第31話
[ブルー区・冒険者ギルド受付にて]
どうしてそこまで頭が回らなかったのだろうか。
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
予想してたことじゃない、あの新人がリアン君の事を好いてる、なんて。
でも、なんだか油断をしていたみたいだ。
リアン君の事だから、あっさり私から離れてしまうかもしれない、……なんて、覚悟だってしてたから。離れたって平気って思ってたけど。
でも……もやもやするのは、やっぱり。
いつも私の目に見えるところにいて欲しくて、私に向かって笑ってほしい。
私のことを考えていてほしい。
離れて欲しくない。…そういえばいいことだけど、かっこ悪くて言えないのだ。
「はぁ…」
受付の窓から、ギルドの外にあるカフェテリアが見える。二人掛けのテーブルで、二人が会話しているのがガラス越しにはっきりと映った。
先輩がお茶を運んでくると、女の子の方は笑顔で頭を下げる。リアン君の方は何かの紙を見つめながら軽く頭を下げた。
なんだろう、あれ。
しかし、その紙のことはそこまで気にならない。重大なのは、あの子とリアン君の関係だ。
まず会話を聞きたい。私はカフェテリアにいる先輩に話しかける体で立ち上がり、駆け足で外に出た。外は雨が降っていて、パラソルの下で二人は向かい合って座っていた。勢いよく外に出ると思いの外寒く、震え上がってしまう。鉢合わせたカリーナさんは可笑しそうに口元を押さえて「がんばれ」と呟いた。
まず、通りがけを装ってテーブルの横を通り過ぎてみる。リアンくんはちらっとこちらを見た。目を合わせないようにしなきゃ。女の子は楽しそうに話していた。
「それで! 三階でお会いした時にちょうどゴブリンが––––覚えてませんか?」
「うーん」
「それで、それがかっこよかったです! どうやったらそんなに––––」
距離が開いてしまったので、周囲の音で少女の声がかき消された。尚も二人は紅茶のカップ片手に、サナの存在にも気を留めないまま話している。遠くからそれを眺めていたら、唸り声が腹の底から込み上がってきた。
もう一度戻ろうとすると、何故か早足になってしまうので、息を吐きながらギルドに戻ると、目の前にカリーナさんが立っていて、
「定時だよ、サナ」
呆れ顔だ。私はすみません、と頭を下げて部屋に戻った。着替え、外に出る。まだ二人はカフェに居座っている。
どうしようかと逡巡して、私は意を決した。
傘をさし、雨が降りしきる中テーブルに早足で向かうと、リアンくんはこちらに気付いた。気まずさ、申し訳なさも全部消え去ったような晴れ晴れとした表情。…それも好きなのに、むかむかしてしまって、私はどうかしてしまったのかな。
「何をお話しされてるんですか?」
さりげなく紅茶のポットを持ってきていた。二人のカップに注ぎ、営業スマイルで問う。近くで見た見習い剣使いは顔立ちも綺麗で、はつらつとした印象ながらも幼稚過ぎない。完璧、だ。ルックスは。
少女は慌てた様子もなく、「聞きたいことがありまして!」と元気に応答した。
今度、私は疑り深い瞳をリアンくんに向ける。彼は少しびくりと動いて、「これ」と私に、持っていた紙を差し出してきた。
分厚い画用紙には。
「あ、これ……!」
《北ダンジョン攻略法〜見習いでもできるカンタンコース〜》
「私が作った…」
そうです、と笑顔のリアンくん。そうなんですか?! とやっと慌て始めた少女。
「この紙ではちょっと足りないみたいなので教えてほしいんだそうです」
二人の剣使いは少し申し訳なさそうにうつむいた。私はそんなことよりも、と頭の中に空っ風が吹き抜けるのを感じていた。
じゃあ、つまり。
二人はただの……。
「先輩として、色々聞かせてもらってたんですよ! ダンジョンでもお会いしたことがありまして!」
「俺は覚えてないけど…」
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