1話 新たなスキルと可能性
「にゃん♪ にゃん♪ にゃん〜♪」
ベヒーモスは上機嫌に歩いていた。
自分の力、その強大さが確認できたのも上機嫌な理由の1つだが、理由は他にもある。
(なんて身軽、それに快適な体だろうか!)
人間だった頃よりも、体は軽やかに動き。
いくら動き回っても疲労を感じないのだ。
さらに言えば。
ゴブリンを倒した後、ベヒーモスは何回か他のモンスターにも襲われ、それらを全て固有スキル《属性咆哮》がひとつ、《フレイム・ハウリング》で一撃のもとに屠っていた。
(それに、さすがはSランクモンスターの体だ。いったいどれほどの“マナ”をこの身に宿しているのやら……)
マナ――
この世界のあらゆる生物が体に宿す生命エネルギーのことだ。
そして、スキルや魔法を放つ際に人間・魔族・モンスターは種族問わず、このマナを消費する。
マナの消費量は、放つスキルや魔法の威力や効果に比例し大きくなる。
ベヒーモスは数回ほど《フレイム・ハウリング》を発動している。
にも拘らず、自分の中のマナが衰える様子がない。
あれだけの火力を誇るスキルを連発してこれなのだ。
ベヒーモスが最強たる所以は、この膨大なマナの保有量にもあると言えよう。
「にゃん? (む、あれは?)」
ベヒーモスの足取りが止まる。
岩陰の向こうに新たなモンスターの姿が覗いたからだ。
色は透明。
プルプルとした質感に、まるまるとした体。
その名も“スライム”。
ゴブリンと同じくEランクのモンスターだ。
(またモンスターか。この数、やはりここは迷宮だろうな)
どこまでも続く岩肌。
迷路のような道の数々。
そして、モンスターと出くわす頻度により、ベヒーモスはここが迷宮であると確信を得る。
そして、この時点でベヒーモスの目標は決まった。
それは外に出ることだ。
せっかく授かった第二の人(猫)生。
こんな陰気な場所で一生を過ごすなど、まっぴらごめんだ。
そうと決まれば話は早い。
ベヒーモスは自分がすべき事を2つに絞る。
ひとつ。とにかく歩き回る。
外に出ようにもここは迷宮。
先にも述べたとおり、この場所はさながら迷路。
いくつかあるはずの出入り口を突き止めなければならないし、ベヒーモスとはいえ生物なので安全に寝れる場所も必要だ。
その為には、経路をある程度把握しなければならない。
ふたつ。自分を鍛える。
ベヒーモスは強力なモンスターだが、まだ幼体。
今まで対峙したゴブリンのような下級のモンスターならまだしも、上級のモンスターが相手ではスキルを発動する前にヤられる可能性がある。
それに、外に出れば人間と出くわすこともあるだろう。
人間には“冒険者”と呼ばれる、モンスターを討伐し、その素材を売り買いすることで生計を立てている者たちが存在する。
そして、モンスター同様にS〜Eの階級分けがされている。
その上位の存在と遭遇すれば討伐されかねない。
だからこそ、下級のモンスターがいるこの階層で戦いの練習をし、早く新たな体に慣れるのと同時に、鍛え上げる必要があるのだ。
(とはいえ、我輩も元人間。出来れば対峙したくはないものだ)
最悪の場合、同族殺しをしなくてはならない――
正義感の強い騎士だったベヒーモスは、起こりえる未来を想像し、弱い声で「にゃあ……」と鳴くのだった。
だが、悲愴に暮れるのもここまでだ。
ベヒーモスの少し先には、新たな敵、スライムがいるのだから。
(さて、スライムか。ヤツを倒すには体の中心部にある“核”を破壊する必要があるのだったな。《フレイム・ハウリング》で体ごと焼き尽くしてしまうか……いや待てよ? せっかくのスライムだ。ここは他のスキルを試させてもらうとしよう)
スライムは動きが遅く、大した攻撃力も持たないため、ゴブリンにも戦闘力が劣るモンスターだ。
それゆえに、スキルの練習にはもってこいの相手というわけである。
「にゃ〜ん!」
ベヒーモスが一声あげる。
するとそれに気づいたスライムが『ピキィィ!!』と声を上げ、ベヒーモスへとゆっくりゆっくりと歩 (足はないが)を進めてくる。
(よし、出てきおったな)
ベヒーモスがわざわざ声を上げ、自分の居場所を教えるようなマネをしたのは、スキルを放つ際に狙いをつけやすくする為の作戦だ。
そしてスライムは見事にその策に引っかかったのだ。
無害そうな見た目をしていても立派なモンスター。
柔らかそうなベヒーモスの姿を見て、その肉を貪り喰らおうとしているわけだ。
「にゃん! (《ロック・ハウリング》!)」
じゅうぶんにスライムが距離を詰めてきたところで、ベヒーモスは《属性咆哮》がひとつ、《ロック・ハウリング》を発動。
可愛らしく鳴くと、その声に乗せていくつもの石飛礫が飛び出した。
『ピキィィ!!??』
スライムが声を上げ、痙攣する。
石飛礫のうちのひとつが、見事に透明な体の中心部――スライムの心臓である核を貫いたのだ。
(ふむ。《フレイム・ハウリング》ほどではないが、なかなかの威力だ。スライムの衝撃吸収効果のある体を一発で貫くとはな。さすがベヒーモスの固有スキルだ)
ベヒーモスは満足げに頷くのだった。
きゅ〜〜。
可愛らしい音が響く。
音の出どころは、ベヒーモスの腹だった。
(そういえば、転生してからというもの一度も食事をしていなかったな。ちょうどいい、たしかモンスターは全て雑食だったはず。試しにコイツを食べてみるか)
モンスターを食べる……それもスライムという不思議生物が対象となれば、若干気が引ける。しかし、ここで食べておかなければ、いつ食事にありつけるか分かったものではない。
クンクンと匂いを嗅ぐベヒーモス。
不思議な匂いだ。
だが、危険は感じない。
ベヒーモスになったことで鋭くなった嗅覚と、危機察知本能がそう告げている。
ガブリッッ。
男は度胸。
意を決して、一気にかぶりつく。
(これは……! なかなかに甘美ではないか!!)
