第32話
[ブルー区・冒険者ギルド隣のパーティ会場にて]
一応「新人」コンビであるこの弓使いと剣使いは今、この場で。
……異様に思うほど、目立っていた。
ギルド側が主催する、新人冒険者たちが集まる《新人パーティの会》。今日、雨の日に開催された。
「もう冬ですね…室内はあったかいかなあ」
「だといいですね。いつもの装備でも、重いものは外していますから」
サナからは「私服OK」の通達を受けた二人。が、スミレ、リアン共に自分の装備を身に付けている。
なぜならここブルー区、世界最大のダンジョン都市に隣接しているからだ。
もうあんなことは繰り返したくありませんから。
スミレは呟いた。
「…もし、モンスターが現れたら」
「二人で、潰します。…って、本当に新人だけが参加するんでしょうか」
リアンはパーティー会場を前にして、銀等級の剣使いは大声で言い放った。周りの参加者の視線が注がれる。スミレは咎めるように「静かに」と諭した。僅かに白い煙が上がる。
「騒ぎになってしまうかもしれません。ただでさえ目立つのに」
「…すみません」
「私達以外に、銀等級以上の冒険者の参加はないそうです。もしモンスターが大鬼だったとして、新人なら何人いても足りないでしょう。
…まあ、モンスターが来る事自体「仮定」ですが」
リアンは周りを見渡した。装備を着る人、とパーティーらしい私服を纏う人、半分ずついる。つまり武器を所持している新人も多い。スミレはそのことも踏まえて、そういったのだ。
「そう、ですよね。仮定、ですよね。…なら、俺たちなりに楽しみましょうよ」
パーティー会場の扉に立ち、リアンは笑顔を見せた。スミレは少し考えてから、ドアの取っ手を握り、
「じゃあ…新人の皆さんに、冒険者になった理由を聞いてまわるのはどうでしょう」
「いいですね、それ」
扉が開いたので、二人は中を覗き込んだ。
ヒーターの効いた暖かい室内では、既に大人数の冒険者が入り込んでいる。入り口にいたギルド職員に、金色のバッヂを見せる。栗色の髪を持った女の職員はようこそと笑顔を振りまいた。
天井ではシャンデリアの形をした魔法ランプが漂っており、その下では円状のテーブルを囲んで談笑する新人達がいた。盆を運ぶウェイターが二人の元に歩み寄って、飲み物の注文を聞いた。
「リアンはお酒が飲めないんですよね」
「…せっかくだし飲んでみます。もういい加減…、スミレのコンビなんだし」
「じゃあ、このシャンパンで」
「かしこまりました」
ウェイターが去り、スミレはふっと息をついた。
「ノンアルコールじゃなくていいんですか」
「いいんです」
リアンは意を決した。彼が酒を嫌いになった理由は、安いビールだ。スミレに出会う前、飲んで体調を崩したことが原因だった。しかし、彼女の筋金入りの酒好きでなら、いい酒が飲めるはずだ。…––それに、コンビで店に入った時、酒を飲むのがスミレ一人だけで、相棒なのに一緒にできない自分が情けなくて悔しいからというのが一番だった。
「…嬉しいです。飲み仲間が増えて」
スミレは少しだけ頰を緩めた。そんなにたくさん飲めるか分からないけど、とリアンは内心冷や汗をかいた。
♦︎
「…俺、昔はもっと穏やかな仕事に就きたかったんす。
だけどあの事件の話を聞いたらなんだか、…それどころじゃねえって思って。村のみんなからは止められたけど、親父が「ここを守るのはお前だけだから」って言うんす。だからここに来たってとこなんすよ」
「…そうなんですか」
シャンパンを片手に語る長身の少年は剣使い志望だった。貧しい村だったのか、体付きはいいものの細身である。
十分程前から、グラスを交わした三人は大きな円卓の側で静かに会話を繰り広げている。パーティはこの少年と僧侶の少女。少女は彼よりも冒険者歴が長い、故に、スミレには先ほどからずっと憧れの眼差しを向けていた。
「この人、正義感は村一番でしたから。ただ臆病者だから「農家やる」って言っていたけれど…。私が最初に誘ったんです、コンビやろうよって。もし怪我したら助けてあげられるもの」
少女は優しい眼差しを少年に向ける。少年は顔を赤く染めて、
「…俺だって、すぐにお前を守れるくらい成長してやるから」
と呟いた。
「頑張ってくださいね。では私たちはこれ……リアン、どうしました」
「…」
助ける…か。
この彼にとって、大切な人を、…その笑顔だけじゃなく、全てを。
それができたなら苦しんでいない。守れる自信があったら困らない。
「なら、その成長は。…絶対無駄にしないでくださいね」
