44話 変態だぁぁぁぁ!!

 ピクニックをした日の真夜中――


「にゃん、にゃん、にゃん〜♪」


 タマは一匹、上機嫌に迷宮都市を歩いていた。アリアは眠る時、部屋の窓を少しだけ開けて、タマが自由に出入りできるようにしている。

 タマは時々、夜中に抜け出し、夜の散歩を楽しむことがあるのだ。上機嫌な理由は昼間のピクニックが充実したものであったからである。


(ふむ、それにしても相変わらずいい景色だ)


 歩きながらタマは思う。夜の迷宮都市は格別に美しい。夜は都市の道沿いに設置された魔力で光る街灯がオレンジ色の灯りを放ち、石畳の道や、石造りの家々、そして水路の水を照らし、都市全体が優しい色に包まれるのだ。


 あまりに美しい光景に、夜中だというのに水路沿いに腰かけ、肩を寄せ合い景色を堪能するカップルの姿などもちらほらと確認できる。

 これらの街灯は、この都市の領主――侯爵家が都市の治安を守るために設置させたものである。


「お? タマじゃねーか」

「ほう、こんな時間に珍しい。散歩であるか?」


 都市の北側へ向かって歩いているタマの前に、甲冑姿の二人の男が現れた。一人は短く刈り込んだ頭をした軽鎧の男。もう一人は重鎧を着たリザードマン。騎士隊の副隊長のダニーに、隊員のハワードだ。


 タマは、こんばんは。とでも言いたげに「にゃお〜ん」と二人に向かって挨拶の鳴き声を上げる。


「散歩するのはいいけど、ほどほどにしておけよ? あんまり姿を見せないと、アリアちゃんが悲しむからな」

「うむ。騎士たる者、主人を悲しませてはダメなのである」


 ダニーは身をかがめ、タマを撫でながら注意を促す。ハワードもそれに同意しながら、胸もとから携帯食の干し肉を取り出し、小さく千切るとタマに与えた。


(もちろんだ。ダニー殿、ハワード殿、ご主人を悲しませたりはしないぞ!)


 ハワードにもらった干し肉を頬張りながら、タマは二人の言葉にコクコクと頷く。


「へへっ、この様子なら大丈夫そうだな」

「うむ、実に賢い猫なのである」


 タマの反応に満足したのか、二人はタマが来た方向へと消えていった。その際に「くぅ〜やっと交代の時間だぜ」などと聞こえてきたので、夜の巡回をしていたのだと分かる。


(ふむ、夜食ももらったことだし、我が輩も行くとするか。ご主人が目覚める前には戻っておきたいしな)


 干し肉を頬張り、ゴクンと飲み込むと、タマはとある場所に向かって駆け出した。





(迷宮――来るのは久しぶりであるな)


 暗闇の中、タマは佇んでいた。岩肌がどこまでも続く肌寒い空間……。そうここはモンスターの巣窟、迷宮だ。


 タマは夜の散歩をするためだけに部屋から抜け出したわけではない。とある目的があってここまで来たのだ。

 その目的とは何か? それを説明するには、タマの現在のステータスを見てもらう方が早いであろう。


==============================

名前:タマ

種族:ベヒーモス(幼体)

固有スキル:《属性咆哮》、《スキル喰奪》、《属性剣尾》、《獅子王ノ加護》

喰奪スキル:《収納》、《ポイズンファング》、《飛翔》、《ファイアーボール》、《アイシクルランス》、《アイアンボディ》、《触手召喚》、《粘液無限射出》、《異種交配》、《ドラゴンファング》、《ドラゴンクロー》

==============================


 まず、見えもらえばわかるとおり、以前はステータスの末尾に表示されていた〝進化可能〟の文字が消えている。

 どういうわけか、アースドラゴンを倒して以来、この一カ月間ステータスにその文字が現れることはなかった。


(ふむ、やはり今日もステータスに進化の文字が現れることはないか……。まぁいい、今日の目的は他にあるのだかなら)


 進化できれば、いざという時心強いことこの上ない。だがないものは仕方ない。タマは残念に思いつつも思考を切り替え、視点をステータス上の別の箇所へと移す。


(固有スキル《獅子王ノ加護》、それに喰奪スキル《ドラゴンファング》に《ドラゴンクロー》、はたしてどんなスキルなのか……)


 スキル名を眺めながらタマは思う。そう、タマはこれらのスキルを新たに手に入れていた。

《獅子王ノ加護》はアースドラゴンを倒した数日後に増えていることに気づいた。《ドラゴンファング》と《ドラゴンクロー》に関しては、レナードの町でアリアが動けるまでになる数日の間に、こっそりアースドラゴンの死体にかぶりついて得たスキルだ。


(さて、まずは喰奪スキルの方から試してみるか……。む、ちょうどいい相手が現れおった)


 タマが迷宮に来た目的、それは手に入れたスキルの効果を確かめるためだった。明日からアリアと冒険者活動を再開するのでちょうどいい機会というわけだ。


 そして、そんなタマの前に、『グギャッ』という声とともに一体の異形が現れた。緑の肌に子供程度の身長、その頭上に小さなツノを持った小鬼のような姿……Eランクモンスター、ゴブリンだ。

