第33話

[ブルー区・冒険者ギルドにて]


「緊急事態です! 報告によると大鬼八体、竜牙兵三体が西ダンジョンから解放された模様です!共にパーティー会場を襲撃、避難誘導をお願いします!」



 身を震わす轟音と共に、カリーナはギルド内に飛び込むや否や声を張り上げた。

 顔面蒼白のカリーナに集中する視線。職員は皆息を大きく吸い込み、手に持っていた書類やらを放り投げて外に出た。


 受付窓口から飛び出して外に繰り出したサナは息を呑む。


「大鬼……八体…?!」


 間違いのない数字だった。…確かにあの忘れられない一年半前の事件と、数が一致しているのだ。


「もたもたしないでサナ!! はベテランが多かったからあの程度で済んだけど、今回はほとんどが新人だわ、うかつに油断していたら全滅なのよ?」


「……っ! はい!」


 暗い雨の夜だったので、外出者はさほど多く無かったのが救いだ。しかし、会場から逃げて来た若者の悲鳴でブルー区はざわめいている。避難誘導は無事に済み、しかし会場の屋根からはモンスターの巨躯がのぞいていた。逃げ出したくなるのをなんとかこらえ、彼女はカリーナの方へ走り寄った。


「あの中にはリアンスミレコンビ以外、銅等級冒険者しかいません。おそらく–––」

「ええ。西ダンジョンの大鬼なら、強化されたものがほとんど。その二人以外、好戦的ではないわ。…二人がみんなを守ってくれればいいのだけど…」


 カリーナの栗色の髪は汚れていた。会場は倒壊寸前。中はどうなっているのだろうか、サナは知らぬうちに指を組み手を合わせていた。


「お願い…二人とも…!」








 大鬼八体。うち二体は全長八十メートル、残りは六十メートル。自分から一番近い距離にいるのは、一番大きいサイズの大鬼だ。……足元に、剣を持った新人がいる。


 リアンは素早く呼吸を繰り返し、風を切る速さで疾走した。銀剣を鞘から抜き取ると、聴き慣れた心地の良い音が耳に届いて消えた。一瞬にしてその新人の元へたどり着いたリアンは、その新人剣使いのもとへ伸びていた大鬼の手首を、回転する剣技で切り離してみせた。


「逃げて! あの子と一緒に!」


 後ろで腰が抜けて座り込んでいる魔法使い見習いを指差す。直後、怒りに震えた大鬼の咆哮がこだました。腰が引け、ガタガタと震える剣使いの背を、リアンは叩いて一言「彼女を助けろ」、飛躍した。


 空中で、少女を抱えて走る青年を見届け、リアンは目の前の敵に集中した。腕を切ったのはお前かと言うように、大鬼は低く唸り歯を軋ませる。顔は赤く、青筋が立つ。強化された類のモンスターは、簡単には倒されない。必ず急所を守り通す。素手で、鋭い爪で冒険者を細かく切り裂く。

 リアンはそれを知っていた。スミレから教えられ、叩き込まれていたからであった。彼女が教えたことは、必ず戦いの役に立った。


 神経が見通せる今、この大鬼が自らの指先に力を溜め込んで、急所に神経の糸を張り巡らせていると言う事実は簡単に飲み込める。そして、それを戦いに活かせる。また、次の戦いにも。


 リアンは、振りかざされた掌を躱し、乱れ咲き散る大樹の花びらが風に飛ばされてゆくように身を翻し、飛躍し、大鬼の身体と地面を滑りながら大鬼の上半身に切り裂きの雨を降らせた。


 …リアンは自分がどうやって動いているのかをよく分かっていなかったが、どこを狙うべきかは決めていた。


 ガアア、という血反吐の混じった掠れ声。リアンは眉を寄せて体躯を見渡した。斬られた箇所の神経はぶつりと切れている。急所、胸の中心の神経は変わらず濃いままだ。

 ただ、喉はどうだ? 

 リアンは大鬼の腕を蹴飛ばして剣を両手に構えた。大鬼はその腕でリアンに掴みかかる。爪が触れる寸前、–––すんでのところで躱したリアンだったが、風をも切り裂く爪の刃の残撃を背中に受けてしまう。白い大テーブルに血飛沫が飛び散った。


「ッ…!」


 ただ、痛みに悶える余暇はない。


 大鬼は彼の隙を狙ってもう一発、爪を打ち込もうと振りかぶった。


 その一瞬––––––、大鬼は表情を変えた。


 大鬼の指先が消えていた。

 震える身体を振り切って、リアンを救ったのは。



 先ほどの、剣使い志望の少年だった。

 そばにはコンビである僧侶の少女もいる。彼女は呪文を叫び、リアンの傷を回復させた。

 彼は細身で剣身が長い白剣を構えていた。その長さで、指を切り落としたのだ。


「ありがとう! でも逃げろ! 危ないから!」


 リアンは必死に叫ぶ。とにかく、誰も傷ついて欲しくない一心だった。


「いや、戦いま––––」


 首を振った少年。が、背後から怒り狂った大鬼の手刀が迫っていた。






「…っ…!!…彼女を連れてはやく! 守るんじゃなかったのか?!」


 リアンは大鬼の手首を銀剣で受け止めた。そのまま跳ね返そうと、全身の神経を剣の柄に集中させながら。

 少年は意表を突かれたように息を吸い込み、ひとつ返事をして少女の手を引き走り去っていった。



 銀等級の剣士は肩で息をする。何とか手首に傷を入れ、後ろに下がった。大鬼は腕から垂れ落ちる血液を空中で払い、今度は天井から辛うじてぶら下がっていた照明灯を掴んで振りかざした。


 もはや、もたもたしてはいられない。まだ一体目だ。逃げきれていない者もいるかもしれない。早くしなければ。


リアンは走り、煌々と光る照明灯を避けながら大鬼の腕に飛び乗った。傷は癒えても痛みが消える訳ではない。背中が燃えるように熱い。痛い。


耳から様々な音が遠ざかり、時間は止まったように感じた。ただ、焦りからか自分の歯が軋む音が聞こえるのみで–––。



「っうああっ!!!」


 その銀剣で喉元を捉え、想いのままに刺しこむ。苦しみ悶え、暴れる金等級モンスター。リアンは腕、足に傷を負いながら、必死に剣を抜いた。音が耳に戻ってくる。


 それは勝利の音か、否か。





「はあ、はあっ……!」



 リアンは大鬼に勝利した。

 彼は地面に座り込み、空を仰ぐ。天井は突き破られて無くなり、曇った空が見える。雨は小雨に変わっていた。


 側に転がっている銀剣を拾い上げ、跡形もなく消えた大鬼の残像を見つめながら首をひねる。なぜルビーに変わらない? 大鬼はその類のモンスターではない。大量の、泉色の鉱物が現れるはずだ。


 が、それは黒い砂と化して消えてしまった。





 しかし、戸惑う状況ではなかった。



 背後ではリアンのコンビ、スミレが戦っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る