!!」

(ひぃぃぃぃぃっ!?)


 ボロ布の美女は頬を紅潮させ、息を荒くしながらとんでもない言葉の数々を口走る。タマは恐怖のあまり、アリアの胸にしがみついてしまう。

 当のアリアは、「ん……っ!」などと艶かしい声を上げつつも……。


「これはまずいですね。きっと頭でも打ってしまったのでしょう、かわいそうに……」

「んにゃ、重症にゃん」


 ヴァルカンと二人してボロ布の美女を哀れんだ瞳で見つめる。つまり、アリアとヴァルカンはボロ布の美女を記憶を失ったうえに、ちょっとアレな状態が加わった人だと認識したのだ。


「ダメですよ? 女性が外でそんなことを大声で言っては。それに、タマはまだ子猫ですから赤ちゃんをつくることもできません。とにかく今は一緒に外に出ましょう?」

「なんと! 強き者はまだ子を成せぬのか……。それと、よく分からぬが、そなたたちについていけば強き者と一緒にいられるのか……?」

「はいっ、タマはわたしの騎士ペットです。わたしたちについてくれば、一緒にいられます!」

「むぅ、よし分かった。そなたたちについていこう!」


 ボロ布の美女の問いかけに、アリアは優しく頷きながら肯定する。無論、タマに恋しているアリアに、記憶が混濁しているとはいえ、タマをそういった目で見るボロ布の美女に彼を明け渡すつもりはない。

 だが、今は彼女の身の安全の保証が先決。タマと一緒にいたいと言うのであれば、それをチラつかせ、ひとまず迷宮の外に連れ出そうというわけである。


 そして、その目論見は成功だ。少しの間、ボロ布の美女は迷った様子を見せるも、意を決したかのようにアリアたちについていくと口にする。


「にゃあ……。もしかしてアリアちゃん、その子の面倒を見るつもりにゃ?」

「もちろんです、ヴァルカンさん。記憶がないのであれば当然行き場もないはずです。そうなれば下手をすると奴隷に落とされてしまうかもしれません」


 この時点で、アリアはしばらくの間、ボロ布の美女の面倒を見ることを決めていた。ボロ布の美女は、今は浮浪者のような見てくれだが、誰もが振り返るほどの容姿を持っていることは間違いない。


 さらに体型もグラマーだ。四肢はスラッとしてるというのに、太ももやそこから繋がるヒップラインは程よくむっちりとし、ウェストはキュッと締まっていることがボロ布から浮き出るラインで分かる。

 そして、バストも非常によく実っており、身動きするたびに、ぽよん! ぷるん! と上下に揺れる。大きさで表せば、ヴァルカンのリンゴ以上、アリアのメロン未満……といったところだ。


 歳は一八〜一九歳くらいに見える。少々釣り上がり気味の瞳と、タマを興奮した様子で見つめる姿が肉食的かつ妖艶に思わせる。


 そんな美女が、迷宮から出たあと都市にほっぽり出されれば、タチの悪いゴロツキに目をつけられかねない。

 もしそんなことになれば、捕まり、その体を好き放題貪られてしまうだろう。そして、この世界には奴隷制度というものがある。

 用が済む、あるいは飽きられたら最後。奴隷として売られまた地獄の日々を送らされることになるに違いない。

 アリアが面倒を見ると決めたのはそういった理由があるのだ。


「ひとまず、わたしの借りている宿に行きましょう。確かもっと広い部屋が空いていたはずですから、そこに移りましょう」

「そういうことにゃら、私も力になるにゃ。困ったことがあればなんでも言ってにゃ!」


 アリアの言葉を聞くと、ヴァルカンも胸をドンと叩き、自分も協力すると名乗りをあげる。アリアと同じく、ヴァルカンも正義感の強い人物だ。

 それは魔族・ベリルの討伐の際に、危険なクエストにもかかわらず、レナードの街の住民を思い、迷うことなくアリアたちについてきたことで証明されている。


 外へ向かって歩きだすアリアとヴァルカン。それに従い、なぜかまだアリアを警戒するような様子で、おっかなびっくりあとをついていくボロ布の美女。


(うむぅ……。この乙女は本当に記憶喪失であるのか? それなら、昨夜はかわいそうなことをした。せめて走るスピードを調整し、迷宮の外まで導いてやれば良かったか。しかし、この雰囲気、やはりどこかで……)


 貞操を狙われ襲いかかられたという事実に、昨夜はそこまで気が回らずに迷宮に置いてけぼりにしてしまったことを、タマは少々不敏に思う。

 ……が、それと同時に、やはり彼女に対し不信感と、どこかで会ったことがあるような既視感を拭えずにいた。

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