 タマを見つけるなり、ヨダレを垂らしながら手にした粗末なつくりの短剣を頭上に振り上げ、耳障りな雄叫びを発しながら駆けてくる。


(よし、まずは《ドラゴンファング》を使ってみるとしよう。ゴブリン程度が相手であれば、たとえスキルが不発に終わっても挽回はできよう)


 タマはそう判断し、駆け寄ってくるゴブリンに向かってスキルを行使する。


「にゃん(《ドラゴンファング》)!!」


 可愛らしい鳴き声とともに飛び出すタマ。スキルの名前で、ある程度効果を予想していた彼は、小さな口をめいっぱい広げながらゴブリンに接近する。

 だが、タマがゴブリンの腹に噛みつこうとしたその直前――それは起きた。


 ザシュッ!!


 そんな鋭い音が響き渡った。見ればゴブリンの体、その数カ所からおびただしい量の血が噴き上がったではないか。

 対し、タマの顎には何かに喰らいついたような感覚が伝わってきた。目の前の出来事、そして顎に伝わる感覚で、何が起きたのかを理解する。


(《ドラゴンファング》……なんと恐ろしいスキルだ! まさか、噛みつくという事象・・を起こしてしまうとは……!)


 それと同時に驚愕するタマ。《ドラゴンファング》のスキルの正体、それは目の前の空間にマナで巨大な顎門を作り出し、自身の口の動きと連動し噛みつき攻撃を仕掛けるというとんでもないスキルだったのだ。


(さすがSランクモンスターを喰らい得たスキルだ。《属性咆哮》や《属性剣尾》より威力は落ちるが、その二つと違い溜めや操作を必要としない分、使い勝手がいいやもしれん。うまく使い分けるとしよう)


 歴戦の騎士であるタマは、瞬時に《ドラゴンファング》の特性を理解し、運用方法を決めるのだった。


(さて、次は《ドラゴンクロー》……と、いきたいところだが、どうせなら中型以上のモンスター相手にもスキルの効果のほどを試してみたい。もう少し迷宮の奥に潜ってみることにしよう)


 本当はちょっとスキルを試し撃ちするつもりで迷宮へとやってきたタマではあったが、手に入れたスキルが想像以上に強力だと分かると、自分の中の騎士の血が騒ぎ、もっと強い相手に試したい衝動にかられ、迷宮の奥へと歩を進める。





『ブヒィィィぃ!!』


 迷宮三層目――間抜けな雄叫びとともに豚……のような顔をしたモンスター、オークがタマを見つけるなりドシドシと音を立て接近してくる。


(よし、そろそろ次のスキルを試してみるとしよう)


 迫りくるオークを見据え、タマは次なる喰奪スキルの試し撃ちをすることにする。この個体の他に、タマは既にオークを二体ほど《ドラゴンファング》で倒している。

 そのどれもが一撃で片がついた。やはりSランクモンスターから得たスキルは強力だ。威力や使い勝手も十分に理解できたので、次のスキルの効果を確かめようというわけである。


「にゃあ(喰らえ、《ドラゴンクロー》)!!」


 タマは鳴き声をあげると同時に、右の前足を迫りくるオークに向かって振り抜いた。


『ブギャァァァァァァァッッ!?』


 オークの絶叫が響き渡る。《ドラゴンファング》の効果を見て、タマは《ドラゴンクロー》の性能もある程度予想していた。

 そして、その予想は当たりだった。振り抜いた前足がオークの体に触れる前に、オークの体には四本の太い爪痕のようなものが刻まれ、そこから大量の血が飛び散った。

 タマの手には何かに勢いよく触れた感覚が残る。《ドラゴンクロー》の効果は《ドラゴンファング》同様に、マナで巨大な爪を空間に作り出し、腕の動きと連動し、攻撃を見舞うというものだったのだ。


(ふむ、実に使い勝手のいいスキルだ。それに、これで我が輩は、噛む、引っ掻く、咆哮、剣尾、魔法と五つの強力な攻撃パターンを揃えることができたわけだ)


 激痛と出血により地に崩れ落ちるオークを前に、タマは満足げに頷くと、ペロペロと前足を舐め、顔を洗うのだった。





(よし、最後に固有スキル、《獅子王ノ加護》を試してみるとしよう)


 その後も、《ドラゴンクロー》を駆使し、オークやローパーなどのモンスターを一撃のもとに屠り続け、タマは迷宮五層目までやってきた。

 辺りを見渡し、モンスターがいないことを確認すると、タマは固有スキル、《獅子王ノ加護》を使ってみることにする。


 二つのスキル、《ドラゴンファング》や《ドラゴンクロー》と違い、《獅子王ノ加護》はその名前からどんな効果なのかいまいち想像がしづらい。

 五層目のモンスター相手に、ぶっつけ本番状態で発動するのは危険と判断し、空撃ちでもいいからスキルを発動することにしたのだ。


(よしいくぞ、《獅子王ノ加護》発動!!)


 頭の中で、強くスキル名を念じる。すると……。


 カッ!!


