3話 美味なる肉

(さてさて、どちらの道に進むとするか?)


 しばしの眠りから目覚めたベヒーモス。

 目の前には左右に枝分かれした二つの道がある。


 この選択は大切だ。

 片方が迷宮からの脱出口で、もう片方がさらに深い階層へと続く道かもしれないのだから……


(とはいえ判断材料などありはしない。ここは直感で行くしかあるまい)


 ベヒーモスは右の道を選んだ。


 進みこと少し。

 周りの景色が僅かばかり変わってきた。


 岩肌だった壁の色は土色に。

 そして壁面には幾何学的な紋様や、この世界における古代文字、そしてモンスターの数々と戦う人々の姿が刻印されているのが見て取れる。


(ふむ……もしやここは“迷宮人”の住処だったのかもしれぬな)


 迷宮人とは、古の時代に迷宮へと移り住んだ人々の事だ。

 その詳しい目的や理由は解明されておらず、モンスターとの共存を目指した民族、あるいはモンスターの生態を解明し、自分たちの戦力として活用しようとした研究者たちなど諸説ある。


(あれは……!!)


 ベヒーモスが目を見開く。


 その視界に映し出されるのは巨体。

 鋼鉄の肌に極太の四肢。

 通常のモンスターと違い自分の意志を持たず、一定の場所を守護しようとする特性を持つガーディアンモンスター……


 その名も“ゴーレム”。


『ゴァァァァァァァ――!!』


 ゴーレムが野太い雄叫びを上げる。

 鋼鉄の顔面の目元には窪みがあり、その影の中から紅いふたつの光がベヒーモスを見据えている。


 どうやら既にゴーレムの守護領域に足を踏み入れてしまっていたようだ。


 ドスンドスンッッ!!


 大きな足音を立て、ゴーレムがベヒーモスへと駆けてくる。

 重鈍そうな見た目に反して、なかなかのスピードだ。


(クソッ、撤退だ)


 すぐさま方向転換し、ベヒーモスは一目散に駆け出す。


 倒す方法はある。

 ゴーレムの頭部には魔法文字が刻まれており、そのうちのどれかひとつでも削り取れば活動を停止することができるのだ。


 だがしかし。

 ベヒーモスの体はあまりに小さい。

 例え《属性咆哮》を使おうとも、ゴーレムほどの巨体を前にしては、弱点である魔法文字まで射程が足りないのだ。


 全速力で駆け抜けた甲斐もあり。

 なんとかゴーレムを撒くことに成功する。


 人間としてのモンスターに関する知識。

 これがなかったら今ごろ無謀にも戦いを挑み、踏み潰されていたであろう。





(仕方あるまい、今度は左の道を進むことにしよう)


 分岐点へと戻ってきたベヒーモスは、先ほどとは逆のルートへと足を踏み入れる。

 先ほどとは違い、今度は景色の移り変わりは見られない。

 どこまでも岩肌が続くだけだ。


 だが、変化した点が一点。


 それは道幅だ。

 進むに連れ、道幅がどんどん広くなり始めたのだ。


 やがて拓けた空間が見えてきた。

 広大……とまではいかないが、天井はそれなりに高く、大型の魔物が動き回るのには問題がないくらいの空間だ。


 そして――


『ギャオォォォォォォン――!!』


 耳障りな鳴き声が響き渡る。


(ヤツは……“ワイバーン”か!)


 前方斜め上に現れたモンスター。

 その姿を見て、ベヒーモスが「にゃん……っ」と舌打ちをする。


 ワイバーン――

 爬虫類を思わせる灰色の鱗に、大きな翼。

 その翼と後ろ脚から頑強な鉤爪を生やした、有翼の下級ドラゴン族モンスターだ。


 だがしかし。

 下級と言ってもドラゴン族。

 ランクで表せばBランクのモンスターだ。

 ごく小さな村であれば、一体で滅ぼしてしまえる程の戦闘力を持っている。


 そんな敵を前にして、ベヒーモスは撤退と判断する……かと思いきや――


「ふしゃぁぁぁぁ!!」


 毛を逆立て、金の瞳で睨みつけることで威嚇する。

 どうやら、勝負を挑むつもりのようだ。


 ゴーレムを前に、スキルの射程の問題で撤退したばかりだというのに、それよりもはるか上空のワイバーン相手にいったいどう戦うつもりなのだろうか。


『ギャオォォォ!』


 馬鹿め! といった様子でワイバーンが短く鳴くと、ベヒーモス目掛け一気に急降下してくる。


 ベヒーモスはそれをバックステップすることで回避。


 その動きにはキレがあった。

 ここまでの戦闘で新しい体にも慣れてきたようだ。


そうじゃない・・・・・・。もっと深く飛び込んでくるがいい)


