45話 新装備と再出発

「にゃあ(ふぅ、なんとか撒いたか)……」


 迷宮二層目――岩陰に身を隠したタマが小さく息を吐く。その表情はひどく疲れきっている。

 無理もない。なぜなら、ボロ布の美女からの逃走劇は、半刻ほども続いたのだから……。その間も、ボロ布の美女は「なぜ逃げるのだ、強き者よ!?」とか、「頼む! お前の子種が欲しいのだ!」などと、わけのわからないことを言いながらタマを追い回し続けた。

 そして、その足の速さは尋常ではなかった。幼体であるとはいえ、俊敏なタマに平気で追いついてくるのだから。


 このままでは確実に捕まる! タマはそう判断し、逃走方法を全力疾走から、岩陰に回り込んでのフェイント走行に変更し、五層目から二層目へと直接繋がる危険なルートを使って、なんとか逃げ切ってみせたのだ。


「どこだあぁぁぁ! 強き者よぉぉぉ! 我を孕ませろぉぉぉぉぉ!!」


 迷宮の奥から、そんな声が木霊する。


(まずい、このままでは見つかってしまう! 見つかる前にここを離脱するぞ!)


 ロクに休む間もなく、タマは迷宮の入り口に向かって小走りに駆けていく。そして。なんとか見つかることなく、迷宮を脱するのだった。





「にゃお(うぅ、怖かったのだ、ご主人)……」


 アリアの部屋へと戻ってきたタマ。謎の女に貞操を狙われ追いまわされるという恐怖体験をした彼は、思わずアリアのベッドの中に潜り込む。

 前世は成人した騎士であれど、今は幼体の身。幼い体に感情が引っ張られて、ついつい飼い主であるアリアに甘えてしまうのだ。

 そして、自分のそんな行動に、タマは違和感すら覚えていない。転生というのはそういうものなのである。


 むにゅんっ……!


 ベッドにもぐりこんだタマの体を柔らかな感触と温かさ、そして甘い匂いが包み込む。


「むにゃ……ふふっ、タマは柔らかくて気持ちいいです……」


 アリアの声だ。寝ぼけた彼女は潜り込んできたタマを優しく抱きしめた。


(ふぁ……。ご主人の胸の中はやっぱり落ち着くのだ……)


 恐怖で強張っていた体も、アリアの柔らかさと温もり、そして彼女特有の母性を感じさせる甘い匂いに、自然とほぐれていく。


(しかし、あの乙女は何者だったのだ。我が輩の子種が欲しいなどと叫んでいたが……。それにあの雰囲気、どこかで……)


 アリアの胸の中、タマは謎の美女のことを頭に浮かべる。しかし疲れもあったのか、疑問を解消する前に、アリアの温もりの中、眠りについていくのだった。





「んにゃ〜! アリアちゃん、それにタマちゃんもおはようにゃ〜!」


 早朝――迷宮都市のギルドの前で一人の少女が、歩いてくるアリアとその胸に抱かれたタマに向かって手を振ってくる。


 褐色の素肌にオーバーオール、それに前掛け。そんな服装をしているため谷間や横乳は丸見え、色の濃い金のショートヘアの頭上では猫耳がピョコピョコと動いている。

 そして、肩には身の丈ほどもある巨大な槌――バトルハンマーを担いでいる。この都市の鍛冶士であり、アリアの冒険者仲間である、トラ耳族の少女、ヴァルカンだ。


「おはようございます、ヴァルカンさん!」

「にゃ〜ん!」


 ヴァルカンに向かって、アリアとタマも元気に挨拶を返す。その際に、「にゃ〜! タマちゃんは相変わらず可愛いにゃ〜♪」と言いながら、アリアからタマを借り受けると、オーバーオールから覗いた褐色肌の胸に、ぽにょん! と抱きしめてしまう。

 アリアほどではないが、ヴァルカンの胸もなかなかに実っている。むにゅむにゅとしたやわらかさと、程よい弾力。それに彼女の素肌から伝わる温もりに、タマは気持ちよさそうに目を細める。


