51話 歩み寄る猫

「こらっ! タマが怯えてるじゃないですか! 乱暴はダメですよステラちゃん!」

「ひぃッ!?」


 タマに向かって、とんでもない言葉を口走りながらル◯ンダイブを決めるステラに――


(逃げ場はない、ここまでか……!)


 と、半ば諦めの表情を浮かべたタマ。

 そんな最中に、アリアの声がタマとステラの間に割って入る。

 どうやらタマの恐怖の叫び声で起きたようだ。


 アリアの声が聞こえた瞬間、ステラは空中で方向転換するというある種の神技を披露すると、部屋の隅まで駆け寄りガクガクブルブルと震えだす。


 どうやら、まだアリアに対し怯えの感情を持っているようだ。


「にゃあ(ご主人)〜……!!」


 絶体絶命のピンチ。

 その瞬間に助けに入ってくれたアリアに、タマは顔をパァっと輝かせ、彼女の胸の中にぴょんっ! と飛び込んだ。


「ふふっ、もう大丈夫ですからね、タマ?」

「にゃあ……」


 アリアはタマを抱きとめると、優しく優しく体を撫でてやる。

 タマはその心地よさに安心感を覚え、気持ちよさそうに目を細める。


「ステラちゃん、タマが魅力的なのはわかります。ですが昼も言ったとおりタマはまだ子どもですから赤ちゃんはつくれませんし、なによりタマはわたしの騎士ペットですからステラちゃんに渡す気はありませんよ?」

「ぐぬぬ……。悔しいのだ……。だが、今の我では……」


 優しい声音、しかししっかりと叱りつけるアリアに、ステラは悔しげな表情で呟くと、すごすごとベッドの中に戻っていく。


 それ見て、アリアはホッと息を吐くと自分もベッドの中に戻り、「こういったことが続くようであれば、少し対応を考えなければなりませんね……」と、今後の対応について考えを巡らす。


――おい、強き者よ。今日は一旦退くとする。だがこれだけは伝えておく、我はお前を愛しているのだ……!


