39話 絶対強者のもとへ
『『『ゲバァァァァァァァァッッ!!』』』
結界の中――
四体のトロールがタマに襲い来る。
そのどれもが、巨大な斧や、鉈のようなものを装備している。
「にゃん(《ウォーターハウリング》)!!」
タマは《属性咆哮》がひとつ、《ウォーターハウリング》を発動。
先ほどのワーウルフの時と同じように、真横に薙いでみせる。
ザシュッ――!!
トロールどもの胴体が深く抉れる。
だが、ワーウルフの時とは違い、その胴体を切断するには至らなかった。
(くそっ! さすがAランクモンスター、頑丈だ……!)
トロールの皮膚は頑丈であり、筋肉繊維もそこらのモンスターとは桁外れに発達している。
ゆえに、タマの《ウォーターハウリング》を一撃必殺とはならないのだ。
『ゲバァァッ!!』
トロールが叫ぶ。
すると、今出来た傷がみるみるうちに
(再生能力……。噂には聞いていたが、見るのは初めてだな)
タマは思い出す。トロールは剛力を誇るだけではなく、再生能力を有しているという情報を。
トロールは自身の持つマナを肉体に変換し、傷を再生する力を持っているのだ。
マナが尽きぬ限り不死身……それこそがトロールをAランクモンスター足らしめている最大の理由だ。
『ゲバババババッ!!』
一番最初に傷の再生を終えた個体が、タマに向かって鉈を振り下ろす。
(そんな攻撃食らってなるものか!)
タマは大きくサイドステップすることで攻撃を回避。
行き場を失った鉈が地面に叩きつけられると、あまりの破壊力で地が抉れる。
(こうなっては仕方ない。さらに力を解放することとしよう)
一見追い詰められているようだが、タマに焦りはない。
肺に空気を吸い込むと、新たにスキルを発動する。
「にゃあぁぁ(ロックハウリング)!!」
地の咆哮がトロールどもに襲いかかる。
質量を持った咆哮は、トロールの頑丈な皮膚に深くめり込む。
「にゃん(そら、もう一発だ)ッ!」
そして今度は《フレイムハウリング》を発動。
《ロックハウリング》によって出来た傷が塞がる前に、トロールどもの肉を直接焼き上げる。
『『『ゲギァァァァァァァァ――ッッ!!??』』』
再生能力があろうとも、痛覚だけはどうしようもない。
肉を直接焼かれる激痛にトロールどもがのたうち回る。
《フレイムハウリング》!
《フレイムハウリング》――!
《フレイムハウリング》――――!!
タマの咆哮は止まらない。
トロールどもを完封し、再生するためのマナが尽きるまで焼き尽くすのみだ。
トロールたちの敗因、それはベリルによる《マルチプロテクションウォール》に閉じ込められていたことだろう。
狭い空間での戦いでなければ、いくらでも逃げ場も勝機もあっただろうに……
◆
「んじゃ隊長」
「ここは任せるのである」
「おいおい、僕の部下のくせに随分扱いがひどいんじゃないか?」
ダニーとハワードの言葉に。
セドリックが呆れたような表情で応える。
「何言ってんだい、こういう敵は隊長の得意分野だろう?」
「ですぅ! とっとと
ケニーとマリエッタもダニーたちに乗っかる。
部下たちのぞんざいな扱いに「はぁ……わかったよ」と苦笑しながらセドリックが剣を抜く。
そして……
「“闇魔力”解放――」
静かに言葉を紡ぐ。
するとセドリックの長剣が漆黒色に輝きだした。
剣身から禍々しい魔力が迸る。
「さぁ、いこうか」
剣を中腰に構え走り出す。あっという間に二体のトロールの間に滑り込み、その胴体を斬りつける。
『ゲギャアァァァァ――!?』
トロールが二体揃って悲鳴を上げる。
斬撃による激痛……というよりは、何か悶え苦しんでいるようだ。
「ふふふ……どうだい? 生命力そのものを“奪われる”感覚は?」
微笑を浮かべながらセドリックが言う。
彼の剣に纏わりつく漆黒の輝きの正体……それは、闇属性の魔力――闇魔力と呼ばれるものだ。
闇属性とは、
そしてセドリックは大魔導士の義兄。
兄思いの大魔導士は騎士であるセドリックの剣に、自分の魔力を封じ込めたのだ。
「さぁ、楽しませてもらうよ。一方的に……ね?」
セドリックが嗜虐的な笑みを浮かべる。
◆
(馬鹿な! こんなはずでは……!?)
両隣の結界の中で、次々と殲滅されていく虎の子のトロールたちを見て、ベリルは激しく焦燥する。
「余所見してる余裕があるにゃ!?」
『く……ッ』
バトルハンマーを振りかぶりヴァルカンがベリルに襲いかかる。
ベリルは大きく退くと、すんでのところで攻撃を躱す。
「そこですッ!!」
アリアが飛び出す。
すでに《アクセラレーション》を発動し、そのスピードは最高潮に達している。
『雑魚は引っ込んでいろ!』
ベリルが腰から引き抜いた剣でアリアのナイフを弾く。
魔族の筋力は人間よりも遥かに優れている。
まともにぶつかってはアリアに勝ち目はない。
だからこそ――
「《疾風連斬》ッ!!」
アリアは《疾風連斬》を発動し、その身に斬撃を纏う。
離れぎわに、僅かにベリルの肌を傷つけることに成功する。
『おのれ人間どもめッ……』
忌々しげに呪詛を紡ぐ。
ベリルの予想では、今頃トロールたちがタマや騎士をなんなく片付け、自分もアリアとヴァルカンになんなく勝てると思っていた。
だが、蓋を開けてみればタマや騎士は馬鹿みたいに強力で、アリアとヴァルカンも単体では恐るるに足らないが、凄まじいコンビネーションで自分を追い詰めてくる。
(いや、まだだ! こいつらさえ片付ければ、まだ生き残ることが出来る!!)
ベリルの《マルチプロテクションウォール》は、強力な固有スキルだ。
発動を解除する、または発動者が戦闘不能になるまで効果は持続する。
ベリルはアリアとヴァルカンを片付けた後に、結界を解除。
そしてすぐさま再展開し、タマと騎士たちを閉じ込め、逃亡をしようと企む。
こうなればやむを得ない。
一旦復讐を諦め、生き残ることに目的を切り替えたのだ。
(生き残れば復讐のチャンスはいくらでもある。何としてもこいつらを始末するのだッ!!)
覚悟を決めるベリル。
それと同時に、懐から短剣を取り出し二刀構えとなる。
『シ――ッ!!』
剣を両脇に広げ駆け出すベリル。
どうやら決めるつもりのようだ。
「ヴァルカンさんッ!
「了解にゃん!!」
対し、2人も言葉を交わすとヴァルカンがバトルハンマーを大きく振り上げた。
(馬鹿め! そんな攻撃、当たるはずがなかろう!!)
ヴァルカンの大ぶりな構えに、ベリルは内心ほくそ笑むと、突撃する進路を僅かにずらし、バトルハンマーを回避する。
ドゴォォォォォォンッ!!
空振ったバトルハンマーが地に叩きつけられ、もうもうと土煙を上げる。
(しまった! これでは視界が……!?)
土煙によって視界を遮られたベリル。
これこそが、アリアたちの狙いだったのだ。
ヒュンッ!!
土煙の中、一筋の閃きが走り抜ける。
閃きはベリルを捉えると、その胸をドスッ! と貫いた。
アリアのナイフだ。
『ぐがぁぁッ おの……れ……ッ!』
苦し紛れにベリルが短剣を振るう。
僅かにアリアの二の腕を傷つけるが、その場に崩れ落ちた。
「にゃあ(ご主人)〜〜!!」
「タマ!!」
ベリルが戦闘不能に陥ったため、結界が解除された。
結界の中からハラハラとアリアを見守っていたタマが、勢いよく彼女に向かって駆け出す。
だが――
ぐらりっ……
駆けてくるタマを抱きしめようと身を屈めたその瞬間――
アリアの体が揺れ、崩れ落ちた。
(ど、どうしたのだ、ご主人!?)
突然倒れたアリアに、タマは混乱する。
「んにゃ!? これは……!」
ヴァルカンが目を見開く。
その視線はアリアの二の腕にあった。
「なんだこりゃ! アリアちゃんの腕に、痣みたいなもんが……!」
騎士たちもアリアに近づいてくる。
見れば確かに紫の痣のようなものが浮かび上がっていた。
『く、くく……ワタ……シの、短剣には……“ポイズンドラゴン”の毒が……塗り込まれていたの……だよ。……その女も道づれ……だ……』
途切れ途切れにベリルが言葉を紡ぐ。
そして、そこまで言うと目を見開き、完全に息を引き取った。
「ポイズンドラゴンの毒だと!?」
「早く解毒しないとまずいにゃ!」
苦しげな表情を浮かべ、気を失うアリア。
そんな彼女を抱えたセドリックとヴァルカンがやりとりを交わす。
「でもどうすんだい! ポイズンドラゴンの解毒って、“アースドラゴン”の目玉が必要だったはずだろ!? そんなもの手に入るはずが……」
「とにかく今は、レナードの町にアリアさんを運ぶのです! このままでじゃ2日と保たずに死んでしまうのです!」
「よし、分かった。某が運ぶのである」
ケニーとマリエッタの言葉に、ハワードがアリアを抱き上げ、遺跡の外へと駆け出す。
その場にはタマがただ1匹残され、絶望に打ちひしがれていた。
(アースドラゴン……Sランクモンスターの目玉など手に入るはずがない……!)
ケニーの言ったとおり、ポイズンドラゴンの毒を解毒するためには、アースドラゴンの目玉を煎じて飲ませる必要がある。
だが、アースドラゴンと言えばSランクモンスター。その素材は馬鹿みたいに高い上に、市場に出回ることもまずない。
状況は絶望的だ。
(アースドラゴン……アースドラゴンだと!?)
タマはハッとする。
アースドラゴン……その存在の居場所に覚えがあったからだ。
(こうしてはおれん!)
タマは《飛翔》スキルを発動し、飛び立った。
アースドラゴン――
かつて迷宮の最深部で、タマを死の寸前まで追い詰めた、その存在のもとへ向かうために。
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