第43話

[オレンジ区・大型空港内、待合広場にて]


「……そうですか」


 スミレの視線は、そのパンフレットのある写真に釘付けである。


 その、カモミール大陸で大規模に開催される祭典は三日後にある、–––––というリアンの説明を受けたが、その返事はまるで上の空だ。


 地元で自慢の伝統工芸品を、出店で売り出す–––十年に一度だけ行われる、商人や技術者にとっては涎ものの祭り。もちろん一般客も大勢押しかける。その為、開催当日の直行便は予約で既に満杯だそうだ。

 また、脅迫文の事実、情報は、主催側とギルドにしか知れ渡っていない。つまりこの二人には、商人たちを不安に陥れないよう、慎重に情報収集や護衛を行わねばならない、という義務があるのである。


「……それで、今回は俺たちの他に、現地にいる冒険者も応援で来てくださるそうです。…ダイヤモンド級モンスターが来るというのが事実なら、二人だけじゃ苦戦は必至ですからね––…」


 リアンはこの場に赴いた事は、スミレの見送り以来一度もなく、落ち着きなく周りをきょろきょろと見回した。今はバカンスの時期で、人々は休みなく、広場を行き交う。既に、待合のベンチは埋まっていた。なので二人は立って、物騒だと非難の視線を浴びてしまう武器は布を巻いて背中に背負い、祭典について宣伝しているパンフレットを共に眺めていた。


「……それは、…たすかりますね…」


 またもやスミレは、その一点に集中したままだ。流石に不審で、リアンは横からその写真を覗き込んだ。


「…あっ」

 ページには、参加者の集合写真が、カラーではがきほどの大きさで印刷されていた。


 そしてその中央付近で、立っている若年の男。

 以前リアンも対面したことのある––––スミレの兄だった。




 ♦︎♦︎




[ブルー区・冒険者ギルド面接室にて]


「…ねえ、リアン」


 任務を受け、部屋を出て行こうとリアンが足を踏み出した時、ためらいがちにギルド長が引き留めた。


「…?」

「もう分かってるとは思うけど…金等級昇格を認めるよ。おめでとう–––こんな時になんだけどね。きっと、階級が上の方が、向こうの人たちも信頼しやすいだろう。だからこれを」


 レンが、黒色の皮ベストのポケットから取り出したのは、金等級のバッヂ。リアンは思わず、腰に取り付けてあった銀等級のバッヂに手を触れた。レンは誇らしげに微笑みながら、胸を張る。


「私は銀等級止まりだった。–––追い抜かれちゃったね、ふふ。ほら、受け取って」

「あ…ありがとうございます」


 レンの掌の上に乗っているのは、銀等級とは色違いの、黄金に輝くバッヂ。それはよく磨かれた新品で、取り付け部分から下がるチェーンは日光に反射して、繊細に輝いた。–––それを手に取るのは少し気が引けて––––何しろ、自分が金等級になったのにも自覚が追いつかず–––––リアンはゆっくり、少し手前で指を引っ込め、やっとそれを手に入れた。


 リアンがそれを掌に収めると、それは、突如何かに反応したように、日光の光をよく反射し始めた。その光の中に、金色の宝石が散りばめられており–––それらは弾ける。二人は思わず、言葉も発せずそれに見惚れた。


「……認められたね」


 リアンは銀等級のバッヂを取り、つけてあったように、金等級のバッヂを腰の布に取り付けた。チェーンは踊るように揺れる。こうして彼は正式に金等級冒険者となった。


「よし。…もう一つ、話したいことが。いいかな」

「––はい」 

「…スミレのこと。彼女と彼女のお兄様の関係は知ってるよね」

「––本人から聞きました」

「うん。…今まで様子を見てきて、あの子はあまり…、お兄様と良くするつもりはなかったみたいだったけど。…つい先日、「仲直りする」と決めたそうなんだ」


「え…っ」

「…それで、あの祭典にも参加されるらしい。

 …もう分かるよね」

「…… 了解しました」

「再三ごめんね、リアン。…あーあ、なんだか悔しいなぁ! ほんと、なんにも出来なくて」


「え、いやそんなことは」

「–––頼んだよ。どうか私の分まで」




 ♦︎♦︎




『––––まもなく第三ターミナル、カモミール行き、九時十五分発、一三四便はただいま皆様を機内へとご案内中でございます…––––」


 二人同時に顔を見合わせ、さっと手持ち鞄を引き上げた。スミレが先頭を歩き、その後ろでリアンはついてゆく。案内表示があるものの、いまいち建物の構造が分からないのだ。

 そんな二人を、旅行者たちは物珍しげに、あるいは尊敬の眼差しを向けている。特にスミレは星のネックレスを首にかけたままで、称号のバッヂもいつも通り付けたままだ。本人が驚くべき程気に掛けないというのもあるのか、人々は目立って注目しない。



 –––––そして二人は機内に到着した。

 魔法による遠隔操作で行うフライトなので、操縦士はいないが、実際、人の手よりも魔法の方が、この世界では信頼されている––––機内に貼り付けてあったポスターには、そんな安全性を売りにしているという旨が描かれていた。


「飛行機は初めてですか」

「……あー、一度だけ…強化訓練の時に。空港からのフライトでは無かったんですけど」


「強化訓練」とは、『名も無き国』にてリアンが行った過酷な訓練である。プラチナ級冒険者デンという男のしごきにより、リアンのレベルは大幅に上昇した。–––が、あの訓練については苦い記憶しか残っていない。もう二度とあの男には会いたくない––––リアンは息を吐いた。


「そういえば、その…、特殊なモンスターにのことなんですけど…強化訓練の時征伐したモンスターも砂に変化したんです。…あの、俺はまだ勉強不足だからモンスターの種類とか性質もあまりよく理解していなくって。スミレに教えてほしいんです」


 座席を確認しつつ、リアンはスミレの顔を覗き込む。スミレはパンフレットの写真に集中していながら、「わかりました」___何やら心に誓ったかのように勢い勇ましく、ページを閉じた。その動作に、リアンは不安になって「あの、まだ見ていて大丈夫ですよ…?」と、おずおずと申し出たが、彼女は頑なに頭を振る。


「もういいです。…ここですね」


 二人に用意された座席は一般向け…ではなく一部の富裕層のみが利用できるクラスのものだった。そして料金は免除___何度もこれに酷似した扱いを受けている流石のスミレでも、少々の戸惑を隠せず、「いいのでしょうか」と辺りを見回した。当のリアンは「出世したってこと…かな」などと独りごちて、満足感に浸っている。



「…。ではそのお話に移りましょうか。



 まず、モンスターには大きく二つの括りが存在します。「ダンジョン型かそうでないか」___強化訓練で出没したモンスターはおそらく上級冒険者が生捕りにしていたものでしょう。私もそれに携わったことがあります。モンスターはダンジョンのみならずこの世界中に生息していますから。そして、倒した後にルビーに替わるのはダンジョン型モンスターのみ。……ただ、西ダンジョンの一部の上級モンスターは生身が残り、食糧として捕獲される場合もあります。…それはあくまで例外で、今本当に問題なのは「ダンジョン型なのに、ルビーに変わらず体も残らない」___いわば『新種』のモンスターが現れたという事実。


 …この先は以前話した通りです」




 フカフカの座面に深く腰掛け、背もたれに背中を預けるスミレ。窓の外、滑走路の向こうに見える大自然を眺めながら、神経を研ぎ澄ます様に深呼吸を繰り返す。リアンは正面に視線をやり、スミレやギルド長が言った『新種』がもたらす危険性に考えを巡らせていた。

 長い歴史の中であまり大きな変化がもたらされなかったモンスター__だが、その歴史は大きく変化した。それほどの強大で恐ろしき力が使われている。それが及ぼす被害は、リアンが幼い頃の記憶よりも遥かに壮絶なものとなるだろう。更に強化されたモノ、そして膨大な量のルビーエネルギーの行き先、「操る者」の正体____悪い可能性にばかり思考が行ってしまう。リアンは根っからの弱気な部分を改善出来ていない。

 護るべきものはすぐそばにある。

 帰る場所がある。

 それが何より大きな、大きな希望だ。前を向ける理由。



 それだけで何とかなるのなら、良いのに。





 ♦︎♦︎




[ブルー区・デリダの営む武器屋にて]


「おう、いらっしゃ…って、はああ?!」



 客の来店を告げるベルにいち早く反応し、とびきりの笑顔で客を迎えたデリダ。__だが、肝っ玉の据わった彼でさえも腰を抜く__そんな人物がやってきた。


「こんにちはあ! えっと…デリダさん、ですよね? 私は〈世界大魔法組合〉の、ミツバ・マツリカといいますーっ! …アレ? どうかしました?」


「で、でた…」

「な、何が___」

「うぎゃああああああああ!!!」




 ♦︎



「…分かって頂けました? 私はれっきとした、生身の人です! 魔法使いやってますけど! あはは」


 腰に手をやり、自信満々に自己紹介をし始めるミツバ。__彼女はスミレの数少ない「親友」であり、呑み仲間であり、最強の魔法使いである。…ただし長命過ぎて、半ばその名は伝説。…彼女は見ての通り健在だが。

 デリダはミツバからどこからともなく差し出された水を飲んだ。そしてすぐ、「これ、精神安定魔法かかってるな……」とぼやく。


「あ、バレたか。さすが「伝説」の男ですねえ」

「………オレは伝説じゃねえ。わざわざ最強のお方がこんなボロ武器商店なんて…何しにきた?」


「ごめんなさいね。もしかして疑ってます?」

「…わりいか」

「ああいえいえ! こんなご時世ですもん。実は私も同じ案件で来たんです。どうか追い出さないで…欲しいのですが」


 子どもじみた動作で、ミツバは許しを乞う。同じく長命の類、デリダはその貫禄で、仕方あるまいと吐息一つ、ミツバを店の奥へ通した。



「…で、まずオレからだが、オレの伝説は、ありゃ嘘だ。正確にはオレの糞親父が勝手になすりつけたもの。お前…ミツバさんも会った事があるだろう。オレと同じ名前の男だ」



 ミツバはボルドーのローブの袖をまくり、「あーそうだったんですねえ」と深くうなずいた。彼女の桃色の煌びやかな瞳、そして何かを誘うような艶やかな茶髪___何の企みでここまで? デリダは警戒心を弱めぬまま、彼女の次の言葉を待った。


「別にあの、私が何か企んでいるわけじゃないですよ! 安心して下さい! えーと…デリダさんは、ルビー無しのモンスターのお話はもうお聞きになりました?」


「…ああ。ギルドと…それから友人からな」


 そうか、読心も可能…__デリダは一度、警戒心を緩める。_と、ミツバは明らかに安堵の表情を見せた。


「あ! それって「リアン」君の事ですよね! ちょうどよかったあ!」


「……何がだ? 言っておくが友達に手出しはさせないぞ」

「ご、ごめんなさい。いやあでも私、そのリアン君のコンビと顔見知り…あっいや友達なので…話しが進みやすいなあって」

「「話し」…」


 ミツバは大魔法使いのエンブレムに人差し指をあて、

「ええ。今二人遠征中でしょう? を掴むには二人の協力が不可欠なんです…デリダさんの力も、ね」


その風体に相応しく、たくましい笑みを浮かべた。


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