もうあの子が二度と苦しまないための、成長を。
どんなことも無駄にはしない為に。
自分を戒めろ。あの手が離れぬように。
「…! はいっ」
剣使いの少年は深く頷いた。リアンも頷き返して、踵を返し、スミレのもとに歩く。
「遅くなりました」
「…リアン、シャンパンどれくらい飲みました?」
「えーと」
「全然減っていませんね」
「…」
「ほら、一口含んでみてください。ちょっとグラスを揺らして。いい香りがします」
「………あっ、美味しい!」
「でしょう。ですよね。さっぱりした中にも感じのいい品があります。ウエイターさんによるとこのシャンパンは、北の大陸ローズの平原で採れた果実を、
「へえ…」
おそらくワイン通だけがよく知っているであろう用語を、この呑み助弓使いはスラスラと並べあげる。いくらか、出会った時よりも表情が豊かになったようだ。……果たしてこれは、酒の偉大なる力なのだろうか。それとも…。
とまた、リアンが考えていると、気付けばスミレが持つグラスは空で、既にウエイターにおかわりを頼んでいた。
「このシャンパン、あれと合いそうですね」
戻ってきた彼女は、大皿に盛り付けられた手の付けられていない野菜のオードブルを指差した。そのまま一人で居場所を落ち着けようとするスミレを、リアンは慌てて引き止める。
「ち、ちょっと待ってください! 冒険者になった理由、聞きに回ろうって言ったのはスミレじゃないですか」
「…」
スミレは少し不服そうに黙っていたが、仕方なしに居場所から離れた。
♦︎
「だってっ、冒険者には特権が山ほどあるじゃないですか! 上の級に上がりさえすれば、周りからもいっぱいちやほやされて、お金持ちになれる…ねえみんな」
「……うんそうね」
「その通り、だね」
おそらく酒によっているらしい青年は、パーティ仲間の少女二人を並べて楽しそうに笑った。
弓使いとヒーラーらしい少女達は、立派な銅剣を携えた青年に曖昧な笑顔を見せる。
「ではなぜ剣使いに」
スミレは先程とは打って変わって全くの涼しい顔で問うた。
「当たり前じゃん、勇者といえば
「…へえ」
俺は無理だったけどな、リアンはその一言を抑えておきながら陽気な男に相槌を打った。
「まあということで、オレはあと一年で〈一番星冒険者〉に–––––––」
「あなた達はなぜ冒険者に?」
リアンが問うと、唐突なことに驚いたのか二人の少女はびくりと身を寄せ合った。
「え…と、私達、姉妹で。この人とは幼馴染なんです。二ヶ月前、突然誘われて…」
背が高い方の弓使いが、青年に気づかれないようひそひそと打ち明けた。青年は、何も知らずにつらつらと自慢話を繰り広げている。その話の相手になっていたスミレがリアンに合図を送る。彼は頷いた。
「じゃあ…ありがとうございました」
「あ、あの」
今度は背が低い方の、ヒーラー。
「?」
「……………やっぱり、なんでもないです」
ヒーラーは心細そうにお辞儀をして二人にまた、曖昧な笑みを送った。
「あのパーティに、もしまた出会ったら。手助けしてあげましょう」
スミレは念じるように呟いた。
♦︎
「わたし、ある人に憧れて冒険者になったんです! お姿を拝見したことはないけれど〈一番星冒険者〉のスミレ・シェルっていう–––––––」
♦︎
「世界最大のチャンプのダンジョン街にはどんなお宝が眠っているのか–––––」
♦︎
「女の子からモテたい一心なんです、冒険者ってみんなこんなもんでしょ?!」
♦︎
「なんだか…疲れましたね」
気付けばパーティーが始まってから二時間以上が経過していた。
「どうしますか。 このサラダも食べ終えてしまいました」
呑助仲間は見つからなかったらしく、スミレは少しつまらなそうに四杯目のシャンパンをグラスの中で揺らした。
「うーん……」
帰ってしまおうか。リアンがそこまでに思考が追いついたその刹那––––。
「…ちょっと待って。リアン、何か臭いがしませんか」
「え…––––あ、これは」
周囲では、何も知らない新人達が楽しそうに談笑していた。…この新人ではない二名、そっと自分の
イエロー区の方面から悲鳴が……–––
「大鬼だ……!」
「いやああああ!!!!!!」
人々は出口の方に、必死に足を運ぶ。…も、間に合わない。
会場の照明が、落ちた。
「行きましょう、リアン。けが人の出ないように」
「はいっ!」
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