護り、護られるものたち

第42話

 ♦︎♦︎




 私は、何十年か前までは冒険者のひとりだった。

 それも君と同じ剣使いだよ。剣の形状は違うけど–––細身のしなやかな腹をもった銀剣だった。そして、コンビを組んでいた。これもまた君と同じように、弓使いがひとりね。–––ある日偶然ダンジョンで出逢ってから、仲良くなっていて、…彼女から誘ってくれたのさ。


 –––実は、昔––小さい頃、大切な人をモンスターに殺されていてね、私は。だから奴らが許せなくて、根絶やしにするために強くなろうと決めていたんだ。


 でも私には、出来なかった。


 自分の中では、毎日…懸命に鍛錬していたし、日々強くなっていると感じていた。仕事の数も増えてきたし、コンビと上手く協力して、攻略の仕方も掴めていたし、階級は上がっていた………それでも、所詮は「自分の中で」、だ。



 コンビを組んでいた人は、私の目の前で死んだよ。

 ……別に君と私が似ているからって、予言とか警告とかしている訳じゃないけど……

 似過ぎているから、怖いんだよ、私は。君達のことがね。


 私は…守ったよ。援護した。自分もボロボロだったけど、それ以上に傷ついていた彼女を庇っていた。

 でも…いざ、自分の命を狙う矛が正面から迫ってきていても。死の恐怖に抗って、彼女を守ろうと思うことはできなかった。



 逆に守られてしまったんだ。

 自分の方がよっぽど苦しいだろうに、死にたくなんかないだろうに、あの弓使いは私に向かって笑って、…。


 君はさ、命に替えても守るって言ったよね。

 少なくとも私には到底無理な話だったけど…。

 それでも胸を張って堂々と言える?



 私はあれから冒険者をやめてギルドの職員になって、君達の手助けをしているけど。…時々、そういう人たちを見ていると怖くなってしまうんだ。引き留めてしまいそうになる。でも…そんなこと、普通は許せない職場にいるんだから、ずっと笑顔を取り繕って隠してた。


 でも、そうか……君やスミレは「神経の向き」が視えるんだよね。…リアン、私にもそれが視えていたら、コンビを、守れたと思う?




 ♦︎♦︎




 どうして彼は、こうも哀しげだったのか。

 どうして今自分に、こうして笑顔で覆い隠す事なく、全てを告白したのか。


 リアンには––彼と同じ体験をした彼には分かる。

 ただ、レンは辛すぎた。彼は「ギルド長」という職務を通して、自分達のこの意思を守ろうとしてくれていが、本当は自分が第一線に立ってモンスターと戦いたかったのだ。


 …が、「失う」という恐れがそれを許さない。



「……

 …それは…

 分かり…ません。まだ、俺には…。ちゃんと守ってやれた試しもないから…」



 今まで、考えの読めない謎の人物とでしか、彼を見ていなかったリアンは後ろめたさで項垂れる。それに、答えが判っても、レンの問いかけにイエスもノーも、言える気もしなかった。自分自身とスミレの姿が、彼と重なる。無力さに打ちひしがれる。体の本能が自分の必死な意志を邪魔する。それが堪らなく嫌で、リアンは今まで、「戒め」として無理やり体に叩き込んでいる。



「…でも君は、パーティーの一件の時も自分より階級が下の人間を、一般人を守ろうとしてくれた。自らをも犠牲にする気もちで……私には理解ができないよ––––君は死ぬのが怖くないの? –––スミレが言っていたよ、「無理のしすぎだ」って…」



 リアンは思考の沼の中で、記憶の薄闇にスミレが言った言葉を思い出す。「無理は禁物ですから」。そう、呟くように言われた。そして、サナの不安げな表情。その顔を何度目の前で見ても、リアンは自分の意思を通そうと、ただ突き進んでいた。

 たしかに、無理、しているかもしれない。

 死ぬのが怖くない訳ではない。どう戒めても、死が目の前に迫る時、必ず腰が引けて逃げる体制に入ってしまう。

 でも、だ。どうしてもやらなくちゃいけないという時が、必ず来る。


「…」


 レンは気遣わしげな面持ちを隠せず、目を逸らした。窓の向こうの空–––昼過ぎ、この雰囲気に似合わぬ雲ひとつない快晴。ギルドにの賑わいさえ、やけに明るく聞こえる。


 –––––––––すると、扉が激しくノックされた。遠慮深く二度、扉が叩かれ、レンは素早く席を立ってノブを捻った。部屋の外にいたのは、先程まで面接に居合わせていた受付嬢カリーナ。