「ふふっ、タマったら気持ちよさそうな顔……。新しい装備・・・・・も相まって余計に可愛いです♡」


 ヴァルカンに抱かれるタマの姿を見て、アリアはうっとりとした表情を浮かべる。


「タマちゃんの新装備姿も可愛いけど、アリアちゃんの新装備もすごく似合っているにゃ!」


 タマに萌え悶えているアリアに、今度はヴァルカンが声をかける。言葉のとおり、アリアとタマは装備を新調していた。


 まず、アリアの新装備の紹介だ。彼女の新装備……それは俗に〝ビキニアーマー〟と呼ばれる類のものであった。

 先の魔族討伐のクエストに同行したケニーとマリエッタも着していたものだが、アリアのそれは、より際どい造形となっていた。

 彼女の圧倒的なメロンも相まり、見た目の破壊力は抜群だ。だが、その姿から受ける印象は妖艶さよりも、美しさだ。


 素材はオリハルコンと呼ばれる希少な金属と鉄の合金製。オリハルコンとは鉄より頑丈、そして軽いという性質を持つ青みを帯びた金属の名だ。

 その価値は鉄の比ではなく、たとえ鉄との合金製であっても普通はアリア程度のランクの冒険者が手を出せるものではない。


 だが、アリアには最近とある大きな収入があった。それは前回受けた魔族ベリルの討伐報酬……もあるが、最大の収入はタマが倒したトロールたちの買取報酬によるものだ。

 トロールの皮や肉、そして骨は非常に高価に売れる。同行した騎士たちは、その素材報酬のほとんどをタマが倒したものだから主人であるアリアが受け取るべきと、手渡していたのだ。


 その報酬を元に、アリアは自分とタマの装備の新調を、相棒であり鍛冶士でもあるヴァルカンに依頼していたのだ。


 オリハルコン合金でできたビキニアーマーの色は幻想的な蒼銀色をしていて、アリアの白磁の肌やプラチナの髪とマッチし、美しい容姿をより引き立てる。

 その姿……例えるなら、神話に登場する戦乙女ワルキューレのようだ。それに、アリアの固有スキル《アクセラレーション》を阻害しない。

 それでいて、以前の装備とは違い、今度はガントレットやレギンスもあるから、防御力の向上を図れる、素晴らしい防具だ。


 ビキニアーマーには、同じくオリハルコン合金でできた肩当てとガントレット、ハイレギンスもセットになっていた。

 以前のアリアは動きを阻害しないために、グローブにハイブーツを着していたが、重さの気にならないオリハルコン合金であれば、防御武装を多くすることができるというわけだ。


 さらに、アリアが新調したのは防具だけではない。彼女は武器も一新していた。


「この色……まさかこれもオリハルコンが使われているんですか?」

「そうにゃ。それもただのオリハルコン合金じゃないにゃん! それにはオリハルコンと一緒に〝玉鋼〟が混ぜてあるにゃ。アリアちゃんの腕次第では斬鉄だって可能にゃん!」


 ヴァルカンから、これがオススメだと、ふた振りのナイフを差し出された時の二人の会話だ。


 ナイフの刃の色は蒼銀。しかし防具よりも銀の色が強い。それはヴァルカンの言うとおり、ナイフに玉鋼と呼ばれる金属が含まれているからだ。

 玉鋼は武器の斬れ味を良くするのに最も適していると呼ばれる金属だ。事実、一流の剣の使い手が玉鋼製の武器を使えば、斬鉄を軽々こなすことができる。

 さらに、このナイフはオリハルコンとの合金製だ。玉鋼の斬れ味を持ちながら、鉄よりも頑丈――滅多なことでは刃こぼれすることはないと、ヴァルカンからさらに説明が為された。


 続いてタマの装備だ。その姿は、少し前までのヘルメットに革鎧という防具から、蒼銀色のヘルムに甲冑のような作りの防具へと変わっていた。

 冒険者風の防具姿も可愛らしかったが、この騎士のコスプレをしたかのような甲冑の姿も実に愛らしい。

 タマを自分の騎士ナイト様と呼ぶアリアにとって、この姿はまさに、たまらないと言えよう。


 そして、タマ自身もこの防具を非常に気に入った。色を見て分かるとおり、タマの新防具はアリアのビキニアーマーと同じく、オリハルコン合金でできている。

 オリハルコンの軽さ、そして他の金属に作用する重量軽減効果のおかげで、体感的に以前のものより軽く感じるのだ。


 オリハルコン合金でできた、この防具だけでも防御力は以前の何倍にも向上した。それに加え、《アイアンボディ》と、さらに新たなスキル《獅子王ノ加護》もある。

 これらを合わせれば、主人であるアリアの盾として最高の活躍ができるはずだ。新たな力と装備を手に入れたタマ。今の彼であれば、たとえドラゴンの一撃をまともに受けようとも耐え凌ぐことすらできてしまうだろう。


「それじゃあ、いくとするにゃん!」

「はい! またよろしくお願いしますね、ヴァルカンさん!」

「にゃ〜ん!」


 ヴァルカンとアリア、それにタマ。二人と一匹は軽くやり取りを交わし、迷宮へと向かう。


 さすがに、もう出くわすことはあるまい……。昨夜迷宮で遭遇した謎の美女を頭に浮かべ、そんなことを考えるタマだったが、その考えは甘かったと知ることになる……。

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