 タマの体が黄金色の輝きに包まれた。そして体の奥からジン……と熱くなるような感覚が伝わってくる。

 そして、体に次々と〝ステータスが付与〟されていくのがタマには理解できた。

 固有スキル、《獅子王ノ加護》には、筋力増強、防御力増強、毒耐性、炎熱耐性、氷結耐性、感電耐性……などの優秀な恩恵を与える効果があったのだ。

 そして、効果は自分だけでなく他者にも有効だということも頭の中で理解する。


(これは素晴らしいスキルだ。戦闘前にこれさえ発動しておけば、ベリルのような毒を使う敵から、ご主人を守り抜くことができるぞ! まさに加護の名に相応しいスキルだ)


 アリアの騎士(ペット)として、主人の身を守る術が多いに越したことはない。事実、《獅子王ノ加護》はアリアを守りきれなかったタマが、彼女を守りたいと願うことで進化とともに発現した奇跡のスキルだったのだ。


『モ゛ォォォォ……』


 タマが《獅子王ノ加護》の効果に感動を覚えていると、唸り声とともに一体のモンスターが岩陰から現れた。

 牛人型のモンスター、その名もミノタウロスだ。手には巨大な斧が握られ、血走った目でタマを見つめている。どうやらタマを喰らうつもりのようだ。


(ここは、《ドラゴンクロー》で……。いや、《獅子王ノ加護》のバフ効果がいかほどのものか試してみることにしよう)


 にじり寄ってくるミノタウロスを前に、タマは頭の中でそう決めると、猫らしくお尻をフリフリしながら飛び出すポーズを取ると……。


 ダンッ!!


 勢いよく地面を蹴り飛び出した。その速さ、まるで弾丸のようだ。そして、そんな勢いでタマはミノタウロスの土手っ腹にドパンッ!! と頭から衝突する。


『モ゛ォォォォォォオオオ……!?』


 ミノタウロスが悶絶の声をあげ、その場に腹を押さえて蹲る。あれだけの勢いで頭突きを喰らえばそうなって当然だ。

 対し、タマははというと……。


(痛く……ない?)


 少々困惑した様子でミノタウロスの横に佇んでいた。ミノタウロスの硬い腹をも突き抜ける衝撃、自分にも同様のダメージがくることをタマは予想していたのだが……。

 意外にも、タマに痛みは訪れなかった。いったいどういうことだろうかと思案するタマだが、それは自身に付与された加護の効果を思い出すことによって、すぐに解消される。


(そうか! 《獅子王ノ加護》には防御力増大の効果もあったのだったな。まさかこれほどとは……。実に心強いスキルだ!)


 自身の《獅子王ノ加護》の強力な効果に、自分のことながら感心するタマ。そして、他の防御スキル《アイアンボディ》と併用すれば、より堅牢な鎧と化すだろうな……。などと思考を巡らすのだった。


(いかんいかん、まだ戦いの最中であった。コヤツを片付けてしまうことにしよう)


 未だ呻き声をあげるミノタウロスに意識を戻し。タマは片方の前足を振り上げ、「にゃんっ!」と鳴き声をあげる。

 喰奪スキル、《ドラゴンクロー》を発動したのだ。ミノタウロスの頭から胴にかけて、巨大な爪痕が走り、鮮血が噴き出す。ミノタウロスは静かに地面に倒れ落ちた。


(スキルの効果も確認できたことだ。そろそろ、ご主人のもとに帰るとしよう)


 明日はアリアの冒険者活動再開の日。できれば夜が明ける前に彼女のもとへと戻っておきたい……。そんなことを考えてる最中であった。


「やっと見つけたぞ! 〝強き者〟よ!!」


 タマの耳に、そんな言葉が聞こえてきた。


「にゃん(何奴)!?」


 バッと振り返り臨戦態勢に入るタマ。声のした方を見ると、そこには……一人の美女が立っていた。

 少々鋭い瞳の色は金色こんじき、長くボサボサの髪は栗色、服装は何故かボロ布一枚のみ、生地も薄く、彼女の大きな胸や程よくむっちりとした太ももなどが見え隠れしてしまっている。


(この乙女はなぜ迷宮でこのような格好でいるのだ? それに今、我が輩のことを強き者と呼んだか? いや、その前に、この雰囲気……どこかで感じたことがあるような……)


 突然の出来事に、困惑した様子を見せるタマ。どれと同時に彼女に何か既視感を覚える。そんな彼などお構いなしに、ボロ布の美女は――


「どうしたのだ強き者よ、元の姿に戻っているではないか。まぁいい。そんなことよりも……」


 そこまで言うと、彼女はタマに向かって駆け出した。そして――


「さぁ、強き者よ! 我を〝孕ませる〟のだぁぁぁぁぁぁ!!」


 そんな言葉を叫び放った。


「にゃあぁぁぁぁ(うわぁぁぁ!? ご主人と同類ヘンタイだぁぁぁぁあ)!!」


 何者かは分からない。だがコイツはヤバイ!! 迫りくる女に、タマはそう判断し、脱兎のごとく駆け出した。

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