第3話 俺とチートとステータス

「お前普通の人より時間遅れてんじゃねーの?」


 そうに決まっている。そうじゃなかったら怖いわ。どんだけ本を読むことに集中してたんだよ!


 堅物メガネが俺ら三人の方を向いてわなわなしている。そうだよそれが普通だよ。


「まさか今気づいたってわけ?」


 ポニ子ちゃんがやれやれと言わんばかりに飽きれて溜息をついた。


「……あぁ、活字ばかりを見ていたからな。まさか場所が変わっていたなんて知らなかった。どおりで知らない男女が来るわけだ――」


 それはきっと俺とポニ子ちゃんのことだろう。


 堅物メガネは一呼吸いれると、眼鏡の位置を直して落ち着いた。


「それで、僕はなんで原っぱで本を読んでいるんだ?」


 認知症のおじいちゃんみたいに何回も同じセリフを繰り返す堅物メガネは、なんとも不思議顔。


「異世界転移してきたんだよ、お前だけじゃなくここにいる俺を含めて三人もな」

「イセカイテンイ……そんな言葉は聞いたことがないぞ」


 そりゃ勉強ばっかしてそうな君がライトノベルやアニメを見ているはずもないか。


 堅物メガネは自らの脳で辞書を引くがやはり出てこないみたいで、頭を抱えた。


「だからその異世界転移っていうのは何のなよ」

「マイたんも気になる」


 ポニ子ちゃんとマイたんも興味ありげに聞いてくる。なんだよ、異世界に順応できそうなのは俺だけなのか。それはそれでラッキーだけど。


「なんだ、皆も俺と同じ境遇で異世界に飛ばされたのかと思ってたけど違うんだな。異世界転移っつーのはだな、読んで字のごとく地球以外の別の世界へ送り飛ばされることなんだよ」


「そんなのあるわけがない。きっと睡眠薬で眠らされて日本以外の国にでも捨てられたのだろう」


 この堅物メガネはいちいち夢をぶち壊すような残酷なことを言いやがって。


「だったらその本を読んでいた理由は?」

「う……」


 堅物メガネは何も言えないご様子だ。おおお、これが論破ってやつですか。


「じゃあ瞬間移動」


 マイたんがポツリ呟いた。


「そんなわけがないだろ? 物理的にあり得ない」

「いや、マイたんの言うことは半分合ってるぞ?」

「は?」


 マイたんを小ばかにしていた堅物メガネはあっけにとられる。物理法則? このワンダーランドにそんなもの通用するかってんだ!


「俺たちは確かに瞬間移動をしたんだ。でもそれをやったのはこの異世界の女神様だけどな!」

「あんた神様なんて信じてるの?」

「ふん、バカらしい!」


 ポニ子ちゃんが俺を冷めた目線で見る。嫁一号さんは怖いなぁ。堅物メガネはあとで捨てるからいいや。いくらでも言わせておけ。


「かわいい女神様が俺らにチート能力をくれたんだぞ!」


 女神はかわいい。これは俺の偏見に基づく絶対論だ。


「チート?」


 マイたんが頭上にはてなマークを掲げる。ポニ子ちゃんと堅物メガネも頷く。


「そうか。お前らはなんも知らないのか。チートってのはな、襲いかかる敵をバッタバッタとそれはもう簡単に薙ぎ払えちまう最強な能力のことだ」


 そして女の子からモテる。


「説明不足すぎてよくわからないわ」

「だぁかぁら! この剣と魔法の世界で無双できんだよ、俺らは!」


「剣と魔法の世界って、ファンタジーの世界じゃないんだから」

「さっきからそう言ってるだろ、この高身長イケメン! さっさと失せやがれ!」


「悪口が『堅物メガネ』しかなくて即席で考えた結果それだったのなら、あんたはもう口を慎みなさい」

「ごめんなさい」


 おかげで俺の罵倒は褒め言葉と化し、堅物メガネは照れて黙り込んでしまった。


「んで、そのわけわかんない能力って私たちにもあるの?」


 ポニ子ちゃんが話の軌道修正をする。


「もしそれがあるのだとしたら、マイたん少し興味ある」

「だよな、流石俺の将来の嫁! わかってくれるか!」


 マイたんが興味津々な眼差しで俺を見上げる。魔女とかに関心があるのかな。


「見てろよマイたん、俺の能力を見せてやるからな。あ、ちょっと待て、能力の確認がまだだった」


 そうだった。自分の能力見るの忘れてた。さて、俺にはどんなチートスキルがあるのかな?


「能力の確認? そんなのどうやるの?」

「まあ見てなさいって、ビギナーさんたち。能力開示!」


 僕の視界に展開されるステータス――は出なかった。あれおかしいな。


「私には何も見えないわ」


 ポニ子ちゃんたち三人は目を何回も擦る。しかし何も見えていない。


「……おかしいな。能力開示!」


 出なかった。


「あれ……? 能力開示! ステータスオープン! 能力オープン! ステータス開示! ……っと…………さて町に情報を集めにいこうぜ!」


「話をそらすな!」

「いてぇっ!」


 ポニ子ちゃんに平手で頭を叩かれた。異世界補正で力が自動的に強くなっているからか、とても痛い。脳震盪をおこしそうだ。


「チート能力はどうしたの?」

「ステータスを出す合言葉が分からない……ほら、俺らなんも説明受けてないし」


 いつの間にか俺はポニ子ちゃんの前で正座していた。尻に敷かれるというのもいいけれど、今ここで、ってのはおかしい。


「しょうもないな。時間の無駄だ」


 堅物メガネは飽きれて、また本を読み始めてしまった。


「少し、残念」


 マイたんが心なしか落ち込んだ。肩をすぼめる。この子、表情の動きが少ない割に、体を使って表現してくるよな。そこがかわいいんだけど。


「あぁ! どうやったら日本に戻れるのよー!」


 ポニ子ちゃんが叫ぶ。何もない高原に、声がよく通る。


 俺の勇者パーティーは何とも個性的だ。そして序盤も序盤から詰んでいる。


「チート能力はまだ見せられないが……、町に行ったら何かわかるかもしれない」


 俺は咳ばらいをしながら町を指さした。もしかしたらあそこからがゲームスタートなのかもしれない。町人にルール説明してもらうパターンかもしれない。


「……そうね。私も行くわ」

「マイたんも行く」

「よし! 全員揃ったところでしゅっぱーつ!」


「まだメガ――」

「そんなやつはいなかった。さあ我が嫁候補たちよ、冒険の始まりだ!」


 いないぞそんなやつ。もとより三人だ。堅物メガネはこの世界にいてはいけないのだ。


「おー」

「だから私は嫁じゃない! ……もしこの国に法律があったらあんたを絶対に訴えるわ」


 マイたんが拳を突き上げる傍ら、ポニ子ちゃんがぐちぐち文句を言っている。


「国の英雄(未来)にそんなことできるわけないだろ?」

「何抜かしてんのよ」


「だからここは異世界なんだって……」

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