46話 変態再び

「迷宮……。久しぶりに来ると緊張しますね」

「久しぶりの戦闘で勘も鈍っているはずにゃから油断は禁物にゃん」


 迷宮へと足を踏み入れたアリア。迷宮特有の雰囲気を久しぶりに肌に感じたことで身震いする。

 そんなアリアの肩に手をポンと置いて、優しい笑みを浮かべながらヴァルカンが注意を促す。


 アリアとヴァルカンの冒険者ランクはCランク。本来であれば一層目のモンスターなど敵にもなりはしないが、アリアはこのひと月、療養のため戦闘をしてこなかった。

 なので、ひとまずの標的はゴブリンやスライムなどの下級モンスターたちだ。今日の目的はアリアの冒険者としての勘を取り戻すことにある。


「にゃあ〜ん」

「……? どうしたのですかタマ?」


 アリアとヴァルカンが手頃なモンスターを探すために歩き出そうとしたところで、二人に向かってタマが鳴き声をあげる。

 不思議そうな顔で振り返るアリアとヴァルカン。しかし、アリアはタマがただ鳴き声をあげただけではないことを理解している。

 タマの声色、そして表情を見ることでアリアはタマの考えをある程度理解することができるのだ。


(ご主人は戦闘は久し振りだ。ヴァルカン嬢と我が輩がいるとはいえ、保険をかけておいて損はない。モンスターと遭遇する前に〝加護〟を与えるとしよう。いくぞ……)


「にゃん(《獅子王ノ加護》)!!」


 アリアとヴァルカンの二人に向かって、タマが再び可愛らしく鳴き声をあげる。するとタマと二人の体を優しい黄金色の輝きが包み込んだ。


「にゃ!? これは……!」

「すごいです! 筋力に防御力……。それにあらゆる耐性が強化されていきます! タマ、これはあなたの力なのですか?」


 黄金の輝き――《獅子王ノ加護》に包まれたアリアとヴァルカンが驚きの声をあげる。どうやら二人とも自分のステータスが大幅に増強されたことを理解したようだ。


「にゃ〜ん!」


 アリアの問いに、タマは「ドヤっ」とした表情で、可愛らしく鳴いて応える。アリアと出会った当初は自分の正体がエレメンタルキャットなどではなく、ベヒーモスであることがバレてしまうのを恐れ、限られたスキルしか使わなかったタマではあるが、その後、貴族であるカスマンとの決闘で、《属性咆哮》を使わざるを得なくなった際に、固有スキルを持ったエレメンタルキャットであると都合よく勘違いされたのをいいことに、アリアを守るためであれば、ある程度のスキルを堂々と使うことにしているのだ。


「にゃ〜……。タマちゃん、いったいいくつのスキルを持っているにゃ? まだ子猫だっていうのに、とんでもないにゃ〜」

「ベリルの配下のモンスターたちに使ったスキルも強力でしたが、まさかここまで優秀なサポートスキルまで持っているなんて予想外です。筋力と防御力にバフ効果、それに全耐性を付与するスキルなんて聞いたことがありません。今まで使わなかったことを考えると、タマの成長といっしょにスキルの数が増えていっているのでしょうか……?」


 あまりに規格外なタマの存在に、ヴァルカンはもちろん、飼い主であるアリアは軽く引いた様子でそんなやりとりを交わす。

 当のタマは「なんのこと?」といった様子で首を傾げるのみだ。そんなタマの様子に、アリアとヴァルカンは乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。


「ですが、この力は戦闘の勘が鈍ってしまったわたしには大きな助けになります。ありがとうございますタマ♡」

「にゃ〜ん!」


 愛おしげに感謝の言葉を告げるアリア。それに元気よく応えるタマ。そしてそんなアリアたちの様子をヴァルカンは少し羨ましそうに見つめる。そんな時だ……。


『ギギッ!』


 タマたちの耳に、耳障りな声が聞こえる。迷宮の先から一体のゴブリンが現れたのだ。


「現れましたね。久しぶりの戦闘で緊張していましたが、タマにもらった力のおかげでそれも解けました。……では、行きます!」


 そう言ってアリアは、タン――ッ! と静かなステップで飛び出した。彼女の言葉通り、その踏み込みには緊張や気後れは感じられない。

 それもそのはず。タマが授けた《獅子王ノ加護》には恐怖に対する耐性を付与する効果もあるのだ。

 ましてや、アリアには剣聖への憧れ――〝心優しき正義の武人になる〟という強い信念がある。

 そんな高潔な志しを抱いた人間が恐怖から解き放たれれば、動きに迷いがなくなって当然というものだ。


 疾い――! アリアは自身の固有スキル、《アクセラレーション》をまだ使用してはいない。だというのその速度は尋常ではない。

 もちろん《アクセラレーション》を発動した時と比べれば劣るが、それでもその動きは普通の人間が出せる速度の域を超えている。


「んにゃ!? 《アクセラレーション》を使ってないのに、あの速さにゃ!? タマちゃんのバフ効果……。改めてとんでもないにゃ……」


 アリアの速度を目の当たりにして、ヴァルカンも驚愕に目を見開く。


 斬――!!