ベヒーモスの金の瞳の中で、瞳孔が目一杯に広がる。
スライムの味。
どんな苦味やクセがあるのかと思っていたのだが、なんとその味は甘かったのだ。
さらに食感がいい。
いい例えるならゼリーとグミ、その中間といったところだろうか。
(これは止まらんぞ!)
ベヒーモスは再びスライムにかぶりつく。
小さな口いっぱいに頬張り、モキュモキュ、モキュモキュと音を立て咀嚼する姿はなんとも愛らしい。
その姿からは、彼が最強クラスのモンスター、ベヒーモスであろうとは想像もつかないだろう。
「にゃぐ? (む? なんだこれは?)」
また一口かぶりつこうとしたところで、ベヒーモスはある異変に気づく。
自分の視界に固有スキル、《スキル喰奪》の文字が表示されたのだ。
(スキルが発動したのか? しかし我が輩はスライムを食べていただけだ。何かが起きた様子もないし……どういうことだ?)
周囲にスキル発動の痕跡は見られない。
ベヒーモス自身にもこれといった変化はない。
(う〜む……はっ! そうか、“ステータス系スキル”か!?)
束の間の思考の後、ベヒーモスはその可能性に至る。
ステータス系スキルとは、攻撃力や防御力のアップなど、その名のとおりステータスに変化を与える能力の総称だ。
「にゃん(《ステータス》)!」
ベヒーモスは確認の為、さっそく自己解析魔法、《ステータス》を発動。
以下のようにステータスが展開された。
==============================
名前:なし
種族:ベヒーモス(幼体)
固有スキル:《属性咆哮》、《スキル喰奪》
喰奪スキル:《収納》
==============================
(……“状態変化”の項目が現れない。ステータス系スキルでもなかったか)
通常、ステータスに変化があった場合は状態変化という項目が映し出されるが、今回それは現れなかった。
つまり固有スキル、《スキル喰奪》はステータスに変化をもたらすスキルではなかったということだ。
(ならばいったい、どういったスキルなのだ? ステータス系でもないとすると……いや待て、なんだこれは!?)
ステータスの表示を閉じようとしたところで、ベヒーモスはそれに気づく。
(増えている……
そう、転生時に確認した際、ベヒーモスは固有スキルしか持っていなかった。
だが、どうだろうか。
今は固有スキルの下の項目――喰奪スキルの欄に《収納》の文字が表示されているではないか。
(そうか、そういうことか!)
それを見て、ベヒーモスはあることに思い至る。
それはベヒーモスという種族の神秘についてだった。
ベヒーモスは強力なモンスターだ。
そしてなにより、ひとつの謎がある種族だった。
その謎とは、個体によって発動してくるスキルが様々であるという点だ。
それすなわち、遭遇した場合。
どんなスキルを使ってくるか予想がつかないということだ。
ゆえに、他のモンスターと違い、対処法や攻略法が存在しない。
それがベヒーモスをSランクモンスター足らしめる理由のひとつだ。
そして、その謎が今解けた。
ベヒーモスは能力を増やせるのだ。
敵を喰らうことで発動する固有スキル――《スキル喰奪》によって……
(よし、試しに使ってみるか)
ベヒーモスは食べかけのスライムを見据え、今得たスキル、《収納》を使ってみることにする。
すると――
ぱっと、スライムの死骸が消え失せたではないか。
収納の名でピンときたベヒーモスは、もう一度同じスキルを発動。
結果は予想どおり。
消え失せたスライムの死骸が目の前に現れた。
スライムの中には物体を自分の体の中に取り込み、保存するものが存在する。
ベヒーモスはその特性――スキルを吸収したのだ。
(すごいぞこれは! モンスターを捕食すれば、あらゆるスキルを使いこなせるようになるということか!)
自分がさらに強くなれることに、ベヒーモスは「にゃお〜〜んッッ!!」と歓喜の声を上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます