4話 血湧き肉躍る

(ほう、これは……)


 ワイバーンの肉を十分に堪能し終わったベヒーモスは、瞳の中に表示された《ステータス》を確認し、目を丸くする。


 ベヒーモスの能力は以下のようになっていた。


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名前:なし

種族:ベヒーモス(幼体)

固有スキル:《属性咆哮》、《スキル喰奪》、《属性剣尾》

喰奪スキル:《収納》、《ポイズンファング》、《飛翔》

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 固有スキルに《属性剣尾》。

 通常スキルに《飛翔》の項目が増えていた。


(《飛翔》は分かる。これはワイバーンの肉を喰ったことで、《スキル喰奪》が吸収したスキルだろう。だが、《属性剣尾》……これはいったいどういうことだ?)


 今まで倒したモンスターの肉を食べて吸収してきたスキルは、全て通常スキルの項目に振り分けられていた。

 だというのに、今回は固有スキルにも新たなスキルが追加された。


 ベヒーモスの尻尾が“?”の形に曲がる。


 その疑問は当然だ。

 なにせ、モンスターと人間は生態が違うのだから。


 つまりどういうことなのか。

 それを説明するには人間とモンスターの違いについて語る必要があるだろう。


 人間のスキルには大きく分けて2つある。


 1つは先天的に生まれ持ったもの。

 もう1つは、“スクロール”と呼ばれるスキルの封じられたマジックアイテムを使うことによって後天的に身につけたもの。


 ……いくつかの例外はあるが、それはごく稀な例だ。


 続いてモンスターだが……

 こちらも大きく分けて2つ。


 1つは人間同様に生まれ持ったスキル。

 もう1つは、戦闘によって得られる経験が必要に応じて新たに・・・生み出すスキルだ。


 人間と違いモンスターは常に死と隣り合わせ。

 モンスターは常に能力を向上させ、新たなスキルをアイテムなど無しに覚えることが出来るのだ。


 もっとも、覚えられるスキルにはモンスターによって法則と限界がある。

 例外あるとすれば……それは固有スキル、《スキル喰奪》を持つベヒーモスくらいのものだろう。


(まぁいい。使えるスキルは有効活用させてもらおう。まずは《飛翔》から使ってみるか……)


「にゃん(《飛翔》)!」


 愛らしい声で鳴いて、スキルを発動するベヒーモス。


 すると茶トラ模様の背中から爬虫類を思わせる漆黒の翼が生えたではないか。


(分かるぞ! 翼の動かし方、そして飛び方が!!)


 翼を生やした瞬間。

 ベヒーモスは野生の本能でそれを理解した。


 バサ――ッ!!


 大きく翼を広げる。

 そして重心を前方に傾け、岩肌の大地を一気に蹴り下す。


 成功だ。


 全身を支配する浮遊感。

 全身を駆け巡る疾走感。


 ベヒーモスは見事に飛び立ったのだ。


(なんと爽快な……! それに体の周りに微弱ながらマナを感じる)


 旋回を始めたベヒーモスはそのことに気づく。


 体に感じるマナ。

 それはベヒーモスから生み出された風属性のマナだ。


 新たに手に入れた《飛翔》の能力は、ただ翼を生やして飛行を可能にするだけではない。


 ベヒーモスはまだ幼体。

 成体に進化すれば、今とは比べものにならぬほどの頑強で長大な翼が生えてくるが、今はまだ体が飛べるような作りにはなっていない。


 なので、《飛翔》スキルはベヒーモスが飛行に耐えうるように、マナで風の膜を形成し、冷えや空気抵抗から守っているのだ。


(それにしても実に惜しい。我が輩の《属性咆哮》の射程がもっとあれば、敵どもを一方的に駆逐出来るのだが……)


 ベヒーモスは思わずにはいられない。


 固有スキル、《属性咆哮》にもう少し射程があれば、自分は上空から攻撃を放つだけで、敵に近づくことなく戦うことが出来るからだ。


 だが残念ながら《属性咆哮》の射程範囲は中距離まで。

 その戦法は不可能だ。


(できないものは仕方ない。新たに得た他のスキルを試してみるとしよう)


 人間もモンスターも諦めが肝心。

 そう割り切り、ベヒーモスはゆっくり地面へと降り立つ。

 そして、《飛翔》スキルを解除しようと念じると、漆黒の翼はパッと消え失せた。


(さて、《属性剣尾》とやらだが、我が輩が予想するに《属性咆哮》と同じパターンだろうか……ふむ。やはりそうか)


 ベヒーモスが《属性剣尾》を発動しようとした瞬間、予想どおりそれは起きた。


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《属性剣尾》:《フレイムエッジ》、《ウォーターエッジ》、《エーテルエッジ》、《ロックエッジ》

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 そう、ステータスの派生表示だ。

 名前を見るに、《属性咆哮》と同様、4つの属性スキルを発動することが出来るようだ。


(まずは本命と思われるこいつだ)


「にゃん(《フレイムエッジ》)!!」


 元気に鳴くベヒーモス。


 次の瞬間、尻尾が燃え上がった――否、尻尾の周りを炎が包み込んだ。

 かと思えば、炎は刹那のうちに収束し、紅く、そして煌煌と輝く刃を形成した。


(これは……“魔法剣”のようなものか! 刃渡りは2メートルくらいだろうか……)


 魔法剣――それはその名のとおり、魔法によって形成された武器の呼び名で、ちょうど今ベヒーモスの尻尾に形成された属性の刃と同じように、あらゆる属性の剣を生み出すことが出来る。


 厳密に言えば、魔法剣はあくまで魔法。

 対し、ベヒーモスの《属性剣尾》は魔法を使わない純粋なスキルなので、似て非なるものだ。


 ベヒーモスは試しに尻尾を振ってみる。

 するとどうだろうか。


 ビュオンッ――!! という音とともに、凄まじい速度で赤熱した刃が空を裂いた。


 ベヒーモスは目を見開く。


 何気なく――剣速を意識せずに振り払っただけなのに、この速度……


 前世で騎士だった頃。

 ベヒーモスの剣の腕は隊の中でも優れている方だった。


 だが、今放った斬り払いは騎士の自分と同様……下手をすればそれ以上だったからだ。


 それもそのはず。

 何しろ前世では剣を手にとって武器として扱っていた。


 対し、《属性剣尾》は体の一部のような感覚で扱うことが出来る。

 その上、場所は一番しなり、あらゆる角度に曲がる尻尾。

 扱いやすくて当然というものだ。


(それだけではない。このスキル……溜めを必要とする《属性咆哮》と違い、発動スピードが段違いだ。さらに言えば、スキルを解かない限り発動したままに出来る様子……くくく、剣が得物だった我が輩にとって持ってこいのスキルではないか!!)


 自分の命を預けた剣――

 それをモンスターの体となった今でも……いや、それ以上に使いこなすことが出来る。


 ベヒーモスの中の騎士の血が、どこまでも滾っていく。

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