第49話
[広場・中央舞台前にて]
「おい! リアン! こっちだ!」
突如として平和な街を襲った
リアンはスミレを探して視線を巡らせたが、彼女の姿は見当たらなかった。
そのままやきもきしているいとまもなく、デンジ、そして二名の冒険者達と合流する。
「まずは避難誘導だが、ほとんどは役所が請け負ってくれている。だが逃げ遅れた一般人がいるだろう__まずはそいつらを助け出す! 討伐はそれからだっ」
この中では一番階級の高いデンジは拳を強く握り込み、円状に並んだリアン達にこう告げた。
「すまないな、トラブルがあって遅れた。自己紹介くらいはしてくれ」
眉を寄せ、低い声色で問うたのはデンジど同じ歳丈ほどの男だ。黒のローブ姿で、フードを被っている。人を寄せ付けなさそうな風貌とは裏腹に、穏やかな顔もちをしていた。彼の本職は冒険者ではないものの、得意の魔術で人助けを行ってきた、ここカモミールでは名高い魔術師である。
「オレ様はデンジ、こいつは弟子のリアンだ」
デンはリアンの背中を荒く叩く。
魔術師は「顔合わせもろくにできないまま本番とはな」と自嘲らしき笑みを浮かべ、「俺のことは適当に、魔術師とでも呼んでくれ」と一言、一人で地面を蹴り北区画の方角へ向かう。デンジはその反対の方向へ、飛躍魔法で向かっていった。
残されたリアンともう一人、回復役であるヒーラーの少女は顔を見合わせ、頷き合った。
「「__幸運を」」
♦︎♦︎
[広場外・テント内にて]
「キキョウさまッ!!!」
「ナズ…! 何がどうなってるの?!」
「説明は後にっ、こちらへ!!」
「キャっ…ちょっと待って! 弓を!」
狭いテント内でキキョウの細い体を抱き上げたナズは、キキョウの叫びとほぼ同時に白木の弓を掴み、大股でテントの外に出た。
「…これは_…?!」
外の殺伐とした風景に、キキョウは息を飲み込む。
膝を抱え、背中を支え、ナズはキキョウの体を離さまいとひしと抱きしめた。
「モンスターです__避難場所へ急ぎましょう」
♦︎♦︎
[広場・北区画にて]
___世界でただ一人となった〈一番星冒険者〉は、猛スピードで街路を駆け抜けていた。
彼女の鋭い視線の先__禍々しい色合いの皮膚を持ったドラゴンが空中にうねっている。
「…この距離では」
このドラゴンがどのような属性の魔法を放ち、どのような攻撃を仕掛けてくるのか、判断材料がない。
彼女はまず、この場に残る一般人の救出にあたることにした。
…本当は、今すぐにでもリアンに合流したい。
そして、この戦いが始まる前に、兄さんにも会いたかった…
__と、数多に並ぶ仮設屋台の中から子供のすすり泣くような音が漏れるように聞こえてきた。
__スミレは聴覚を研ぎ澄ませ、声を探す。
「うっ……ぐすっ…うぅぅ…」
「_!」
ズザザッ! 足を止めると、土埃がたつ。スミレはその声の主を見つけ出した。赤い屋根の下で、まだ五歳にも満たない小さな少女が縮こまって泣きじゃくっていた。
スミレは刺激しないよう、ゆっくりと彼女の元へ近づく。そして、膝を折る。ビクッと、少女は跳ね上がり顔を勢いよく上げた。目尻に溢れた涙。頬は鼻水と涙、そして汗に濡れている。スミレは徐に腕を伸ばし、その頬に掌を触れて指先でそレヲ拭き取る。__そして、ゆっくりとうなずいた。
「…私と一緒に行きましょう」
「…! あ…待って!」
目を見開いて立ち上がった少女だが、不安げに辺りを見回し始めた。そして、また瞳に大粒の涙を溜める。
「…ど、こ…? _どこなの、ノア…ノアぁっ!!!」
拳を握って絶叫し、少女は大通りの方に飛び出した。スミレは急いで彼女を追いかける、あまり大声を出せばモンスターに勘付かれる可能性が高い。スミレは少女が探しているであろうノアの気配を探った。しかし、近くにはいないのか、気配は感じなかった。
「少なくともここにはいないようです。行きましょう__名前は?」
「うっ…ノアのこと…探してくれるの…?」
「もちろんです」
「…アメ…リア…あたしは…アメリア…
お願い、__!! ノアは、ノアはあのモンスターいるところにいるの!! お姉ちゃん助けて__ッ!」
「_わかりました。必ず助け出します。_私はスミレといいます。まずはあなたを避難場所へ送り届けます。きちんとつかまっていてくださいね」
スミレは頷いた幼い少女の汚れた体を背負い、飛躍した。
「わっ…!」
少女は口をパクパクさせ、突然の飛翔に唖然とする。
弓使いはその間にも、状況を探ることを怠らなかった。
……かなりまずいかもしれない
今出ている冒険者は全員救助に向かっているので、ドラゴンの足止めが効かない状況である。そして一般人がドラゴンの近くにいる、という情報が正しいのであれば、被害は今にでも発生するだろう。誰か一人でも戦力になる者がドラゴンのもとへ向かうべきである。
___リアン……
♦︎
[広場・西区画にて]
「ナズさん!」
避難場所がある都市区に向かう街路にて、三名はバッタリと合流した。
