40話 ベヒーモス覚醒

 野を越え、川を越え、空を駆けること数時間――

 タマは迷宮へと辿り着いた。


『ギギッ』

『グギャッ』


 タマの姿を見て、耳障りな声を上げ、ゴブリンたちが襲いかかってくる。


「にゃぁぁぁぁぁ(どけぇぇぇぇぇ)ッっ!!」


 雄叫びを上げ、駆け出すタマ。

《属性剣尾》をがひとつ、《エーテルエッジ》を発動し、バッタバッタとゴブリンどもを斬り捨てていく。


 そして、いよいよ上層の最奥。

 最下層へと繋がる吹き抜けが見えてきた。


(待っていろ、ご主人様。必ず我が輩が助けてやるからな!)


 タマは意を決して飛び降りた。





『ほう、この気配は…』


 迷宮最下層――


 頭上から近づいてくる気配に、この迷宮最強の存在、Sランクモンスターたるアースドラゴンは隻眼を血走らせていた。


 そして――


 バサっ……


 タマはアースドラゴンの目の前に降り、滞空する。

 いつもと違い、可愛らしい瞳は鋭く細められている。


『どういうつもりだ、弱き者よ。せっかく我から逃げ果せたというのに、舞い戻って来るとは?』

「にゃん(こういうつもりだ)ッッ!!」


 静かに――しかし、圧倒的なプレッシャーを放ちながら問いかけてくるアースドラゴンに。

 タマは問答無用とばかりに《フレイムハウリング》を正面から放った。


『グハハハハッッ!! 面白い! 再び相手をしてやろう! そして、この眼の傷の怨み、晴らさせてもらうッ――!!』


 どういうつもりかは分からない。だが、自分の片眼を奪った怨敵が目の前に現れ、敵意を向けてきた。

 アースドラゴンが戦う理由はそれだけで十分。高笑いを響かせながら、迫りくる焔の咆哮に向かって前脚の鉤爪を振り抜いた。


 ゴウッッ!!


 鉤爪は《フレイムハウリング》を突き抜け、タマに襲いかかる。

 僅かに前脚の表面を焦がすが、大したダメージにはならなかった。


(くッ! 《フレイムハウリング》でもこの程度のダメージにしかならぬか、ならばッッ!!)


 タマは右に大きく飛ぶことでアースドラゴンの爪を回避した。


『グフフフフッ……我の攻撃を躱したか』


 以前は一撃で戦闘不能に陥らせられたタマだったが、今は違う。

 一戦ではあるが、アースドラゴンの動きは学習済みであるし。

 ベヒーモスの体にも完全に慣れている。


 そして、地面に降りて戦っては確実に捉えられてしまうこともわかっている。

 だからこそ、常に《飛翔》スキルを使い、高速空中戦闘を挑むつもりなのだ。


「にゃあ(《ロックエッジ》)ッ!!」


 回避するや否や、タマは地の《属性剣尾》、《ロックエッジ》を発動。

 離れ様にアースドラゴンの前脚に強撃を叩き込む。


『ぐぅッ!? 我の体に傷をつけるか! ならばこれでどうだ!!』


 地の《属性剣尾》によって、タマはアースドラゴンに傷を負わせることに成功する。

 するとアースドラゴンはその場で半回転。尻尾による打撃を見舞ってくる。


(むっ、避けきれぬ! こういう場合は!!)


 尻尾による攻撃の回避を試みるも、僅かに掠ってしまうとタマは判断。

 掠っただけでもあれだけの威力。タダでは済まなそうだ。


 なので喰奪スキル、《アイアンボディ》を発動。

 尻尾が掠る瞬間、体を鋼の強度と化し、ダメージを無効化してみせる。


 そして次はタマの番だ。

 今度は風の《属性剣尾》、《エーテルエッジ》を選択。

 以前と同じようにアースドラゴンの目玉を狙う。


『馬鹿が! その攻撃はもう見切っておる!』


 アースドラゴンに前回のような慢心はない。

 タマの尻尾から発せられるマナの本流を感じ取り、咄嗟に顔を逸らした。


(これは長期戦になるな……)


 片や頑強な体と圧倒的な破壊力を誇るSランクモンスター、アースドラゴン。

 片や幼体とはいえ豊富なスキルと前世での騎士としての経験を駆使するSランクモンスター、ベヒーモス。


 長く熾烈な戦いになるとタマは踏む。


 交わされる激しい攻防。

 紙一重の一進一退。


 タマの予想どおり、戦いは激化し数十分にも及んだ。

 だが、そんな戦いにも変化が訪れた。


「ハッ……ハァッ……」

『グフフフフッ、どうした小さき者よ。随分と息が上がっているようだが?』


 タマの実力を認めたのか、アースドラゴンのタマの呼び名が“弱き者”から“小さき者”へと変わっている。

 アースドラゴンの体には至る所に傷が刻まれていた。


 対するタマは空中戦闘を行うことによる離脱と、どうしても掠ってしまうような攻撃は《アイアンボディ》で防いでいたので、ほぼ無傷だ。

 だが、アースドラゴンの言うとおり、息は大きく上がり動きは戦闘開始当初より精彩を欠いていた。


『諦めろ。貴様では我には勝てぬ。大人しく殺されるがいい』


(確かに……。我が輩では手数はあれど体力が持たぬ。おまけにマナの量も限界だ。このままでは敗北するだろう……今のまま・・・・では――な)


 このままでは勝てない。

 だからこそ、タマはある決意をした。


 そして心の中で呟く……


(さようならだ、ご主人……ッ!!)


 そして、頭に思い描く。

 少し前――自身のステータスに現れた。“進化”の文字を!!


 カッ――!!


 タマの体が激しい光を放った。

 光はさらに輝きを増し空間を埋め尽くす。


『グゥッ!? なんだこの光は!!?』


 光の本流に、アースドラゴンも思わず視界を閉ざす。


 やがて光は収束する。

 そして、アースドラゴンの前に立っていたのは――


 漆黒の毛並みに包まれた巨体。頭からは二本の悪魔のような角が生え、巨大な顎門から鋭く牙が覗く。

 さらに翼や胴体、脚などのいたるところには、蒼黒色の装甲のようなものが覆っている。


 言うならば龍の特徴を持った獅子――そんな四足獣が威風堂々と立ち誇っていた。


『なんだ! 貴様は何者だ!?』


 光の中から現れた四足獣。

 突然の出来事に、アースドラゴンが激しく狼狽する。


 弩轟――――ォオッッ!!


 四足獣が咆哮する。

 あまりの声量に、大気がビリビリと震える。


 そして、四足獣は言葉を紡いだ。


 ――我が輩の名は“タマ”!! 冒険者アリアの騎士にして、Sランクモンスターのベヒーモスなり! 主人の命を救う為、貴様を屠らせてもらうッッ!!!!

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