 彼女はその重い空気にたじろぎながら、しかし急ぎのようだった。



「ギルド長、至急の通達です! ここにいる冒険者を北のカモミール大陸で明日から行われる工芸品の祭典に送ってほしい、とのことですっ」


 カリーナが両手に掲げたのは、手紙と思われる封筒。レンは腰に手をやり「…何故?」と、その文面に目を通すなり息を飲み込んだ。


「予告です。……『ダイヤモンド級モンスターを送り込む』––––という主旨の襲撃予告が、祭典主催者に送られてきたそうです…祭典は十年に一度、中止はできないと…警護の要請です」




 すうっ–––レンはゆっくりと息を吸い込み、目蓋を閉じる。これは彼なりに集中を高める方法である。カリーナは焦燥を抑えられず、身を乗り出し息を切らせていた。椅子に座り込んだまま、リアンは、自分とスミレなら大丈夫だと言おうと口を開くも、改めてレンに気付かされた恐怖という感情に向き合い、葛藤していた。


 ––––––これがまさに「どうしてもやらなくちゃいけない時」だろう!


 ––––こういう状況で、俺はどうすればいい? どうやってこの葛藤から抜け出す?

 –––きっとこの記憶の奥に!


 ––––スミレ、サナ、–––デリダ!


 よく……頑張ってるよ

 いっぱい…我慢して、たくさん…辛くても

 ……私が、いるからね


 ––

 思い出さなくても良いことくらい、あるだろ。キツいんだったら、無理しなくても、許さない奴なんていねえよ



 …大丈夫ですよ、私は




 ……

 …うん。知ってる。

 信じてくれている人。見守ってくれる人がいる。一人じゃない、だから今までも乗り越えられたから。これからも、その事実が自分を助けてくれる。




「…リリーさん、俺とスミレのコンビがいきます。二人でなら大丈夫ですから。任せてください」


 …言えた…

 みんなのお陰で…。


 レンは振り返り、じっとリアンの顔を見つめ––––やがて、もの悲しげな藍の瞳を、震わすように細めた。日の光がそのままハイライトのように、彼の瞳を照らし出すのが分かる。レンとリアンは心を通わせ、たった今––––理解し合うことができた。



「…私もそうしてもらおうと思っていたんだよ。こんなに頼もしい仲間冒険者は他にはいないからね–––じゃあ、頼んだよ。警護も、そしてこれらの事件の真相も。

 私たちは今までと同じ通り全力でサポートするから」



 それから、頷き、洋々たる笑みを浮かべる。彼はかつて冒険者で、リアンと同じ場所で戦っていた。今、その場所が違おうと気持ちは同じ–––––言葉を交わさずともそれを共有できる。こうして想いは受け継がれてゆくのだ。



「よーし、カリーナ! 後の手続きは頼んだよ!」

「––––はい!」


 カリーナは先刻とは打って変わっていきいきとした顔つきになり、威勢の良い視線をリアンに投げかけ、ぱちりと片目を閉じて見せた。

 そしてばたばたと廊下を走って去る音が遠ざかると、レンはにこやかに–––喜びを、空を仰ぐことで表した。



「ありがとう、ほんとうにありがとう、リアン。–––絶対に生きて帰ってね」

「–––––もちろんです!」


 人の心はまるで空模様。あっという間に、黒には黒に、白には白に染まりゆく。時にはそれが希望となり、脅威となる。勝手に移りゆくそれは、運命と同じように、避けることはできない。

 ただ、人々は思う。心の色は変わっても、そこには日の光がある。何時も心を照らしてくれる存在がある、と。




 ____________________________


 ここからが3rd Stage本番です。その前に、作者自身として載せたい情報を書いておきます。



 まず、花言葉についてです。

「スミレ」や「ミツバ」といったキャラの名前の元になっているお花の花言葉がありまして。

 実は名付ける前に検索しまくり、そのキャラにぴったりのお花を探していたのでした。


 まず「スミレ」の花言葉は「謙虚・誠実」。


「ミツバ」は「愛・希望・信頼」。ミツバ・マツリカさんですね。後々再登場します!


「レン(木蓮)」は「崇高」。リリーさんっぽいかな?



 こうした裏話を見ると、物語をより深く解釈できるのでは? …と思っております。



 次に、リリー・レンさんについてです。メイン回はあっさりと終わらせてしまいましたが私のお気に入りです(笑)


 まず彼が冒険者になる前に亡くなってしまった「大切な人」とは、両親含め、兄、妹、弟たちです。住んでいた集落ごと襲われ、運良く家族の中で生き残ったのがレンでした。

 そして、コンビを組んでいた弓使いの女性は、彼と同い年の、とても優しくいつも笑顔だった女の子でした。二人は仲間として共に仕事をするうちに、恋人同士に発展していました。そして彼女を亡くした時も、レンを不安にさせまいと、彼女は最期まで笑顔を絶やすことはなかったのです。そんな彼女のこともあって、レンは笑顔を作ろうと必死だったと言えるでしょう。



 最後に…、千PV達成しました! いつもありがとうございます!

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