12話 即バレ?

「ふぅ……剥ぎ取り終了です。クエストはモンスターを倒すよりも、この作業の方が億劫ですね」


 アリアが腕で額の汗を拭いながら息をつく。

 その目の前には、先ほど討伐された三体のゴブリンの亡骸……それぞれ耳を切り取られている。


 何故こんなことをするのか。

 それは、“冒険者ギルド”によってモンスター毎に定められた体の一部を持ち帰ることで、討伐を完了したという証拠となる為だ。

 今回のゴブリンの場合は、指定箇所が耳だったというわけである。


(ああ……ご主人よ、綺麗な手であんな汚れ仕事を……。クソッ、我が輩が正体を明かせれば、あんなことさせずに済むというのに……)


 影から様子を窺っていたベヒーモスは、アリアがゴブリンの血で手を汚すことに胸を痛める。


 ベヒーモスにはスライムから奪ったスキル、《収納》がある。

 それが堂々と使えれば、剥ぎ取りなどしなくても死体をまるごと持ち帰ることが出来るからだ。


「ふふっ。それにしても、ようやくわたしもゴブリンを三体同時に倒せるようになりました。そろそろ次の階層へと足を伸ばしても大丈夫そうですね」


 ゴブリンの耳を革のポーチへと仕舞いながら、アリアが嬉しそうに言う。


 迷宮には階層があり、奥へと進めば進むほど強力なモンスターが現れる。

 そしてほとんどの場合、モンスターはその強さに比例し、討伐報酬や素材の買取り額が大きくなっていく。


 危険な場所へと立ち入れることに、アリアが嬉しそうな顔をしているのはそれが理由だ。


(いかんぞ、ご主人! 迷宮ではその油断が命取りになるのだぞ! ご主人のような娘っ子は上層で下級モンスターでも狩っているのが一番なのだ!!)


 ベヒーモスは気が気ではない。

 自分が主人にと心に決めた少女が、実力もままならぬ内にさらに奥へと進もうとしているのだから。


(そもそも、ご主人は何故ひとりで迷宮に挑むのか……迷宮に入る際は2人以上が定石だというのに……)


 迷宮は危険だ。

 低層と言えどもごく稀ではあるが、ゴブリンの大集団に囲まれることもある。


 万一ゴブリンに敗北し、捕まってしまった者……特に女性冒険者の末路は悲惨だ。


 ゴブリンは弱く、寿命も短い。

 その代わり、ある強みを持っている。


 それは“繁殖力”だ。


 ゴブリンの雄は種族関係なく、雌を孕ませることが出来る。

 つまり女性の冒険者が捕まりでもしたら、醜悪なゴブリンの苗床とされてしまうのである。


 こういった知識は一般的なものだ。

 ゆえに、腕に覚えのある者でも、女性冒険者の場合はたとえ低層であろうとも、必ずと言っていいほどパーティを組んで挑むものなのである。


「でも、今日のところはやめておきましょう。あと一体、ゴブリンを倒さないといけませんし」


 ベヒーモスが考えを巡らせていると、アリアは動き出した。

 どうやら先の層へと進むのは諦めたようだ。

 ベヒーモスはホッと息をつく。


 そして少し進んだ頃。

 新たに一体のゴブリンと遭遇した。


「《アクセラレーション》――ッ!!」


 アリアはすぐさま固有スキル、《アクセラレーション》を発動し、自身の動作速度を向上する。


 先ほどと同じように、目にも留まらぬ速さでゴブリンへと急接近。

 ゴブリンが短剣を振り下ろす前に、ナイフを目玉へと突き刺し、脳天まで貫いてみせた。


(そうか、そういうこと・・・・・・だったのか……ッッ!!)


 今のアリアの一連の動作を見て、ベヒーモスはあることに気がつく。


 それは、アリアの胸の動き・・・・だ。


 走る時。

 当然ながら、彼女のメロンは大きく揺れる。

 ここまでは、ただただ眼福ものだ。


 だが、ゴブリンへと攻撃を見舞う瞬間。

 それ・・は起きた。


 アリアがナイフを腰から引き抜いた時。

 まるでそれに合わせるかのように、メロンは逆側へと揺れた。


 そして、アリアがナイフを振るう時。

 またもやメロンはそれを阻害しないように揺れたのだ。


 あの“ぷるぷるメロン”で、どうやって接近戦をするのかと疑問に思っていたベヒーモスだったが、ここにきてその謎は解けた。


 アリアがメロンにもかかわらず接近戦を可能とする理由……

 それは、メロンが“立体起動”していたからだったのだ。


(まさに神秘! ご主人のメロンには神秘が詰まっておるのだ!)


 ベヒーモス、またもや大興奮である。


 そんなベヒーモスに気づくことなく。

 アリアは再び剥ぎ取り作業を始める。


 そして、片方の耳を剥ぎ取った頃。


『ギギ……ッッ』


 そいつは現れた。


「またゴブリン。予定数は討伐しましたが……いいでしょう。かかってきなさい」


 ゴブリンの出現に気づいたアリアが、ナイフを構え対峙する。

 距離は5メートルほどだろうか。


(いかん! ご主人は気づいてないのか!? そいつ・・・は――)


 今度はカウンターを仕掛けようと待ち構えるアリアに、ベヒーモスは焦りを覚える。

 何故なら目の前のゴブリンがを構えていたからだ。


 そして――


『グギャ! 《ファイアーボール》!!』


 ゴブリン――否、ゴブリンの突然変異種、“ゴブリンメイジ”は炎属性の下級魔法、《ファイアーボール》を杖から放った。


 ゴウ――ッ! と猛り飛ぶ火球。

 予想外の出来事にアリアは強張り、動けない。


 だが、《ファイアーボール》が放たれると同時。

 ベヒーモスは影から飛び出していた。


「にゃおん(《ファイアーボール》)!!」


 そして、こちらもミノタウロスから《スキル喰奪》で奪った《ファイアーボール》を発動する。


 轟――――ッッ!!!!


 火球と火球がぶつかり合い、小規模な爆発が起きる。


(このまま一気に片付ける! 喰らえ、《アイシクルランス》!!)


 すぐさま次の手を撃つベヒーモス。

 凍てつく魔槍がまっすぐゴブリンメイジへと飛んでいき、その土手っ腹を、バスッ!! と貫いた。


「子猫……ちゃん……?」


 ゴブリンメイジにトドメを刺したところで。

 ベヒーモスの背後から声がかかる。

 もちろんアリアのものだ。


「…………」


 ベヒーモスは黙って振り返る。

 どうやっても誤魔化しようがない。

 そもそも誤魔化そうにも、喋ることができないのだから。


「やっぱり子猫ちゃんなんですね。どうしてここへ……それに魔法を――あ、まさか君は……!」

「…………」


 揺れる瞳で問いかけるアリアに。

 ベヒーモスはうな垂れ、沈黙する。

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