 蒼銀の……一筋の煌めきが薄暗い空間で輝きを放つ。


『グギャ……?』


 そして、困惑した声が上がる。ゴブリンのものだ。その顔には声と同じく不思議そうな表情が浮かんでいる。


 ポトリ……ッ。


 そんなゴブリンの頭が、音とともに地面へと転がり落ちた。その直後、頭のなくなった首から鮮血が迸った。

 それと同時に、地面に転がり落ちた頭……その瞳から光が失われた。ゴブリンは気づくことはなかった。

 自分が対峙した美しきエルフ、アリアに接近されたこと。そして彼女のナイフによる一閃で首を刎ね飛ばされたことに――


(すごいです! 《アクセラレーション》を発動していないのにこの速さ。それにヴァルカンさんに鍛えてもらったこの玉鋼とオリハルコンの合金製のナイフ……。脈を斬り裂くつもりがそのまま首ごと切断できてしまうなんて……!)


 ナイフをモンスター相手に振るうのは久しぶりだ。アリアは「もしかしたら一撃では仕留められないかもしれない……」などと懸念していたのだが、自分が欲した以上の結果に終わったことに安堵、そして感動を覚える。


 もし、この状態に《アクセラレーション》を加えて発動すれば……。アリアのスピードは俊速――いや、超速の域に達するかもしれない。

 新装備に《獅子王ノ加護》……。これらのお陰でアリアの力はダウンするどころか、パワーアップしていると言えよう。


「アリアちゃん、このひと月の間、体力づくりはしていたんにゃよね?」

「もちろんです、ヴァルカンさん。……あっ、そういうことですね!」


 ナイフについたゴブリンの血を、ビッ! と払うアリアにヴァルカンが楽しそうな声で問いかける。

 アリアはどうしてそんな質問を? と聞こうとしたところで、ヴァルカンの意図に気づいた。

 ヴァルカンの意図……。それはこのまま本格的に迷宮攻略を始めてしまおうというものだ。


 新装備とタマの《獅子王ノ加護》により、アリアの力は以前よりも増している。戦闘の勘が鈍っているとはいえ、二つの要素はそれを補って余りある。

 ならば、ちまちまと時間をかけて勘を取り戻すより、今日のうちから戦闘を数こなし、早期に戦闘の勘を取り戻してしまおうというわけだ。


 それに、なにも戦うのはアリアだけではない。ヴァルカン自身も優秀な前衛であるし、彼女もタマの加護によって強化されている。

 加えて、タマはAランクモンスターであるトロール数体を、たった一匹で屠ってしまえるほどの強力なエレメンタルキャット(と思われている)だ。

 タマが二人の援護に回れば、数階層目まで潜ったとしても問題ないだろう……。そう判断したのだ。


(むぅ、我が輩としては段階を踏んで本格的な復帰に臨んでほしいところだが……。ご主人様もヴァルカン嬢もやる気に満ちている。仕方あるまい、全力でサポートするとしよう。いざとなれば、《属性剣尾》を含めた全てのスキルを解放し、我が輩が全ての敵を屠ってやる)


 タマはそう決めると、「安心しろ」とでも言いたげに、アリアの脚に自分の体をするりとこすりつけ、愛らしい表情でコクンと頷いてみせるのだった。


「ふふっ、タマも同意してくれたようです」

「んにゃ、タマちゃんが協力してくれるなら百人力にゃ! それじゃ行くとするにゃ……って、あれは?」


 愛らしくも頼もしいタマを、アリアは愛おしげに持ち上げ、その豊満なメロンの中に、ぽよんっ! と抱きしめた。

 ヴァルカンは、「そうと決まればガンガンいこう!」といった感じで拳を上にグッと突き上げる。

 その拍子に彼女のオーバーオールから横乳が大きく覗き、健康的で綺麗な脇が露わになった。


 そんな時だった……。ヴァルカンが迷宮の奥を見て不思議そうな声をあげる。そしてアリアも気づいた。通路の奥の方、その中央に一人の女が佇んでいることに――


(ぬお!? 昨夜の変態乙女ではないか!)


 女の姿を見て、タマは内心ギョッとする。そう、そこに立っていたのは昨夜迷宮の中で自分を孕ませろと言って、タマを追い回したボロ布の美女だったのだ。


(む? どいうことだ、昨夜と様子が違うぞ? まるで何かに怯えているような……)


 昨夜のように襲いかかられるのではないかと、体を強張らせるタマ。だが、その予想は外れた。

 ボロ布の美女は、タマが感じ取ったとおり何かに怯えるように「うぅ……」と声を漏らしている。

 そして、その不安そうに揺れる瞳はタマ……というよりは、タマを胸に抱くアリアへと向けられていた。

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