33話 一番隊

「ふぅ……それじゃあ、タマ。行きましょうか」

「にゃ〜ん!」


 早朝――


 着替えを終えたアリアが、ベッドの上にちょこんと座るタマに向かって、腕を広げる。

 タマは元気に鳴くと、ぴょんっと飛び、いつもどおり柔らかなメロンの感触の中に収まる。


(む?)


 タマはあることに気づく。

 アリアが自分を抱きしめる力がいつもより強いこと。

 そして、その表情が強張っていることに。


(なるほど、ご主人は緊張しているのであるな。無理もあるまい、今回のクエストは普段とは比べ物にならぬほど危険を伴うやも知れぬ。それに同行するのは、あのセドリック・リューインとその直属の部下たち……。その誰もが英雄と呼んでも過言ではない。よし、ここは我が輩がご主人の緊張を解いてやろう)


「にゃぁ〜」


 タマは小さく鳴くと、に爪を立てぬよう器用にアリアのメロンの上を登ると、ペロっと彼女の頬をひと舐めする。


「きゃっ!? もう、タマったらくすぐったいです……ふふっ、もしかして、緊張しているわたしを元気づけてくれようとしてるのですか?」

「にゃ〜ん」


 最近ではタマの鳴き声と行動で、彼の言わんとしていることを、なんとなくではあるがアリアは理解できるようになっていた。

 タマはアリアの顔にいつもの優しい微笑みが戻ったことを確認すると、満足そうに鳴くのだった。


「これは元気づけてくれたお礼です……」


 それは唐突だった。


 あまりにも唐突で、一瞬何が起きたのかタマは理解できなかった。

 だが、自分の口に触れる温かさで、すぐにそれを理解する。


 自分の口、それとアリアの唇が静かに重なっていることを――


(ご主人……)


 アリアからすれば、猫 (と思われている)のタマだから軽い気持ちでした口づけだったのかもしれない。

 けれども、中身が成人した騎士であるタマとしては、目の前の見目麗しいエルフの少女からのキスというのは、あまりに衝撃的な出来事だった。


 とくんっ……


 その一瞬、わずかにタマの鼓動が高鳴った。


(もしや、我が輩は……)


 その時になって、初めてタマは気付き始めた。


 いつしか、自分が騎士として仕えると決めた目の前の少女を護衛対象ではなく、恋の眼差しで見ていたのではないか――


 そんな事実に。


(馬鹿な……転生者であるとはいえ、我が輩はモンスターであるぞ? それが、エルフのご主人に恋をするなど……。いや、今はこんなことを考えている場合ではない。今集中すべきは騎士としてご主人を守り抜くことのみだ!)


 タマは前世で朴念仁であった。転生した今もそれは変わらない。

 騎士道精神で自分の心を抑えつけ、騎士としての役目を優先させる。


 まぁ……その守りたいという気持ちが、これまで以上に強くなっていたりするのだが、タマはそのことに気づいていない。





「んにゃ〜アリアちゃん、おはようにゃ〜」

「おはようございます、ヴァルカンさん!」


 アリアとタマが集合場所である都市の南門の前に着くと、先に到着していたヴァルカンが手を振って声をかけてくる。

 アリアもそれに応え、小走りでかけていく。


「おや? どうやら僕たちが最後のようだね」


 アリアがヴァルカンのもとにたどり着くと、その後ろから爽やかな声が聞こえてくる。

 もちろんセドリックのものだ。昨日と違い軽鎧と剣を装備し、その後ろに男女4人を従えている。


「よし。それじゃあ、それぞれ自己紹介としよう。“ダニー”、君からだ」

「あいよ隊長っ、俺の名はダニー。一応この隊の副隊長をやっている。よろしくな!」


 頭を短く刈り込んだ男が気さくな感じで、自己紹介をする。

 武装はセドリック同様に軽鎧と剣のようだ。


「では次は、それがしの番である。某の名は“ハワード”。担当はタンクであるが、拳闘術も出来る。よろしく頼むのである」


 2人目は重鎧を着込み、身の丈ほどもある盾を持った大男だった。

 だが、普通の人間ではない。

 肌は緑の鱗で覆われ、顔は爬虫類のような形をしている。

 その種族の名は“リザードマン”。

 エルフや虎耳族などと同じ、亜人の内のひとつだ。


 続いて、2人の女騎士が前に出てくる。


「アタシは“ケニー”。得物は、このバトルアックスだ!」

「私の名前は“マリエッタ”ですぅ。武器はこの棍棒。よろしくお願いしますなのですぅ」


 快活な声で大ぶりな斧を掲げるケニー。

 髪は赤毛のポニーテール、少々鋭い形の瞳の色は赤茶。

 防具は、鎧ではあるのだが露出が多い……いわゆるビキニアーマーと言われるものを装備している。


 そんなケニーに対し、遠慮がちに名乗りをあげるマリエッタ。

 髪型は、黒に近い藍色の髪を目の上で切りそろえたショートボブ。瞳の色も同じく藍色。

 防具はケニーと同じくビキニアーマーだ。


(ふむ、ハワード殿がタンク。セドリック殿とダニー殿が前衛。ケニー嬢とマリエッタ嬢は武装から察するに、強撃奇襲要員といったところか……。少々、前衛に特化し過ぎている気もするが、決して悪くない布陣だ。それに、昨日セドリック殿が言っていた“切り札”とやらもある上でのものだろう)


 騎士たちの自己紹介。そして各々の武装を見て、タマは瞬時にそれを見極める。

 それと同時に、久々に見た騎士の武装姿に、懐かしい気持ちになるのだった。


「わたしはアリアです。ナイフ使いのCランク冒険者です。そして、この子はタマ。エレメンタルキャットで、まだ子供ですが、強力な固有スキルを持っています」


 騎士たちの自己紹介が終わると、アリアも挨拶をする。

 何やらヴァルカンは面識があるようだったので挨拶のみだった。

 そして、アリアがタマの紹介まで終えると……


「ほほう、エレメンタルキャットとは珍しいのである。しかも固有スキル持ちとは……」

「はわ〜かわいいのですぅ」

「なぁ、アリア。ちょっと抱っこしてもいいかい?」


 ハワードは顎に手を当て、興味深そうにタマを見つめ。

 マリエッタとケニーは、タマの愛らしさに抱っこさせて欲しいとねだってくる。


 ダニーは、アリアの谷間やヴァルカンの横乳を見て、ダラシない表情を浮かべていた。


「まぁまぁ、続きは馬車に乗ってからゆっくりとね?」


 そんなやり取りを眺め、セドリックは苦笑気味に皆を先に促す。


 見れば大型の馬車が1台用意されている。

 この馬車で、一行は1日かけてレナードへと向かうのだ。


(ふふっ。みなさん、とても気さくな人たちで安心しました。騎士であることなんて忘れてしまいそうです)


 騎士たちの気軽な口調や態度に、いつしかアリアの緊張も解けていたのだった。

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