番外編 中編

[ホワイト区・薬草店『Roselle』にて]


 うわああっ、と歓声が巻き起こる。世界に名を連ねる薬草チェーン店『Roselle』––––当然この店では千客万来を狙って数々の戦略を練っているようだ。歴代で優勝履歴あり。まさに、優勝候補の一つである。

 ましてや––––あの大魔法使い『ミツバ・マツリカ』が創設・指揮を執る薬草店なのだから。


「あの、ミツバさん」


 スミレにしては珍しい、やや困惑した呼び声である。多すぎる取り巻きを前にして、しかしこの彼女らは緊張するそぶりも見せなかった。だが、スミレは目の前で大魔法の腕を振るうミツバに困惑の眼差しを向けていた。


「んー? あ、言ってなかったか。スミレさん、なんてったって、わたしも経営している身。創設したんだし、少しは役に立とうと思って。だから薬草を使った実演ショッピングの始まりーってことよ!」


 落ち着いた赤のローブをばさりと広げてみせ、歓声を浴びるミツバ。スミレは首を傾げ「どんな?」と尋ねた。スミレもいつの間にか、輪の中心にいる。

 ふふーんと得意げに鼻を鳴らしたミツバは、道具を手前の机から手にとって振り回した。


「スミレさん、知ってる? 薬草は、種類によって物の修理や建物の修繕もできるのよ…!! ならばここはわたしの魔力で、この折れた弓と、錆びた鉄柱を元どおりにしてみせるわ!!」


 初耳の情報に、スミレは少しばかり–––––弓や矢が修繕出来るなんて–––––と、目を輝かせた。ミツバの右手には、おそらく薬草が入っているであろう小さな瓶、左手には––––掌に宿った純白の光。


「その名も、『呪文いらずの修復魔法』!!」


 ミツバは余裕たらたら、掛け声の代わりに説明を付け足し、満面の笑みを浮かべる。

 おおおっ、と感嘆の声があちこちから湧いてきて、いつの間にか店の前、いや通りにも見物人で溢れていた。まさか、またこんなにも注目を浴びることになろうとは思いもしなかったスミレは呆然としながらも、ミツバの魔法に釘付けだった。





 ♦︎





[ホワイト区・外れの商店街にて]


「はぁ…まさかあれから逃げる羽目になるなんて」


 ミツバは長い茶髪を垂れる。スミレは励ますように、彼女の肩に手を置いた。周りには人一人いない、しかし、ぽつぽつと明かりがついている通りでは、先ほどまでのイベントの香りはしない。しかし、こじんまりながらも営んでいる商店があるようだった。可哀想なミツバは、大人しくスミレにもたれてため息をつく。スミレも息を吐きたい気分だった。

 何故なら15分前–––––

 ミツバは難なく、カピカピに錆びた鉄柱と弓を新品紛いのぴかぴかなものに直しあげた。胸を張るミツバと、素直に拍手を送るスミレ。そこまでは良かった。

 通りにまで人が群がっていた–––––あとは分かるだろう。大通りにいた見物人から、店の輪の中で見守っていた客までの大勢の人々が輪の中心へと一気に集まって来たのだ。

 直したばかりで魔力が少しばかり削れたのと、得意になっていた所為で、とっさに移動魔法を作り出せなかったのと、スミレがその人混みに飲み込まれそうになったので、ミツバはパニックになってしまい(ミツバはもともとそういう性分だった)、脱出までにいくらか かかってしまった。

 脱出の方法は、二つあった。一つは、ミツバがスミレを救い出し、ミツバかスミレに触れる事で二人同時に移動ができる『瞬間移動』。もう一つは、大量の魔力が削れ、しかもあまり遠くに飛べない『ワープ』だ。ミツバがやっとの事で正気を取り戻した時には、スミレは手の届かない場所にいたので、ミツバは思い切ってその魔法を使ったのだ。


「はぁ〜。ごめんなさいね、スミレさん。わたしの所為でお出掛けめちゃくちゃになっちゃって」

「いえ。あの修復魔法、素晴らしかったですよ」

「え、そお?! 良かったらあなたのも直したげるわっ!」


 一気に魔力も気力も取り戻したミツバは飛び上がって喜んだ。静かな通りで、二人の声だけが響いていた。


「それに、ここにもお店があるみたいですし。落ち着く頃まで、ここでゆっくりしましょう」


 スミレは山吹色の瞳を優しく細めた。ミツバは動きを止めてその瞳をじっと見つめたあと、「そうね」と微笑んだ。そして、彼女はいつも通りに跳ね上がりながら手近にあった店に入り込んだ。


「…こんにちは〜」


 ものがごちゃごちゃと置かれていて、入り口から狭いこの商店は、服を扱っているようだ。ぎしぎしと軋む床を、おっかなびっくりブーツで踏みしめたミツバは、店員を探してキョロキョロしていた。続いて店内に入ったスミレは、外が肌寒かったので温かさに息をついた。


「…らっしゃい……」

「ひゃわっ?!」


 ミツバは本気で驚いたようで、ビクンと跳ね上がって、声がした方向にまるで幽霊を見たかのような顔で振り向いた。スミレはそんな幼げな彼女を見て思わず吹き出してしまった。


 分厚い布の向こうにいたのは、顔に幾つのしわをたたえた老婆だ。並べられている、どちらかといえばファンシーな服と同じような、淡い色のローブに身を包み、にやにやと怪しげに笑っている。ミツバはさらにさぁっと毛を逆立てたのち、スミレに背中を叩かれてさっと態勢を立て直した。


「お、お邪魔してます〜」


 ひらひらと手を振る、世界最強の魔法使い。


「…あんた達は…」

「ひぃっ!」


 そんな、〈世界大魔法組合幹部〉がとっさに声を上げる。こんなにも可愛らしい服を扱っているとは思えない魔女のような老婆が音も立てず二人の方へ寄ってきたのだ。流石のスミレも一歩後ずさり、背中に忍ばせている弓に手を触れた。


「もしや……」

「わあああ御免なさい出ますからぁぁ…」

「何を言ってるんだい。まさか、あんたは……ミツバ・マツリカじゃないかい?」

「…へっ?」

「それに、その後ろのあんたは!…スミレ様じゃないかい! まあまあ! あたしゃ夢を見てるんじゃないだろうね? こんなご時世…」


 ぶつぶつと何かをいう、怪しい老婆––––いや今は、憧れの人を前にした乙女だ。


 二人が戸惑っていると、顔を上げた老婆–––いや若々しい女がにこりと笑った。


「ようこそ、『クロース・ソレイユ』へ! 最強のお二人、歓迎いたしますっ!」


「「…え??」」


 二人がこの人生で初めて声を合わせた。ほんの数秒前まで皺だらけだった顔が、シミひとつない美しい女性の顔に若返ったのだから…。

 そして……二人がこうなるのも無理もない。

 この老婆、実は伝説持ちの魔法使いだったのだから。

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