11話 アリア
タッタッタッ――
宿屋から出て駆けること少し。
ベヒーモスは、すぐにエルフの少女を見つけることが出来た。
あの露出の高い冒険者衣装。
それに彼女特有の甘い匂い。
人混みの中であろうと、見つけるのは容易かった。
「おい、見ろよあの子……」
「ああ、すっげー可愛い。それにあの胸、たまらねーぜ……」
道行く男たち。
その誰もが少女のずば抜けた容姿に振り返り、思わず感嘆の声を漏らす。
(おのれ、ゲスどもが……我が輩のご主人を汚い目で見おって……ここが迷宮だったら始末してやるところだ)
ベヒーモスは自分が少女の胸の感触や、着替え姿を堪能していたことを棚に上げ、胸中でそんな悪態を吐くのだった。
そして少女の後を追い、少したった頃。
彼女はとある水路へと辿り着いた。
水路には複数のゴンドラが止まっている
「よー、“アリア”ちゃん! 今日もクエストか?」
「おはようございます。船頭さん。はいっ、迷宮区までお願いします」
そのうちの一隻の上に立つ男が、少女――アリアに向かって声をかける。
アリアは愛想よく微笑むと、胸に下げた銅色の“タグ”を掲げて見せる。
その様子を見て、他のゴンドラの上で待機していた男どもが、これみがよしに「チッ!」と舌打ちをする。
どうやら皆、アリアを自分のゴンドラに乗せようと目論んでいたようだ。
(ほう、ご主人の名はアリアというのか! 見た目に違わず愛らしい名だ。それと、この都市では“冒険者タグ”を持っているとタダでゴンドラに乗ることができるのか……)
やりとりを見ていたベヒーモスは、自分が主人と崇める少女の名を知ることが出来て満足顔だ。
そして、後半の冒険者タグという単語だが。
冒険者はS〜Eの階級ごとに、その階級に値する鉱石製のタグが与えられるのだ。
その内訳は以下のようになっている。
・Eランク=石製
・Dランク=銅製
・Cランク=銀製
・Bランク=金製
・Aランク=白金製
・Sランク=金剛石製
以上だ。
つまり、アリアの階級はDランク。
強さで表せば、駆け出し冒険者から卒業出来たところ……といった具合だ。
「さぁ、アリアちゃん手を……」
「あ、大丈夫です。自分で乗れますから」
ゴンドラに乗せようと、船頭の男がアリアへと手を差し伸べるが、アリアはニッコリと笑いながらそれを拒否。軽い身のこなしでゴンドラへとジャンプすると、トンッと静かな音を立て着地する。
(ふむ。服装の趣味の割に、ご主人様は身持ちが堅いようだ。我が輩、少し安心したぞ)
アリアのことを、清楚系ビッチだと思っていたベヒーモスは、ホッと息をつくのだった。
「あ、あはははは……」
手の行き場をなくした男が、恥ずかしさを誤魔化そうと笑い、頭をかく。
だが、その顔は不思議と落ち込んだ様子には見られない。
それもそのはず。
何故なら、アリアが着地したその瞬間。
男はアリアの胸がぷるんぷるんとふるえたのを見逃さなかったからだ。
男というものは、実に単純なのである。
「さぁ、アリアちゃん出発するよ」
「はいっ、お願いします」
男がオールをひと漕ぎすると、ゴンドラが緩やかに動き始めた。
置いてけぼりはごめんだ。
ベヒーモスはアリアたちの死角からゴンドラへと飛び乗り、一緒に載せてあった荷物の影にこっそりと身を潜めるのだった。
◆
「はぁぁぁぁぁぁ――ッッ!!」
迷宮の中。
裂帛が響き渡る。
一閃――
振り抜かれたナイフがゴブリンの喉を掻っ捌く。
ゴブリンの喉元から血飛沫が舞う。
血飛沫が地面へと落ちるそれよりも速く。
アリアは次なる獲物のもとへと駆け抜ける。
『グギャッ?』
『ギギッッ……!?』
次なる目標は、後方で控えていた二体のゴブリン。
アリアのあまりのスピードに驚愕の声をあげる。
だが、黙って殺られるわけにはいかない。
疾走してくるアリアに対抗しようと自分たちも短剣を構える。
だが――
ピタリッ……
間合いに踏み込むその直前。
アリアは急停止した。
かと思えば、手にしたナイフを剣帯に納め。
両手を左右のももに巻いたベルトへと伸ばした。
ビュン――ッッ!!
すると両手を一気に振り抜いた。
キラリと光る何かが飛んでいき、二体のゴブリンの体を――グサリッッ! と貫いた。
『『グギャァァァァァァァァ!!??』』
痛みのあまり、ゴブリンどもが絶叫を轟かせる。
見れば二体の腹と肩に、持ち手がリング状になった極小のナイフ……スローイングナイフが突き刺さっていた。
「トドメッ!」
激痛によりパニックに陥ったゴブリンに。
アリアは改めて腰のナイフを持ち直すと襲いかかる。
駆け出した勢いそのままに、逆手に持った両手のナイフを二体の心臓へと突き刺し――……勝利を収めた。
(ど、どういうことだ……!?)
一連の攻防を影から見守っていたベヒーモスは度肝を抜かれる。
アリアのナイフ捌き。
スローイングナイフとの使い分けも入れ、なかなかのものだった。
だが、まだかなり荒削りに見えた。
言うなら、ようやく基本をマスターしたといったところだろう。
問題はナイフの扱いではなく、アリアのスピードだ。
駆けるスピード。
武器を持ち替えるスピード。
そしてそれを振り抜くスピード。
全てのスピードが桁違いに速かったのだ。
(通常では考えられぬ。恐らく何らかのスキルだろうな)
ベヒーモスは、アリアのスピードをスキルによるものだと推測を立てる。
そしてそれは当たりだ。
アリアは、あるスキルを有している。
その名も、《アクセラレーション》。
発動から数分間。
自分の動作速度を倍加するという効果を持つ、固有スキルだ。
並み程度のナイフの腕しか持ってはいないアリアだが、この固有スキルによるスピードで、迷宮の上層 (手前)付近であれば、ソロでもモンスターを狩れるというわけである。
そして理解した。
アリアの露出度の高い格好。
あれは趣味などではなく、その素早さを殺さない為に重さを極限まで排したものだったのだと。
まぁ、下着の方は完全に趣味なのだろうが……それはさておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます