32話 騎士隊長

 現れたのはひとりの青年だった。

 髪は鳶色、瞳は翠色。

 スラッとした長身に、スッとした鼻筋を持ち、爽やかな笑顔を浮かべている。

 いわゆるイケメンと言える容姿だ。


「あらん、セドリックちゃん。わざわざ騎士隊長自ら出向いてくるなんてどうしたのん?」

「志願者の集まり具合を確認しに来たんだよ。背中を預ける大事な仲間だし、ちゃんと知っておきたいと思ってね」


 アーナルドに、またもやイケメンスマイルを飛ばし応えるセドリック。

 そんなやりとりを前に、アリアは口をパクパクさせていた。


(なに!? セドリック・リューインだと……ッ!)


 そしてタマもまた、驚愕に目を見開いていた。


 セドリック・リューイン――

 その名は少し……いや、かなり有名だ。


 この世界では少し前に、“魔神の黄昏ラグナロク”と呼ばれる人類と魔神の軍勢による大規模な戦いがあった。

 戦いは熾烈を極めたが、“大魔導士”と呼ばれる少年の活躍により人類は勝利を収め、平和を勝ち取った。


 セドリック・リューインとは、大魔導士とともに戦い人類を勝利へと導いた英雄のうちの1人であるとともに、その大魔導士の義兄でもある者の名だ。


 同じ騎士でありながら、英雄とまで呼ばれる活躍をしたセドリックのことを、無論タマも知っていた。

 そんな人物が目の前に現れれば驚いて当然というものだ。


「お、お目にかかれて光栄です! セドリック様!!」


 と、ここで。


 ようやくアリアも口を開く。

 そして、その表情には尊敬の念が表れている。


 それもそのはず。実はセドリックは騎士でありながら、この都市の領主家――侯爵家の長男なのだ。

 とある理由・・・・・で家督は継がないことになっているが、その身分に変わりはない。

 そんな人物が騎士として人々を守り、英雄とまで呼ばれるほどの功績を残した――


 高潔な志を持つアリアが憧れないはずがないのだ。


 ……ちなみに、セドリックの義弟である大魔導士が、以前ヴァルカンの言っていた男の娘魔法使いであるのだが……アリアはそのことを知らない。


 それはさておき。


「ははっ、セドリックでいいよアリアさん。なにせこれから一緒に戦う仲間になるんだからね」


 緊張した様子で挨拶をするアリアに。

 セドリックは爽やかに応えるのだった。


(ふむ。気取った言い回しをしているはずなのに、全く嫌味に感じない。これが本当のイケメンというやつか。カスマンとは大違いであるな)


「さて、他にクエストを受ける冒険者はいないかい? いないのであれば、ここで募集を締め切ることにするよ」


 アリアたちが挨拶を終えると、掲示板の前に集まっていた冒険者たちに向かって、セドリックが澄んだ、それでいてよく通る声で問いかける。

 それに冒険者たちは揃って目を逸らす。やはりアリアたちのように命をかけての人助けをしようというものはいないようだ。


「よし。いないようだし、さっそくクエストの内容を説明するよ。立ち話もなんだし、向こうで座って話そう」


 目を逸らす冒険者たちを特に咎めることなどはせず、セドリックはアリアたちに向きなおると、酒場の席を指差しエスコートする。


 無理強いをして、いざという時に敵前逃亡でもされたら堪ったものではない――

 セドリックはその辺を理解しているのだろう。

 さすが英雄と呼ばれる者の1人だ。


「じゃあ説明を始めるね? まず目的は――」


 席に腰掛けると、さっそくセドリックが羊皮紙を取り出し説明を開始する。


 説明の内容を要約するとこういうことだった。


・クエスト内容:魔族、及びそれに従うモンスターの討伐。


・依頼元:レナードの町長。


・同行者:セドリックを含め、計5名。


・出発:明朝。


 その他、危険なクエストになる事が予想されるので、かなりの額の報酬が提示された。


「あの、セドリック様、少し質問があるのですが……」

「なんだろう、アリアさん?」

「魔族や未知数のモンスター相手に、この人数では厳しいのではないでしょうか?」


(うむ、我が輩もそう思っていたところだ。いくら英雄たるセドリック殿が同行するとはいえ、この数では心許ないであろう)


 恐る恐るといった様子で問いかけるアリアに、タマも内心同意する。

 だが――


「ああ、それだったら問題ないよ。今回同行する4人は僕の率いる1番隊の隊員。みんな魔神大戦を生き抜いた自慢の部下たちだ。……それに、いざとなったら切り札・・・もあるしね」


 セドリックは涼しげな顔で言うと、最後に絶対の自信を感じさせる笑みを浮かべる。


「ふふふ、大丈夫よんアリアちゃん。セドリックちゃんが本気・・を出したら凄いんだから♪」


 セドリックに続いてアーナルドが言う。

 その際にセドリックにしな垂れかかり、彼の指に自分の指を絡ませる。


「こら、アナ。そういうのは人前ではしない約束だろ?」

「あんっ、セドリックちゃんのイケズ〜ん♪」


 そんなアーナルドの額を小突き、甘い声で咎めるセドリック。

 アーナルドは可愛らしくも野太い声で、嬉しそうな仕草をする。


((あぁ……この2人って、そういう…………))


 セドリックとアーナルドのやりとりに、タマとアリアはソレを悟る。


 つまり、セドリックが家督を継がずに騎士などやっている理由とは……


 それはさておき。


 英雄であるセドリックのこの自信。

 そして、アーナルドの太鼓判もある。

 大丈夫と判断して良さそうだ。


 その後はアーナルドとセドリックによる、イチャイチャを見せつけられながらクエストを正式に受託。

 明日の朝、この都市を発つことが決定した。


(セドリック殿よ、それほどの容姿で性格も良く、さらに貴族で騎士隊長という高ステータスだというのになんともったいない……)


 タマは思うのだった。

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