「ッ…………」


 アリアの胸に縋りつくタマの頭の中に、ステラの念話が木霊した。

 当のタマはというと、唐突な愛の告白に、沈黙を貫くことしかできないのであった。





 翌朝――


「なんぞこれ!? 昨日の、ハラミノクンセイとソーセージノモリアワセも美味かったが、これもなかなかなのだ!」


 宿屋の一階の食堂で、昨晩と同じようにステラがはしゃいだ声を上げる。

 まるで夜中にアリアから怒られたことなど忘れてしまっているかのようだ。


 そんなステラの手には、香ばしい香りを放つトースト、その上にこんがり焼きあがったベーコンと、半熟の目玉焼きが乗っている。


「それにこの〝カジツスイ〟というのもスゴイ! こんな美味い水を飲んだのは初めてなのだ!」


 トーストを齧りながら、合間に果実水を飲むと、またもやはしゃぎだすステラ。

 彼女の子どものような振る舞いに、昨夜の出来事で少々警戒心を抱いていたアリアも毒気を抜かれてしまうのであった。


 そんなアリアが、おもむろにステラに向かって問いかける。


「ステラちゃん、記憶のないあなたに、こんなことを聞くのは酷かもしれませんが、何か得意なことはありますか?」

「むぐっ? 得意なことなのだ?」


 アリアの問いかけに、目玉焼きトーストをおかわりしていたステラの動きが止まる。


 昨日から、アリアは考えていた。

 ステラの面倒を見るのは自分で言い出したことなので別に苦ではない。


 しかし、彼女の記憶が戻る保証はどこにもない。

 そうなった場合でも彼女が自分だけでも生きていけるように手に職をつける訓練をしてあげなければ、と……。

 そして何より、働かざる者食うべからず――この言葉を彼女に知ってほしいと思っていた。


 そのようなことを伝えると、ステラからこんな答えが返ってきた。


「そういうことなら、我は戦いが得意なのだ! 否、むしろ好きだと言えるのだ!」

「戦いが得意……ですか。あれ? でもステラちゃん、迷宮の中で怯えていたじゃないですか。戦いが好きならおかしくありませんか?」

「何を言う。あれはそなたに対して怯えていただけだ。戦いやモンスターどもに対し、恐れを抱いていたわけではないのだ!」

「なっ……!? わたしに怯えていた? ステラちゃんどうしてですか? わたし、ステラちゃんに何かをした覚えはありませんよ?」

「たしかに、我はそなたに何かをされた覚えはない。だが、強き者をまるで赤子のように従えているではないか、そんな存在に怯えるなと言う方がおかしいのだ!」


 自分に対してステラが恐怖を抱いているという事実に、アリアは少なからずショックを受ける。


 そして、今の言葉でアリアの胸に抱かれていたタマは(あぁ、なるほど……)と、納得する。


 つまり、ステラがアリアに対し、恐れと尊敬の念を抱いているかのように見えた原因は、ステラを一刀のもとに屠ったタマを騎士ペットとして従えていたことによるものだったのだ。


 モンスターの世界は弱肉強食。

 力の強い者に弱者が喰われてしまう、あるいは従えられるのが常だ。


 タマを従えるどころか、赤子のように愛でるアリアに。

 いったいどれほどの強者なのかとステラはアリアの計り知れない力量に恐怖しているのだ。


 ――なぁ強き者よ、このアリアという女人はいったい何者なのだ? お前という強者を従えておきながら、なんとも優しい雰囲気を纏っている。どうにも不自然なのだ。


 ようやくステラの不可解な反応に得心したタマの頭に、ステラから念話が送られてくる。


 ――何者も何も、彼女は我が輩の恩人であり、大切なご主人だ。ご主人は優しい人間だ。だからこそ行く宛のないお前の面倒を見ている。くれぐれも粗相をすることのないようにしろ。

 ――お前ほどの強者にご主人とまで呼ばれるとは……。うぅっ! 何という女人! 身震いしてきたのだ!


 ステラの念話に、試しにタマは言葉を思い浮かべ彼女に送りつけるようなイメージをしてみる。

 すると、すぐさまステラからの返事が脳に響き渡った。どうやら念話のやり方に間違いはなかったようだ。


 ――ところでアースドラゴン……いや、ステラ。我が輩がこうして会話ができるということはご主人には決して話すな。

 ――むぅ? 何故だ、言葉で意思の疏通ができた方が便利ではないか。

 ――ご主人は我が輩のことを、Sランクモンスターのベヒーモスではなく、ただの強力な猫と勘違いしている。彼女の騎士として、そう思われていた方が我が輩に都合がいいのだ。

 ――ほほぅ、それはいい情報を聞いた。強き者よ、そのことをバラされたくなければ、我とつがいになると誓うのだ!

 ――なッ……!?


 ステラの要求に、タマは驚愕……! といった感じで言葉を失う。

 まさか、元モンスターであるステラが、このような脅しの手段を使ってくるとは思わなかったのだ。


 ――……と、言いたいところだが、今のは冗談だ。愛するお前を手に入れるために脅しを使うなど、我のプライドが許さないのだ。強き者よ、いつかお前を惚れさせてみせるから覚悟しておくのだ!

 ――……まさか、モンスターであったお前が冗談を言うとは……。惚れさせる云々は置いておくとして、いつまでも強き者と呼ばれるのもあれだ。我が輩のことはご主人と同じようにタマと呼ぶがいい。

 ――おぉ! 名で呼ぶのを許してくれるのか! よし、一歩前進なのだ!!


 気を許したわけではない。だが、昨夜から今に至るまでの会話で、ステラが既に敵意を抱いていないこと。

 そして、自分に対して恋をしていることをタマは理解した。彼女の気持ちに応えてやることはできないが、それでもこれからともに生活をする者として、一歩近寄ってみたのだ。


 それに、アリアの命を救うためとはいえ、ステラの命を奪ってしまったことに少なからず罪悪感を覚えていたのも理由のひとつかもしれない。


(なんでしょう、タマとステラちゃんが何故だか通じ合っているように見えます……)


 念話でやりとりを交わすタマとステラ。

 無言で見つめ合うその姿に、アリアは感覚的にそれを感じ取り、少々の嫉妬心を覚えるのだった。

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