 心で呟き、ベヒーモスは駆け出す。


 右に左、あるいは円を描くように動き回る。

 時折ふざけた声で「にゃお〜ん」と馬鹿にするように鳴き声を上げる。


『ガルッ!』


 自分よりも弱いモンスターに馬鹿にされたことに腹を立てたワイバーンは、苛立ちを覚える。


 忌々しげに短く鳴くと、天井ギリギリまで上昇。

 足の鉤爪を大きく開くと、それとは逆に翼を小さくたたむと――そのまま一気に急降下した。


 そのスピードは凄まじいの一言。

 ベヒーモスの足の短さでは回避は不可能だろう。


 しかしどうだろうか。

 ベヒーモスに慌てた様子はない。

 それどころか、口元を小さく釣り上げているではないか。


「にゃん(ここだ)!!」


 鳴くと同時。

 ベヒーモスは肺に吸い込んでいた空気を、めいっぱいに絞り出した。


 その直後――


 ビュォォォ!! という音が響くとともに、ワイバーンが『ギャオォォォン――!?』と驚愕の叫びをあげ、あらぬ方向へと飛んでいったではないか。


 やがて墜落するワイバーン。

 何が起きたのか理解はできぬが、「このままではマズイ」と叫びを上げる生存本能に従い、再び飛び上がろうと体勢を整える。


 だが、うまくいかない。


 吹き飛ばされたことでワイバーンの三半規管は大きく揺さぶられていた。

 飛び立とうとするたびに、体勢を崩してしまう。


 直撃の寸前。

 ベヒーモスは《属性咆哮》がひとつ、《エーテル・ハウリング》を発動した。

 狙いはワイバーンの左の翼・・・だった。


 そして《エーテル・ハウリング》は狙い通りワイバーンの左翼に直撃し、ワイバーンを弾き飛ばしたのだ。


 なぜ、他の《属性咆哮》で一撃で仕留めなかったのか。

 それにはしっかりと理由がある。


 ベヒーモスはスキルを試すうちに、それぞれのスキルの発動スピードに違いがあることに気づいた。


 発動が速い順番から、《エーテル・ハウリング》、《ウォーター・ハウリング》、《ロック・ハウリング》、《フレイム・ハウリング》……といった具合だ。


 どうやら、威力が強いものに応じて肺活量――つまり溜めに費やす時間が長いようなのだ。


《エーテル・ハウリング》は、この中で最速。少しの溜めで発動が可能。飛行能力を使ったヒット&アウェイを得意とするワイバーンのスピードに対抗するには、これしかなかったわけである。


 もっとも、成体のベヒーモスともなればその限りではないが……


 それはさておき。


 飛び立つのに四苦八苦するワイバーンを視界の中央に捉え、ベヒーモスが息を大きく吸い込む。


 そして――


「にゃん(《ロック・ハウリング》)!!」


 地属性の大咆哮を放った。


 拳大の石飛礫たちが容赦なくワイバーンの体に襲いかかる。

 石飛礫が腹を、顔を、翼を突き破り、ワイバーンは息絶えた……。


(よし、さっそく頂くとしよう)


 蜂の巣になったワイバーンの亡骸を前に。

 ベヒーモスは、じゅるりとヨダレを垂らすと一気にかぶりつく。


 実は、ワイバーンの肉は人間のあいだで高級食材として売り買いされている。

 味は芳醇で、歯ごたえもよく実に美味なのだ。


 生のままとはいえ、人間も食べる食材を口にできた喜びは大きかった。


 がぶがぶ、ブチブチ、ごくんごくん……


 ベヒーモスは心ゆくまで、ワイバーンの肉を貪るのだった。

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