キキョウを俗にいうお姫様抱っこで運んでいるナズは、リアンに構う暇などないとまた走り出しかけて、はっと息を吸い、静止した。
__振り返り、静かに言う。
「気を付けろ。___もう一度俺たちを救ってくれ!」
リアンは無言で頷き、すぐに地面を蹴り上げ広場中央まで急いだ。
___中央には誰も集合しておらず、周りには気配さえなかった。
「…_…」
「まずい状況」と言うのは、時間が経つにつれ悪化する。
こうして仲間をのんびり待っていれば、その間にもドラゴンの近くにいる人々を救えなくなる。
間に合わせなければならない__俺だけでも…_
リアンは方向を変え、ドラゴンが飛んでいる林へとスピードを上げて向かった。
___たった一人で__。
____その彼の決断は後に、吉となるか否か。
♦︎♦︎
上空にて、赤いマントをはためかせた剣使いがドラゴンの居座る方へと勢いよく向かっていくのをデンジは目撃した。
「_ッ! リアンのやつ……!! 勝手なことを!」
だが予想はできていた__アイツのことだから、と。
デリダは歯を軋ませる。血の滲む感触がしていつの間にか拳を、爪が掌に食い込むまでに握りしめていたのに気付く。
もう誰も失いたくない__と。
その気持ちはリアンも同じだ。
「くそっ…」
分かっているんだ。そんなことは。
デンジは片手剣の柄に掴まるようにして、踏ん張る姿勢に入った。
オレとお前は同じだ。
でも、オレと同じ道を歩ませたくないのだ。
___
「…
強化訓練最中の昼下がり、ワンダーキャニオンの木の下で、心地よいまどろみの中にいたオレは、先ほどまで倒れる寸前まで追い込んだ弟子に揺さぶられた。
せっかくいい感じの眠りだったのに__「あぁ?」と変な寝起き声が出てしまった。同時に起こった腹立たしい出来事に苛々しながら、オレは弟子_リアンの顔を見上げたのだ。
質問があって起こしたらしい。
いい加減に答えて眠り直してやろうと、オレは木の幹に寄りかかって適当に弟子の話を聞いた。
しかし、その弱々しい弟子の口から出た言葉はオレの頭を最高度まで覚醒させた。
「飛躍魔法は、今からでも習得できますか?」
「は?」
目元を擦る。夢じゃない。幻覚でもない。まぎれもなく、目の前にいるのはリアンだ。あのへっぽこ、どんな気を起こしたのだ。そうして呆然としている時間は長かった。こちらを覗き込んできたリアンの赤い瞳を見て、思わず本格的に上半身を起こしてしまった。
「どうしたんだお前」
「…」
リアンは躊躇して、目を伏せる。
「__…むりだな」
勝手に口について出たのはそんな言葉。
リアンはその否定を、オレの寝言だと都合よく勘違いした様子を見せた。なので、目を見開いて奴の顔を凝視する。リアンは後ろにつんのめった。
「無理なもんはむりだ、む、り。言っただろ? そういう系統の魔法はプラチナ級に昇格しないと習得する資格は得られない。お前はまだ、銅だぞ。身の程っていうのがあるのさ」
面倒な説明を簡潔に済ませ、オレはあの時___さっさと無視を決め込んだのだ。
諦めたのか、足音が僅かに遠ざかった。
すると、芝生を踏む音と共に、低い声が聞こえた。
「……もう、決めたんだ」
___それは、自分がまだ現役の頃に、師に向かって言い放った別れの言葉だった。
_お前はまだ未熟だ。
そんな事は分かってる。
__このままだと、また何も守れないぞ。
もう失いたくない。
この手で救えるようになりたい。
_もう決めた事なんだ。
逃げないんだ。これは使命であって、なにがなんでも放り出してはならない。
…ただただ、必死に、死に物狂いで、明日死んでもおかしくないような場所を、任務の中を走り回っていた。猫背になりながら、喘息のような呼吸をしながら。生きた心地のない空間と時間を。そして、人が死ぬ瞬間を何度も繰り返しながら___。
どんなに汚いその手でも、たとえどんな手段を使ってでも、救える命はたくさんある。
信じてやまなかった。
__________
一度倒れて、ギルド病室のベッドの上で目覚めてからは、一度もその暮らしを繰り返していない。
そして今、その地獄を超える人生へと足を入れようとしている男がいる。
そしてその男を止めるべく自分も__。
この身が跳ね上がるほどの鼓動…恐怖。
しかしそれは、リアンがそれに堕ちる事への恐怖には劣っていた。
デリダは猛スピードでリアンを追い上げた。
死なせてたまるか。
龍の姿をした旋風が、彼らを包み込んだ。
♦︎
[広場西区画にて]
飛び出してきたモンスターを一撃で仕留め、スミレはつがえていた弓を下ろした。彼女の間合いには少女が縮こまっている。
「お怪我は」
「わあ……すごい…! _も、もしかして〈一番星〉様?」
「…はい。私がその〈一番星〉です。ですから絶対に、ノアさんを助け出します。…もうすぐ避難所ですよ」
スミレは優しく少女に微笑みかけ、幼いその小さな手を握った。
__刹那、ドラゴンの天地切り裂くような咆哮が、あたり一帯に鳴り響いた。
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