2話 本能と残りのスキル

(よし、残りのスライムはオヤツにとっておくとしよう)


 スキル《収納》の効果を確認し終えたベヒーモスは、食べかけのスライムを再び収納する。


 すると自分の前足をペロペロと舐め始めた。

 かと思えば、その前足で顔をゴシゴシと撫でつけてゆく。


 いわゆる、ネコ科動物の本能。

 食後の顔洗いというやつである。


 元は人間だったベヒーモスではあるが、生まれ持った本能による行動ゆえに、自分のやっていることになんの疑問も感じてはいないのだった。


「にゃお〜〜……!」


 ひとしきり顔を洗い終えると、ベヒーモスは気持ちよさそうに猫さながらに伸びをする。食事を終えたせいか、その表情は眠たげだ。


(ふむ、非常に眠い。考えてみれば我が輩は産まれたても同然。あれだけ動き回り、スキルを使えば眠くなって当然か。どれ、早いうちに寝床を確保することにしよう。出来れば狭くて暗いところがいいのだが……)


 寝床を求め、ベヒーモスは眠気まなこを擦り、とぼとぼと歩き出す。


(それにしても……モンスターの体になると改めて思うな。人間の生活、それがいかに恵まれていたかを)


 ベヒーモスも元騎士だが、それなりには人生を楽しんでいた。


 仕事が終われば、毎晩仲間と酒を酌み交わし。

 休みの日には惰眠を貪り、夕方にはちょっと高めの食事処で美味いメシを食べ、翌日の英気を養うなどしていた。


 それがどうだろうか。


 今では産まれたてのモンスター。

 生きていくのに精いっぱいで、娯楽とはほど遠い。


(まぁ、それでもマシなほうか……)


 幸いにも生まれ変わった種族は、最強と名高いベヒーモスであり、さらには転生者として前世の記憶もある。


 もし、騎士時代のバトルセンスがなければ――

 そこで培ったスキルの知識がなければ――


 自分は最初に遭遇したゴブリンに喰われていたかもしれない。


(ああ、そういうことか。だからベヒーモスは個体数が少ないのか)


 今の彼を見れば分かるように、産まれたてのベヒーモスは子猫も同然。固有スキルなどを除けば、他の魔物と比べて明らかに身体能力は劣るだろう。


 要はほとんどの個体が成長途中で、命を落としてしまっていたのだ。

 だからこそ、ベヒーモスの幼体の姿に関する情報を聞いたことがなく、ベヒーモス自身、ステータスの表示を見て、初めて自分がベヒーモスだと知ることができたのだ。


(おっ、ちょうどよさそうな場所を見つけたぞ)


 歩くことしばらく。


 ベヒーモスの視界の先に、ひとつの岩が現れた。

 接地面の真ん中あたりに小さな窪みが見てとれ、奥行きもなかなかにありそうだ。


 寝ていても外敵から身を隠せる。

 ベヒーモスにとって絶好の隠れ家になるだろう。


「にゃんにゃん♪」


 やっと眠れる。

 そう思うと、自然と上機嫌な鳴き声が漏れる。


 だが、その直後――


 ベヒーモスの背筋に言いようのない怖気が走った。


 嫌な予感が遮り、ベヒーモスは小さく「にゃんッ」と鳴くと、その場から大きく飛び退いた。


 すると上から大きな黒い影が、ダンッ! と音を立て落ちてきたではないか。


(こいつは! “ポイズンサーペント”……!!)


 ベヒーモスが目を見開く。


 落ちてきたものの正体は、ポイズンサーペント。

 約5メートルの体長と、猛毒の牙を持つCランクモンスターだ。


『キシャァァ……』


 ベヒーモスを見据え、忌々しいといった様子で声を漏らす。

 どうやら、ベヒーモスを喰らおうと天井で待ち伏せをしていたようだ。


(Cランクモンスター、相手にとって不足はない。残りの固有スキルの試し撃ち相手になってもらおう!)


 ベヒーモスが打って出る。


「にゃん! (《ウォーター・ハウリング》!)」


 小さな咆哮とともに圧縮された水が飛び出した。


 あまりの勢いに危険を察知したのか、ポイズンサーペントは身を捩りことで、攻撃を回避した。


 その判断は正しかった。

 行き場を失った水の咆哮はポイズンサーペントの背後の壁に激突。


 スパンッ! という大きな音を立てて壁面を抉り取った。

 その威力――例えるならばウォーターカッターだ。


(避けられたか。ならば今度はこいつでどうだ!!)


 ベヒーモスの前世は歴戦の騎士。

 手の内のひとつが見切られようと、怯むことはしない。


 にゃん! と咆哮。

 しかし、何かかが起こることはなかった……少なくとも、ポイズンサーペントはそう感じていた。


 しかし、それは間違いだ。


 ポイズンサーペントが高を括り、ベヒーモスへと襲いかかろうとした瞬間、それは起きた。


 大きく口を開いたポイズンサーペント。

 その巨大な体が突如、吹き飛んだのだ。


 ベヒーモスが発動したのは《属性咆哮》がひとつ《エーテル・ハウリング》。

 その正体は、大気の収束咆哮――要は、不可視の風の砲弾のようなものだ。


 勢いのあまり壁に叩きつけられるポイズンサーペント。

 頭を強く打ちつけ、その場で泡を吹いて気絶する。


「にゃあ……(我が輩の眠りを邪魔しようとした報いだ……)」


 トテトテと気絶したポイズンサーペントに歩み寄るベヒーモス。

 ネコ科特有の長細い瞳孔で見下すと……


 スパン――ッ!!


《ウォーター・ハウリング》を発動し、ポイズンサーペントの額を撃ち抜いた。


(さて、眠る前にコヤツも少し食べてみよう。何かスキルが得られるかも知れぬしな)


 ガブリと腹のあたりにかぶりつく。


(うげ、苦い。だが感触は硬い鶏皮のようだな)


 どちらにしろ食えたものではない。

 ベヒーモスは一口分だけ咀嚼し、ゴクリと飲み干すと、あとは用済みとばかりに《フレイム・ハウリング》で死体を焼き尽くした。


(それよりステータス確認だ。どれどれ……お! やはり増えているな)


==============================

名前:なし

種族:ベヒーモス(幼体)

固有スキル:《属性咆哮》、《スキル喰奪》

喰奪スキル:《収納》、《ポイズンファング》

==============================


(《ポイズンファング》……名前からするに、我が輩の牙を猛毒と化すスキルであろうな。しかし、我が輩の体は幼体で貧弱だ。このスキルはリーチが短すぎる。今のところ使い道は少なそうだな)


 ベヒーモスは僅かながら落胆する。


(まぁ、今は寝床を確保出来ただけで良しとしようではないか)


 人間でもモンスターでも前向きが肝心だ。

 自分にそう言い聞かせ、ベヒーモスは岩のくぼみへと潜り込みと、スヤスヤと寝息を立て始める。


 これからも続くモンスターとの戦い。

 その為の英気を養うために。

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